『トランスフォーマー/ロストエイジ』
マイケル・ベイ監督「トランスフォーマー」シリーズ4作目。
2014年公開『トランスフォーマー/ロストエイジ』
★シリーズで一番好きかも★
サム・ウィトウィッキーが主役(?)の前作までも面白かったが、今作はより面白く感じた。
3作目までは「オートボット vs ディセプティコン」の構図が主であり、人間はサブ的立場だった(トランスフォーマーを見に来ているのだから当たり前かもしれないが)
ただ今作はケイドやテッサ、シェーンといった”民間人の”人間をかなり上手く描けていた。
ケイドとテッサの親子愛やシェーンの人間的成長、ジョシュアのキャラクターなど魅力的なシーンが多かった。
この作品のテーマの一つは「家族愛」だろう。
ケイドとテッサの親子としての関係。ケイドはテッサに対して自分自身の様に苦労してほしくないという想いで娘をルールでしばりつける。そのルールはかなり過剰化のように思えるが全てはテッサのことを想ってだ。
しかし、テッサはそんなルールに縛られる生活を良しと思うはずがない。彼女は父親に反発をしている。しかし彼女も父親のことをないがしろにしているわけではなく、心配をしているのだ。それぞれの思いがすれ違いを起こしている。
そしてもう一つの親子がいる。
オプティマスとバンブルビーだ。彼らの間にも親子愛が存在している。
ケイドがテッサのことをたしなめた際、オプティマスも「ビーの扱いには苦労したよ」とまさに父親のような発言をしている。
オプティマスとケイドが苦戦しているときに彼女彼らが助けに来てくれる、あのシーンはムネ熱展開待ったなしだ。超絶かっこいい。
★人は脆い★
序盤からなかなかにショックなシーンがある。アクション映画やヒーロー映画では当たり前のようにカーチェイスシーンなどで車が爆発したり、踏みつぶされたりしている。しかしそこには人がいるのだ。人は脆い。トランスフォーマーの彼らのようにタフでも修理もすることも難しい。彼らに比べてとても小さな存在だ。人の脆さは前作のシカゴでの事件も尾を引いてくる。彼らは味方であったはずのオプティマスたちでさえ排除しようとする。なぜなら彼らが地球を守った際に被害が出たからだ。
たしかに当人たちにとって被害があったのも確かだ。自分がその立場でもそうなるだろう。しかし、彼らがいなかったらどうなっていたのか。そんな彼らを排除しようとしている姿は醜く感じてしまう。
人間は脆いのだ。
が、、、人間は脆いからこそ工夫をする。そして進化をする。
あきらめない人がいる限り彼らは立ち上がるのだろう。