トータス合宿講義録2020
メリークリスマス! みなさまいかがお過ごしでしょうか。
この文章は年末恒例連続記事投稿企画「オリエンティア ADVENT CALENDER 2021」の1日目の記事になります。
企画発起人であり、大学の先輩、さらに私にオリエンテーリングの基礎を教えてくれた恩人でもある田中氏から依頼を受け(確かCC7のスタート枠で)、もちろん快諾したもののさてどうしたもんかなと思っていました。せっかくなので企画の原点?でもある自分語りをさせていただこうと思います。そこで思い出したのが昨年度のトータスジュニア合宿。コーチとして参加したのですが、「夜メニューで40分くらいなんか講義してよ」と主催団体独特の愛あるお達しを受け、ジュニア・ユース選手向けに「影響を受けた経験」「その結果得た教訓・形成してきた技術論」を私なりに話してみました。それが案外好評で(たぶん)、今回はその講義+αでお届けしたいと思います。ここで言う技術は直進とかコンタリングのやり方ではなくて、意識の流れ、プロセスを指します。当然ながら主観的で体系的ではないし、いろいろな人の話の受け売りでもあります。異論は大歓迎です。あとジュニア向けの講義がもとなのでやたら訓示的ですが、よかったら読んでみてください。では。
1. 大学に入ったら超サイコーなスポーツがあった
申し遅れました。私は小牧弘季といいます。2017年に筑波大に入学し、同時にオリエンテーリング部に入部。現在は同大学の大学院生という身分で競技をしています。自分でいうのはなんだか恥ずかしいのですが、インカレ、全日本などで複数のタイトルを獲得してきました。
そんな私は中高時代はバレーボールに勤しんでいましたが、ここが私にとってかなりの地獄。僕は身体能力が結構低いんですよね。反射神経や巧緻性、あるいは強い筋力が求められるバレーの世界では致命的で、当然万年補欠。それはしょうがないとしても、今とは時代も異なり(異なっていてほしい)暴言や暴力が普通に飛び交っており、本当に苦しい思いをしました。いまでも夢に見ます。悪夢です。とにかく先生に怒られないことを目的に日々頑張っているという感じで、それでは能力も伸びないし何より楽しくない。そんなこんなでスポーツというものに相当負のイメージを持って大学に入ってきました。
そこで出会ったオリエンテーリング。地図や山、自然といった刺激的なキーワードも始めた理由ですが、何より「ルートは自分で決める、どこを走ってもいい」という先輩からの説明が決め手でした。「こんな自由なスポーツがあるなんて!」といたく感動し、実際やってみると本当に楽しく、自由な疾走感がたまりませんでした。スポーツの負の側面ばかり見続けてきた僕からしたら大転換点。「マイナースポーツだから~」と変な謙遜は全くなく、全肯定的な出会いだったと思います。この辺りが私の原点であり、現在もモチベーションの源泉であることは間違いないです。
Tips1: オリエンテーリング、楽しい!最高!という経験、肯定感が原点
2.プランニングが9割
とはいえオリエンテーリング、皆さんご存じの通りそんなに甘いスポーツじゃありませんでした。「タノスィ~」と本能的に森を走っていても当然勝つことはできません。1年生の頃は「瑞牆の森」で地図範囲をはるかに越え瑞牆山につながる稜線まで登ったりしており、なかなか同年代のなかでも結果を残せなかったです。でもよかったのは「次のコントロールへの行き方=プランニングを考えてから動き出しなさい」という先輩の教えをそこそこ徹底していたこと。それを続けていたら秋ごろの小さな大会(早筑東工という対抗戦でしたかね)で自分の思った通りに走れて1年生クラスで優勝できました。このとき、これまでとは異なる楽しさを感じました。自分の思い通りに森を走る楽しさ、すなわちナビゲーションの楽しさに目覚めたのです。この楽しさに気づけたこと、またプランニングを行うことで成果が出た(成功体験)ことは僕にとってとてもプラスの体験になりました。
Tips2: オリエンテーリングの楽しさは人それぞれ。でもナビゲーションの楽しさに気づけるとオリエンテーリングを楽しむ視界がぐっと開ける。
Tips3: プランニングはオリエンテーリングの肝。うまくいかないと悩んでいたらまずはプランニングを磨こう。
3.がんがん直進
1年生のうちから日光や富士、八ヶ岳での合宿に参加できたのは幸運でした。直進の練習がたくさんできたからです。「コンパスを使ってまっすぐ行く」という技術はオリエンテーリングにおいて基礎的かつかなり重要であり、オリエンティアの必須スキルだと思っています。先輩方がもったいぶらずに早く教えてくれたのもよかった。思えば「直進練習会」として大学の原っぱでたくさんコンパス直進する練習会を開いてくれたりもしたので、恵まれていました。特に学生は4年間で成長しないといけないので、ぜひ早めに教えてあげてほしいと思います。直進といっても原理は「整置したまま進む」というだけなので練習すれば絶対できます。もちろんどう直進を使うかが問題なのですが、「森の中をまっすぐ進んでる!」という感触を得られるのは本当に楽しいんですよね。おお~ってなってる1年生をみる、教える側も楽しいはず。
Tips4: 直進は必須スキル。早いうちから練習したい。
そしてですね、コンパス直進ができるようになるとプランニングが変わります。ラフ(=情報を省略してスピードを出す)なオリエンテーリングが可能になります。下の図は当時の私が行っていた「超ラフ・オリエンテーリング」。
プレートコンパスのリングをぎしぎしと回し、遠くの大きくてわかりやすい地形に狙いをつけてどーんと疾走。その間のリロケート(現在地の確認)はほとんどしません。もちろん後で痛い目を見るのですが、速いスピードでオリエンテーリングするようになったことは後々生きてきます。あと不整地を走るフィジカルがもりもり鍛わりました。
Tips5: 直進ができるとラフなプランニングができる
4.プランニングが9割、じゃなかった
そんなラフにどっかんどっかん行く作戦が奏功し、2年生時にはJWOC(世界ジュニアオリエンテーリング選手権)の日本代表になることができました。ヨーロッパ人に走力でカツ!と意気揚々と開催地・ハンガリーに向かったところ、待っていたのはこんなテレイン&コースでした(下図)。
ああああ。
厳しい戦いでした。素晴らしい結果を残した今年のJWOC日本チームとは比べるまでもありません。僕の必殺・超・ラフOはDヤブと微地形に阻まれまくり、無残な結果(130位台が最高)に終わりました。当時すでにジュニアのエース格だった森清選手や北見選手、同期の大エース伊部選手などが活躍する中、完全においてけぼりでした。多分チーム内で一番へたくそだった。そして気づきました。
「いくらプランニングができようと実際に実行できなければ意味がない!」
「走力があってもスピードを出せない!」
この問題を解決するには2つの方法が考えられます。一つは実行可能なプランニングを立てられるよう努力すること。2つ目は実行能力=ナビゲーション能力を鍛えることです。当時の僕は後者が不足していると考え、とにかくオリエンテーリングの量をこなしていこうと誓いました。今はなき八ヶ岳レジャーセンターに宿泊させていただき自主練習したりしていました。行けば1日20㎞とか走っていたような。レースのアナリシスも書いたりしていましたが、とにかく猛烈にオリエンテーリングしていた時期だったと思います。
Tips6: 速くオリエンテーリングをするためにプランニングを実行する力が重要
Tips7: そのために時には集中的にオリエンテーリング経験を積む。体力と機会と縁が必要。
5.北欧上陸!ナビゲーションを考える
3年次には世界選手権にチャレンジする機会をいただきました(2年前の記事を読むと当時の私は複雑な気持ちを抱えていたようです)。舞台は北欧・ノルウェー。正統派北欧テレインが待ち構えていました(下図)。
その特徴はゆるーいのに細かい地形、走りにくい地面と言えます。「岩の割れ目」が沢として書いてあったり、「ちょっと濡れたもふもふの草が生えてるとこ」が湿地で書いてあったりと地図表現も日本とはかなり異なります。そのような場所では高度なナビゲーション技術が求められてきます。高度な技術とは何か?それは「小さくて分かりにくい特徴物を多くチェックしながら」「精度よく長く直進する」と言えるのではないでしょうか。これらは日本ではあまり行わないことなのでずいぶん苦労しましたが、「あきらめ」がつきました。やはり日本で行っているラフなオリエンテーリングでは限界があるため、上記の高度な技術を実践せざるを得ないです。2週間程度の遠征でしたが技術面で大きく向上したと思います。
とはいえ日本でナビゲーション技術を高めるのはどうすればいいのでしょうか。色々と考えましたが、例えば理想のナビゲーションとは「地図、現地、コンパスの3点をバランスよく、短い時間で、より多くの情報を読み取り、現在地と次の局面を把握すること」ではないでしょうか。このことを普段の練習で意識的に取り入れる、すなわちあえて「情報過多」なオリエンテーリングをすることで鍛えられるのではないかと思います。具体的にはコリドアO、道消しマップなどでしょうか。また、上に上げた3点ー地図、現地、コンパスへの視線ーのどれかが極端に欠けているとミスを招きやすいと思います。そのためこの3点は僕がランオブ(オリエンテーリングしてる人を追走するコーチング法)するときに主に観察する点です。
こんな具合で、オリエンテーリングの深淵にずぶずぶとはまっていきました(それが言いたかった)。
Tips8: ナビゲーション技術を鍛えることで難しいテレイン・コースへの対応力が備わる
Tips9: ナビゲーションへの不安がある人は地図、現地、コンパスを見る頻度とタイミングを見直してみよう
6.プランニングとナビゲーションの関係とは?
さて、ここまでは「プランニング万歳」を経て「ナビゲーション至高」に至る過程を書いてきました。すると当然両者の関係は一体ぜんたいなんなんだい、と疑問を感じるようになります。
ある日筑波Dropboxの奥底に眠っていた文書を開きました。そこにはかつてコーチを務めていた鈴木康史さんによる技術論が掲載されており、1つのヒントになりました。また当時コーチをお願いしていたO-supportの小泉氏との議論、教えの中でも前掲の話題が登場し、自分なりに整理することができたと思います。
上の図で僕の考え方を紹介します。あるレッグがあります(左図:課題)。そのレッグに対するプランニング(中央図)ではルート(青線)とチェックポイント(CP)を定めます。チェックポイントの設定で重要なのはvisuality:遠くからの視認性です。このレッグではCP1は「植生界付きのヤブ」、CP2は「ピークの壁」です。どちらも遠くから認識できそうです。
ナビゲーション(右図)が始まります。コンパスまた地形を使って方向性を維持し、頭の中で考えることは「CP1をみたい、まだか、まだか」。途中で右の沢(緑)を見ましたが、余裕があれば地図に落とし込みます。どっちでもいいのです。CP1:植生界付きのヤブ が見えたらCP1までのナビゲーションはおしまい。走りながらCP2までの区間を先読みすると、段差と道を横切ることを認識。次はCP2:ピークの壁を意識して進みます。
ナビゲーションとはこの繰り返しにすぎないということです。難しいレッグであればCPは増えるでしょう。しかし基本は同じはず。オリエンテーリングのレース中に急に街頭インタビューされて、「あなた今どこに向っているんですか?」と聞かれたときにも「はい、OOですヨ」と常に即答できることが必要だと考えます。
Tips10: ナビゲーションはサイクル的
Tips11: 常に「どこに向っているのか」「向かうべきか」を意識する
また、このサイクルを上手に回すには目的のCPが見えたとき、次のCPまでの先読みにパッと切り替えなくてはなりません。これは案外一朝一夕にはできない技術ですが、小泉氏からは徹底を命じられました。そのために有効な練習は「同じコースを直後に再び走ること」です。上級者であれば2回目以降もプランニングやルートはあまり変わらないはずで、頭のメモリーをよりナビゲーションの意識に集中させる練習が可能です。もっと言うと走り慣れたキャンパスマップやシティマップこそこの練習に向いています。鈴木氏の文章にもありましたが、結局は意識次第なので漫然と練習しても意味はあまりありません。サイクルを回すイメージを持ち、小泉氏の言葉を借りるならば「ナビゲーションの無意識化=意識せずとも勝手にサイクルが回っていく」ことが理想です。これは私自身もなかなか達成できていません。
スポーツ選手は多くの場合、無意識のうちの一瞬の判断でプレーするはずです。その裏には相当な練習があり、技術はぐっと考えて行うものではなく、反射的です。これは知のスポーツ・オリエンテーリングも同じだと私は考えます(もちろん他のスポーツよりも戦略や思考が重要な局面は多いと思いますが)。素振りのような練習が求められるのです。
Tips12: ナビゲーションのサイクルを回すための基礎トレーニングを行おう
それにしてもこの「ナビゲーションのサイクル」という考え方、複雑になりがちなオリエンテーリング技術論界隈において(そんなものない)とてもシンプルじゃないですか?先人はすごい。
7.アタックを極める
最後に今年のWOCに向けた技術的話題を提供します。WOC2021はチェコで行われたのですが、サンプルマップやテストレースを見てビビりました。岩が無限にある上、ヤブがかなり厳しい。ミドル競技は言わずもがなですがロング、リレーもレッグ自体はシンプルでもコントロール位置は岩の間など読み取ることさえ困難な場所に置かれがちでした。
そうなると重要なのはアタックです。そもそも日本のオリエンテーリング・シーンにおいても上級者において発生するタイムロスのかなりの割合をアタックミスが占めていると思います。それまで視界というある程度大きな範囲でナビゲーションしてきたところからわずか30㎝のフラッグにたどり着かないといけません。これは実際至難の業です。しかも難しいコースでは隠されるような設置の仕方をされます。アタックは普段のナビゲーションと切り離して考えるべきというのが私の考えです。
アタックの詳細はJOAの教本などでも説明されているので割愛しますが、主に以下の2点が不足している場合が多いと思います。それは①アタックポイントの設定と②アタックポイント‐コントロール間の読み込み です。特に②は意識的に行う必要があると思います。アタックとは「アタックポイントから直進すること」ではありません。アタックポイント‐コントロール間を読み込むことでコントロール位置の正確に把握し、地形や藪との関係を理解できます。アタックは非常に高い精度のナビゲーションを要求されるため、コントロール周辺では情報の密度を濃くする必要があります。特に①でアタックを容易にできない場合効果を発揮します。
WOCではすべてにおいてうまくいったわけではありませんが、AP- コントロールの読み込みをかなり意識したことで特にロング・リレーではアタックミスはほとんどなかったと思います。
Tips13: アタックポイントーコントロール間の読み込みを行うことでより確実なアタックが可能に
8.おわりに
最終的に小難しい話になってしまいました。しかしながら瑞牆山の稜線を見て絶望していた私もこんなことを考えるようになったんですよということが伝われば嬉しく思います。速くなるために自らの思考と向き合う時間は面倒だし時に退屈ですが、幸せな時間だったなとも思います。また今回取り上げた思考をしている時期は実力を伸ばしている期間でもあると気づき、逆に考えることをやめればもう速くなれないんじゃないかとぞっとしました。今後も速くなるために考え続け、走り続けていきたいですね。そうやって私自身が主体的にスポーツに取り組めているのもオリエンテーリングに出会えたからです。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。豪華なオリエンティア ADVENT CALENDER 2021の著者陣に期待です。
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