てんぐの三体感想:えらいもの見ちゃったなあ
昨年の12月までWOWOWで放送されていたドラマ版三体ですが、ひと月遅れでてんぐも最終回を録画視聴しました。
最初は「これ、最後までついていけるかな?」と心配してましたが、話の骨子が「これ、人間の話だ」ってわかってきてからは、俄然のめり込んでいきましました。
その「人間の話」の中心軸にして最大のヴィラン、もしかしたら真の主人公かもしれないキャラクターこそが葉文潔でした。
葉文潔について
視点人物汪淼の恩師、近所の子供たちの面倒を楽しそうに見て地方の寒村を産業で支援する優しい老婦人、娘の葬儀で何の反応も見せなかった冷たい母親、そして秘密結社の“総帥”。
全く統一性のないこれらの要素が、回を重ね情報を集め繋がっていく展開を追っていく中で、「この三体は葉文潔という人を理解するまでのドラマなんだな」と理解できました。
葉文潔と彼女が総帥となった秘密結社世界三体協会に対し、作中で「売“星”奴」という表現が出ました。
自国や自陣営を売るもの、敵に内通するもの、それらは歴史上幾らでも存在しましたが、その動機は様々でした。
ある者は将来の勝者に対して媚びを売って生存するため、ある者は逆に自らと“敵”と呼ばれる存在との懸け橋となると信じて、あるいは自分自身も含めた社会全てを憎悪し破滅を望むという例もあるでしょう。ETOを分裂させた生存派、救済派、降臨派の各派は、そんな人々のモデルケースとも言えます。
では、全ての始まり、ETOの思想的な始祖にして最高指導者であった葉文潔の動機の根本は何だったか。
それを明らかにしたのが、もうひとりの主人公、葉文潔とETOを制圧すべく突入した特殊部隊を指揮した史強が用意していた切り札でした。
あのときETOが用意していた“核爆弾”は本物かどうかあやしいですし、あるいは“汚い爆弾”の可能性もありました。ただ、あの場において本物の可能性が1パーセントでもある限りはハッタリとしては機能します。
しかし、「“汚い爆弾”だったら俺も用意してきた」と言わんばかりに取り出したあの封筒と彼が口にした人物の名前、それが答えでしょう。
絶望は静止や放棄につながることはあっても、行動の動機にはならない。
売星という怪物的行為の動機こそ、その人物、父を殺した張本人である実妹・文雪への復讐という極めて人間的な感情だった。
それを明かされたとき、葉文潔は「謎」というヴィランの生命力を失ったのです。
史強について
史強は原作ファンの間からは人気絶大らしいですが、ドラマを見ればよくわかります。
軍隊あがりのタフネスと警察官として磨き抜かれた推理に裏打ちされた捜査力、魔法使いの呪文同然の高度に専門的な言葉の数々を、理系知識ゼロの視聴者にもわかりやすく“翻訳”できる理解力、そして上記の“汚い爆弾”を用意し、そしてETOの旗艦“審判の日”号を文字通りシュレッダーに掛ける悪魔のごとき作戦を笑顔で提案するワルっぷり。
そして何より、全ての真実を知った作戦センター全員の心をへし折った三体人からの「お前たちは虫ケラだ」のメッセージに対し、故郷の農村に飛び交うバッタの群れを見せて「人類はあの手この手で虫ケラを殺してきたが、奴らが滅んだことは一度もないんだ!」と発破を掛ける闘志。これは人気が出ますよ。
そんな史強にてんぐが一番惚れ込んだのは、この件に関わるようになって科学の基礎知識が必要とわかったときに、児童向けの教育書を買ったと打ち明けたときです。
これは実際、新しい知識を得るにあたっては本当に正しい方向性なんですよ。いまはネットで検索すれば無料で専門的な情報が手に入ると思いがちですが、そこで飛び交う情報はわかる人間がわかる人間向けに出したものであるケースがほとんどですし、あるいは欺瞞や曲解もあり得えます。しかも、後に判明することですが、三体世界から送られた智子ちゃんが、検索結果をグチャグチャにしてる可能性もありえますし。
それらに依存せず、流通ルートに企業が責任をもって乗せられ、かつ初歩中の初歩から説明し、好奇心や興味を適切に引き出してくれる情報となると、この児童書の方が正解です。
実はてんぐも、10年ほど前に全く畑違いの分野に転職したんですが、最初にやったことが、中学生向けのテキストの購入でした。
ページ数の割に随分と割高でしたが、おかげで仕事の内容を掴みやすくなりました。ちなみに、そのテキストは職場の教材として置いてあります。
このように、史強は根本的に地頭が良いというか、地に足がついた聡さを持っているのがわかります。
でも、そんな史強ですが、汪淼が開発したナノマテリアルワイヤーについて、何度も「飛刃だから」と訂正されながらも「飛刀」と呼び間違えてました。
ひょっとすると史強って、多情剣客無情剣や辺城浪子などの小李飛刀系列が好きだったのかな?
実際、古龍作品のアジアハードボイルド武侠は史強と相性良さそうだもん。
というかハヤカワさん、小李飛刀系列の邦訳本を出してくれないかなあ。
TRPGユーザーから見た三体
最近のてんぐがTRPGの話題に触れる場合って、大体がD&D5eについてなんですが、その昔はトーキョーN◎VAもよく遊んでいました。
三体を見てると、そのN◎VA脳がビリビリと刺激されましたねえ。
史強のスタイルはカブト●カリスマ、イヌ◎というところでしょうし、タタラ◎の汪淼の神業≪タイムリー≫があればこそ、あの古箏作戦は成立しました――汪淼自身は、二度と琴を含めた弦楽器の演奏を見る気にはならないでしょうが。
ETO降臨派を率いるエヴァンズは敵役のエグゼグでしょうし、葉文潔はクロマクとコモンを併せ持つキャラの凄みを感じました。
またETOの集団としての性質は、N◎VAの敵役でお馴染み真教浄化派さながらでした。
ついでにいうと、三体人はN◎VAでいう電脳生命体、脱水や処刑の対象となる肉体も、物理領域で活動するための端末で、“本体”は三体世界の地下施設に設置されたサーバーか電子ネットワーク上に存在してる電子的な存在だったのかなって考えてたんですよね。
というわけで、N◎VAユーザーが三体のドラマ版を見たり原作を読んだりすれば、刺激を受けること請け合いです。
“中国”という歴史と社会と文化を宿した血潮から生まれたハードSF、その名は三体
このドラマを見ていると、セリフや状況や背景の随所に“中国”という歴史と社会と文化を感じます。
こういう血潮を宿し、理系知識と人文領域と結合させた作品、それが「三体」なんだなとドラマ版を見てよくわかりました。
こうなると、ハードSFということで食わず嫌いしてきた原作ですが、俄然読みたくなってきました。
来月には文庫版も出ますし、ここから読み始めるのも良いかな。
ドラマで予習も済ませているから読みやすいでしょうし。
逆にNetflix版はどうなるのかなあ。
外国での製作は凶と出るか、それとも三体の普遍性を引き出す吉となるか。
まずはお手並み拝見かな。