見出し画像

実話怪談 壁際に立った霊

 これは私の同年代のAさんから聞いた話である。彼が大学受験した年というから、今から二十年程前の出来事だ。
 Aさんの伯父が亡くなった。
 伯父は、神経質で癇癪持ちで、でも気の弱い人だった。都内の有名大学を出ているが、人生は多難だった。
 その性格が災いし、初めて就職した職場でうまくいかなかった。田舎の市役所に入庁したのだが、すぐに辞めてしまった。おそらく、職場の人間関係が原因だったのだろうと、Aさんは言う。

 伯父は小説家を目指した。学歴が高かったから、自分を天才だと信じていた。だが、小説家は学歴だけでなれるものではない。ゴーストライターの仕事を引き受けるうちに、次第にすさんでいった。
 
 実家を出ていった伯父は、やがて両親と連絡が取れなくなり、酒を飲む毎日が続いた。そして糖尿病になり、動くこともままならなくなったが、適切な治療を受けないまま孤独死した。

 二月に発見されたとき、伯父の亡骸は腐って、ドロドロだった、自分は葬儀のとき怖くて亡骸をみることはできなかったのです、とAさんは言った。
 伯父の妹、つまりAさんの母は号泣した。

 明日は火葬、という寒い夜。
 Aさんの父はそれを見た。
 Aさんの母の枕元に薄ぼんやりとした影が立っていた。別に怖いとは思わなかったが、あの人が来たのではないか、と父は言った。
 葬儀は悲しみに暮れる親族に見守られて、何とか終わった。Aさんは第一志望の大学に受かった。
 だが、それから不幸が次々にAさんを襲う。
 入った大学のサークルで仲間外れにされ、ヘビのように意地悪なやつの標的にされ、精神を病んだ。父は悪性リンパ腫になり、闘病生活が始まった。祖父が骨折し寝たきり生活が始まった。
 何とか就職した会社でもイジメの標的にされ、毎日吐き気や下痢と闘いながら出社の日々が続いた。

 私はAさんに、これは伯父さんの呪いではないのか、と訊ねた。こんな話を私にしたということは、少なくともAさんは、そう思っているのではないか、と。
 Aさんも、最初はそう思っていたらしい。
 だが、よくよく考えると、そうは思えないという。
 Aさんの父は自称画家だが、ほとんどお金を稼いでいなかった。母がパートをして、何とか生計を立てていた。Aさんがイジメられたのは、そういう低所得者の出自を持つものが、恵まれた家に生まれた人達の中に入って生活をおくっていたからで、呪いではない。Aさん自身の性格が根暗だったのも原因の一つだと言う。
 また、Aさんの父がガンになったのも、呪いとは思えないという。10年間の闘病生活で、生きるためだけの仕事を辞め、好きな絵に専念できる生活を得ることができた。何とかして絵を売ろうと足掻くこともなくなった。毎日楽しそうだったのだ。

 Aさん自身も、病気を抱えながら、今も仕事をしている。今は家庭も持っている。呪いが人を不幸にするものなら、これは呪いなどではない。

 Aさんは、最後にこう言った。
 伯父が、葬儀の晩に枕元に立ったのが本当だとすれば。
 俺のようになるな、そう伝えたかったのではないか。少し嫌なことがあっても、癇癪を起こして辞表を出したりするな。生き残り、お前をイジメた奴らを見返してやれ!
 
 Aさんは、そう思うことにした。
 Aさんは、快活に笑った。
 そうだ、これは呪いなどではない。因縁でもない。
 多分、伯父も含めた色々なモノが、応援してくれているのだ。数々の不幸にも関わらず、頑張って働き、家族を守れているのは、そういうことなのだろう。
 私も、その伯父に祈りを捧げた。これからも、Aさんを見守ってやってくれ、と。

いいなと思ったら応援しよう!