火事 その1
遠い遠い昔。
祖父母と3人で、信州の竹やぶの家にいた時のこと。
たぶん、4歳くらいだったかな。
「子供を連れて早く逃ろ!!」と祖父が叫ぶ声が外から聞こえた。
いつもは太く低い祖父の声が、高く裏返っていた。
気づくと、はっぴを着たおじさんたちが、家の周りに集まっていた。
竹やぶから火災が発生したらしい。
おじさんたちは、家の水道から水をくんで、次々とバケツリレーを始めた。その横で、私は祖母と立って見つめていた。
火は消し止められ、けが人もなかったが、たくさんの大人の切羽詰まった様子を、間近に見たのは初めてだった。
絵本で見ていた、消防車はどうして来ないんだろう…と思った。
小学1年生の時、この出来事を作文に書いて丸をもらった。なので冒頭の祖父の言葉は、文字としておぼえている。
おじさんさんたちは村の消防団の方たちであったことや、「バケツリレー」という言葉は、」後になって知った。 田舎には、消防署はないことも…。
その夜、静かな家の中でタンスのうえに置かれていた木彫りの熊の置物。
10年後に、祖父母は千葉に移り住んだ。タンスの上にあの木彫り熊が、鮭をくわえているのを見るたび、あの日を思い出していた。