汝を愛せ
坊っちゃん文学賞(第19回)応募作品
こんにちわ! 愛のブロガー マヤです。
私は今、松山空港に向けたフライト中の機内で、このブログを書いています。
お詫びからですが、私が松山行きを決めたのは、今朝なんです。一緒に行きたかった~という皆さん、お知らせできなくてゴメンナサイ。
でも、羽田チェックインをインスタにアップしたら、搭乗ゲートまでの間で、三万イイネ越え、ありがとうございます。また、既に松山空港にも、多くのフォロワーさんや、報道関係の方々、そして私を愛してくれる人たちが、お出迎え頂けると知り、本当にありがとうございます。
なぜ、私が松山に行くかなんですが…… それは昔、松山にいた高校生 村上悟くんの話から始まります。
ここからは、彼の言葉で書いちゃいますね! でゎでゎ、到着ゲートで!
僕の名前は、村上 悟です。寺の息子として生まれました。
父には由緒正しい家系として、一族の名に恥じぬように生きろと言われ、新しい事に挑戦はできません。自分と向き合い悟りを開けと、寺で修行もさせられますが、嫌いな自分と向き合うことなんてできません。
そんな、変わらない毎日に、転校生が来たのです。教室に入ってきた彼をはじめて見たとき、オーラを放つ神々しい人が本当にいる事を知りました。
あまりの衝撃に、クラスの女子からは、一斉にため息が漏れ、自称イケメンの男子らは、息を呑んだのを、今でも覚えています。
背が高く色白で、サラサラの髪。
彼の名前は、堂本ジン。東京の私立高に通っていたのですが、親の離婚で、母親の実家がある松山に来たそうです。
そんな堂本君は、次々と女子たちから告白されていたのですが、誰とも付き合いませんでした。でも、僕といつも一緒だったのは、席が隣だったからか、僕がひとりぼっちだったからなのかも知れません。
三年生になる時、ここでの生活に馴染めなくて、彼は東京に帰る事になりました。
寒い雨の夜、空港に見送りに行ったのは、僕だけでした。別れ際「悟、東京に来いよ、違う世界があるから」と言いました。そして、彼は僕の両肩に手を置き、何かを言ったのですが、搭乗アナウンスの音に消されてか、よくわかりませんでした。
僕は、聞き返えそうかと、暫く黙っていると、彼は寂しい顔をして、搭乗ゲートに消えていきました。
彼がいなくなってから、またひとりぼっちの学校生活に戻りました。でも、彼と会う前とは違う日々です。それは「回りが変わらないと、嘆くのではなく、自分が変わらなければならない!」と、本気で思うようになったことです。
まずは、髪を伸ばしてみよう。ネットで最新の髪型をチェックし、いろいろ試すと、少し変われた気がしました。でも、それは、自分の中の少しの部分で、殆どがモヤモヤしたものにつつまれている。 あぁ、この気持ちはなんだろう?と考えた時、ジンに、よく言われたことを思い出しました。
「悟。 恋人をつくれば?」
それは、ジンと他愛もない会話をする毎日があったから、生きているのが、楽しくなったのです。でも、目の前にある幸せには、気づかないものです。
新たな幸せをネットで探しているうち、 「ハート・トゥ・ハート」というサイトに辿り着きました。
世界最大の出会い系らしく、何十億人もの登録者がおり、AIがマッチングするだけでなく、日本語でメールを出しても、自動翻訳し、本当に心と心が通じ合える人と出会えるというものです。
怖い気持ちもありましたが、変わらなければならないと思う自分の気持ちが勝ち、登録を始めました。あらゆる心理テスト、様々な質問に答え、かなりの時間が掛かりました。
そして最後に、自分のID名を考えて登録するのですが、登録後は二度とIDを変更できないので、一番悩みました。そして、自分に変わるきっかけをくれた堂本君のラインアカウントをヒントに登録を完了しました。
これで、彼女ができれば、自分はもっと変われるかもしれないと、考えてる間に、早速初めてのメールが届きました。
「お話しませんか?」 あまりの早さに、驚いたのですが、まずは軽い気持ちで、返事を返しました。ところが、それから次第に、自分の事を話したり、相手の話を聞くうちに、気づけば毎日が、楽しくなりました。
誰よりも、本当の話ができ、人に言えない、悩みまで話せる人がいる。自分と、こんなにも会う女性がいるとは、夢にも思った事がありませんでした。
そして、会いたいという気持ちが、日々に大きくなります。
この人なら、絶対に大丈夫。相手も、自分の事を心底、好きでいてくれるという自信。
その気持ちは、相手もまったく変わらなかった様でした。
もう、いてもたってもいられない。
その思いが、通じたのか、相手の女性が、写真を送ってきたのです。
はやる気持ちを抑え、添付写真を見たとき、あまりの美しさに、息を呑み込み震えが止まらなくなりました。それは、自分が夢に描くような日本女性、色が白くストレートロングの黒髪、憂いを帯びた黒い瞳。
そして「あなたとのメールが楽しみでなりません。今では生きがいです。ここまで、心の底から話が出来たのは、あなたが、はじめて。 こんなにわかり合える人が、この世界にいるなんて……。 だから、あなたの住んでいる場所と、名前を教えてくれる? 私の住んでいるのは東京。あなたが、世界のどこにいても、今からすぐ会いに行きます。ずっと一緒にいたいです」
彼女のことを心から信頼した僕は、今までの気持ちを精一杯に書き綴り、最後に「愛媛県松山市丸之内一番地 村上悟」と、住所と本名を書いて送信しました。
返事を待つのが、どんなに長いことか。
何度も何度も受信ボックスをみる。その繰り返し、何時間も、何日も、何週間も。
ついに、彼女からの返信はありませんでした。
高校卒業を目前に、進路も決まらず、誰とも、交われない自分がいる。そんな自分が嫌でしょうがない。生きている価値はあるのか? その事から少しでも逃れるため、ファッションや美容、そしてライフスタイルの研究に没頭し、次第に新しい自分に目覚めていきました。そして、ついに卒業式の前日。
「悟! お前は男だろ! 一族の恥さらし者が!」と、鬼のように怒り狂う父。泣き叫び、のたうち回る母。定められた生き方に我慢できない自分。先祖代々続いてきた家が崩壊したのです。僕は、はじめて両親に反抗しました。
「二度と、松山には戻らない!」
そう言い切ると荷物をまとめ、行く当てもないまま、最終便で東京に向かいました。
東京は、自分の想像を遙かに超える世界でした。めまぐるしい毎日。松山の暗い過去は心の奥底に沈め、世界のファッションをSNSで発信するインフルエンサーとして、好きな事で夢のような高収入が得られるようになりました。そんな私の活躍を見守っていたのか、母からメールが来たのです。
「お父さんが、許して欲しいって。時代遅れの自分こそ恥じるべきだったと」
母には、申し訳なかったのですが、一族の恥となった私は、松山へ二度と行く気もなく返事すら書きませんでした。
活動は世界にも広がり、多くのフォロワーが私の動向に注目するようになりました。それは、ファッションリーダーとしてだけでなく、性的マイノリティLGBTのトップ・コメンティター、愛のブロガー マヤとなった私の発信を、世界中の人々がフォローしているのです。
マヤとして、多忙になればなる程、寂しさが積もる。心の奥底から何かが浮かび上がろうとしているのです。華々しい世界より、本当にわかり合える人が一人いればいいと思う事が多くなりました。そして、ある寒い雨の夜、突然にジンの言葉が鮮明に蘇りました。それは、空港でジンとの別れ際。ジンが私の両肩に手を置き言った言葉。空港のアナウンスにかき消されたと思った言葉です。間違いなくジンは私に、こう言ったのです。
「悟、愛してる」
あぁ、あの時……。後悔の大きさで、胸が張り裂けそうです! 私は、ジンの事が分かればと、いくつものLGBTマッチングアプリを入れて、探し始めました。そして、あるアプリ内の募集で、見覚えのあるアカウント名を発見しました。それは、ジンが高校生の時に使っていたラインのアカウントによく似ているのです。自分とはわからないように、メールを送りました。
「お話しませんか?」
すると、返事は直ぐにきました。
はやる気持ちを抑え、メール交換をすすめました。最初はジンかと期待してメールしたのですが、いつの間にか、ジンの事より、今話している彼の方が、愛しくてたまならくなったのです。
「あぁ、本当に自分の事をわかってくれる人が、この世にいた!」
自分の中で、初めて本当の恋心が芽生えたのです。それは、ありのままの自分を全てさらけ出せたからかも知れません。
この彼を失ったら、このような恋は、生涯二度とないだろう。今すぐに会いたい。
でも、もしも、高校の時のように、返事が来なかったら、どうしよう……。いや、私はもう悩まない。これで失恋しても、告白しない後悔より、全てに正直でありたい。たとえ、結果がどうなっても。
自分の恋心を切々と書き綴り、思いって住所や名前を訪ねるメールを出したのです。 今の自分の写真を添付して。
昨日の夜は、人生で一番長い夜でした。 何度も何度もメールボックスを確認して。そして、ついに、明け方近くに、彼からの返事が来たのです。
抑えきれない、衝動に、もう自分の生涯をかける覚悟はできています。
彼からの返事を読み進めるうちに、彼の愛も本物だと確信しました。そして、メールの最後を見た時、人生の悟りも開けたのです。でも、もう彼に返事を書くことはできません。いつの間にかアプリが消えていたからです。
だから今朝、東京の全てを捨て、生涯をかけて愛し続ける彼のいた場所に向かっています。それは自分自身を愛するため。
メールの最後に書かれていた彼の場所。
「愛媛県松山市丸之内一番地 村上悟」
完