水蛸かボールプールの約束だ/栫伸太郎

シリーズ・現代川柳と短文NEO/266

 たこは驚いた。ボールはそれぞれが吸盤ひとつひとつにジャストフィットしており、身動きがとれない。足1の挙動が崩れたかと思うと、その軌道が足2の動きに干渉し、それと連動して足3も足4も足5~8も、つぎつぎに可動先の選択肢を失う。吸える空気がなくなって窒息する小動物の群れのごとく、やがて足は全本とも完全に自由を失った。むろん、たこは1匹だ。たこには絶望するひまも与えられなかった。ぼよん、と頭で岩肌にバウンドし、海の奥深くに沈んでいく。じつは力を抜いてボールを手放せばいいのだが、たこにはそのやりかたがわからなかった。

【きょうの現代川柳】
水蛸かボールプールの約束だ
/栫伸太郎

▼出典



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