てんぐのノイエ銀英伝語り:第43話 宣戦布告~ノイエは相変わらず社会と人々を描くのがうまい
はい、今週のノイエ銀英伝語りの時間がやってまいりました。
前回の幼児誘拐犯銀河帝国正統政府発足の話もですが、今週のエピソードもテンションが上がりました。今までの銀英伝では原作含めて軽視されていた部分、即ち生の民衆目線での同盟社会の描写に満ち満ちてました。まあ、地味は地味なんですが。
というか、今週の話って、帝国社会を描いたあの28話と対になってるんですよね。
衆愚の一言で語るなかれ、多種多様な同盟大衆社会
幼帝亡命受け入れとラインハルトからの宣戦布告を受けて国論は真っ二つ、と言いたいところですが、実際はそれどころじゃないですね。まさに、それぞれの立場や考えに基づいて様々な意見が飛び交っていました。
その中で一番驚かされたのは、あのギャルっぽい姉ちゃんの「罠っぽくね?」ってセリフでした。
あの姉ちゃんの言ってることって、前回ヤンが幕僚たちに解説していた内容と方向性は同じなんですよ。魔術師ヤンも決して銀河で唯一無二にして至高の賢者というわけではない、他にも彼が気付けたことに気付けるものは社会のどこかにいるし、それは当たり前のことなのだ。そういうことなのかもしれません。
で、もっと驚いたのが、その口調が完全に、そこいらギャルそのままっていうこと。
「岸部露伴は動かない」の第1話で、露伴先生が「たったひとつのセリフで作品が台無しになるんだッ!」と騒いで、自宅に侵入した泥棒をヘブンズドアーで「資料」にしたじゃないですか。で、結果として「セリフなし」に落ち着きましたが。
これを反転させるなら、「たったひとつのセリフで作品の世界観を何倍にも強化できるッ!」ともなります。あのギャルの、ギャルそのままの口調は、まさにその「作品の世界観を強化できるセリフ」でした。
また、幼帝受け入れの是非や国家戦略とは別に、徴兵を間近に控えて艦隊勤務という未来図を悲壮な覚悟を固めつつ直視する少年と、同じ部隊への配属を志願する恋人。あるいは我がことのように政府の方針のあるべき姿を語る工事現場のおじさん。
「こういう人物たちがいないはずないのに、世界観から透明化されている」って指摘、よく聞くじゃないですか。銀英伝の場合は、まさにこのような人々。田中芳樹作品は長年読んできてますが、ぶっちゃけた話、庶民の描写については基本的にあまりリアリティはないからなあ。(ぽそり)
で、そういう部分を見事に、そして当たり前のようにリアリティを込めて描き出すのが、ノイエ銀英伝の、繰り返しになりますが、地味っちゃ地味ですが、秀逸な手腕なんです。
この時期の同盟大衆社会に対して、つい「衆愚」という言葉を使いがちなんですが、それは「自分は正しい答えを知っている。それに即していない考えに価値もなければ叡智もない」と決めつける、思いっきり傲慢な考え方なんです。そして、その傲慢さの果てに待っているのが独裁者への道なんですよ。
白身魚のスープに見られる同盟末期社会の象徴
同盟大衆社会を「衆愚」の一言で切って捨てて良いわけはないとしても、それでも同盟社会の荒廃が末期化しつつあるのは確かです。
それを象徴しているのが、ホワン・ルイとレベロの会食で出てきた不味い白身魚のスープ。
あのふたりは別に口の奢った食通ってわけではなく、原作準拠で不味くて仕方なかったってだけなんでしょうが、そんなスープがあの格式のレストランで出てくるというのは異常です。もしあのふたりが海原雄山だったら、「このスープを作った者は誰だ!」と厨房に怒鳴りこみかねないです。
では、その異常な状態はなぜ生じたか。考えられるのは、「本来のシェフたちが軍隊に徴用され続け、後進の育成もままならなくなった」か「そもそも、まともな材料の調達もできなくなったので全部代用食で作りました」なのか。
サンフォード政権で人的資源委員長を務めていた頃にホワン・ルイは、社会インフラを支える現場が年少者と高齢者ばかりになり、本来基盤となるべき40歳台のベテランが不在になっている現状を閣議で指摘していました。
あの不味いスープを飲んだとき、状況はあの頃以上に悪化してることを更に実感させられたでしょう。ただ、それでもなお、少なくとも友人の前では飄々とした人物像を維持し続けるのが、この人の魅力ではあります。
ところで、そのホワン・ルイですが。
この人はヤン・ウェンリーやグエン・バン・ヒューらと同じく苗字が前に出る東洋式の姓名表記のはずなんだよなあ。フジリュー版と同じくチョンボしちゃったのか、それとも実はあの人の苗字は「ホワン=ルイ」という復姓というか二重のファミリーネームって扱いなのか、どちらなんでしょ。
今週のエルウィン・ヨーゼフ
出てくるたびに不憫で仕方なく思えるエルウィンですが、ついに睡眠薬漬けにされてしまいました。
幼児誘拐の後に監禁して見も知らぬ国に拉致された挙句に睡眠薬漬け、しかも目下の監禁場所の外では反ゴールデンバウム派のデモ隊が取り囲んで容赦なく抗議の声をぶつけてくるわけです。そして、その誘拐被害者に対して、亡命政府の忠臣方はといえば、「可愛げのないガキ」呼ばわり。
もうこのセリフを書くのも何回目かわかりませんが、関係者一同全員地獄に堕ちろ。マジで。
ヤンとユリアンの初めての親子喧嘩、そして“間合い”に踏み込む勇気を持つフレデリカ
フェザーン赴任辞令に対して極めて珍しく駄々を捏ねるユリアンとの、初めての親子喧嘩でいじけちゃったヤン。自分だって罪のないベレー帽にアイアンクローを掛けるくらい憤慨してるのに、それを全く表に出さないんだもん。そりゃユリアンだって傷つきますよ。
で、そんないじけたヤンに対して、同僚たちと遠巻きに眺めて評論してるだけのシェーンコップに対し、フレデリカは正面からヤンの“間合い”に入って、紅茶と共に諭してました。
少しだけネタバレになりますが、ヤンは後にシェーンコップではなくフレデリカの手を取ります。
そして、ヤンをしてそうさせた理由って、フレデリカの“間合い”に踏み込む勇気なのではないでしょうか。