政治家レイシズムデータベース2021年9月
反レイシズム情報センター(ARIC)では、政治家など公人によるヘイトスピーチやレイシズムを調査・記録し、現在約7500件もの差別・歴史否定の事例をデータベースとして公開しています。
今月から、毎月追加したデータのうち特に重要な差別事例をいくつかピックアップし、解説していきます。分析を通じてそれぞれの公人による差別の問題を明確化し、それらの差別にどのように対抗するのかを例示したいと思います。
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9月の特徴としては、関東大震災時の朝鮮人虐殺に関するものをはじめとした歴史否定の深刻さが目についた。葛飾区議会議員・鈴木信行による関東大震災時の朝鮮人虐殺に関する歴史否定や、自由民主党参議院議員・山田宏による駿台予備校に対する南京大虐殺の記述抹消の要求は深刻なものであり、近年の歴史否定の影響力の広がりを物語る。今回は鈴木信行と山田宏による歴史否定・差別を取り上げる。
差別を批判する際に有効なのが日本も批准している人種差別撤廃条約を参照することだ。人種差別撤廃条約の第一条に「人種差別」の定義(*1)が書かれているが、これを簡潔に下記の三つの要素としてまとめることができる。
①(人種/民族などの)グループに対する
②不平等な
③目的又は効果を有する
これらがその要素である。
この人種差別は、もちろん一般市民でも許されない。だが問題はこの人種差別を、両者とも議員という立場から、社会に向けて広く煽動していることである。これこそ人種差別撤廃条約第4条本文と条項(c)が禁止する行為(国・地方の当局または機関による人種差別の助長・煽動)に当たる、最も強く規制すべき差別煽動行為にほかならない。
ではどのように問題なのかを見ていこう。
1. 関東大震災時の朝鮮人虐殺に関する歴史否定(葛飾区議会議員・鈴木信行)
鈴木信行は2017年に桜井誠ら元在特会の人物を動員しながら葛飾区議会議員に当選し、現在も日常的にヘイトスピーチや歴史否定を行なっている極右政治家である。
今回取り上げるのは、9月1日の彼のブログ記事(記事タイトル:「関東大震災!小池都知事が朝鮮人追悼式典に追悼文無しは正しい!」)でなされた関東大震災に関する歴史否定と朝鮮人差別だ。関東大震災時の虐殺によって亡くなった朝鮮人を追悼する人たちを嘘つき呼ばわりし、「不逞朝鮮人」がいたという当時流布されていたデマを利用して在日朝鮮人に対する差別を煽動しているのだ。
「関東大震災時には、朝鮮人左翼による暴動があった。当時は日本に対しテロ行為が行なわれていた。治安当局が鎮圧したのは当然の行為である。治安維持の為、自警団が組織されたのも事実だが、日本人犯罪者や一部の不逞朝鮮人を取りしまる為に必要だった。」
上記の主張の問題は下記のようにまとめることができる。
①朝鮮人というグループに対して
②「朝鮮人左翼による暴動」「不逞朝鮮人」というデマを利用することで殺害を正当化する
③明確な意図のもとで、彼らが暴力的だという偏見を助長している
「朝鮮人左翼の暴動」という、震災当時の軍隊内部でさえも流言だと考えていた(*2)ような話を持ち出すことで朝鮮人に対する差別を煽動しているのだ。
2. 極右による予備校テキストへの介入(自由民主党参議院議員・山田宏)
山田宏は自民党の中でも特に積極的に歴史否定を行なっている人物の一人だ。彼は9月2日、Twitterにて駿台予備校のテキスト(日本史)上の南京大虐殺に関する記述を削除するように申し入れた結果を報告していた。南京大虐殺に関する予備校テキストへの介入は歴史的事実の否定に基づくものであるが、あくまで差別煽動という観点から捉える必要がある。彼の南京虐殺否定の文脈を理解する上で、過去の主張を参照しよう。過去のブログ記事(記事タイトル:「「南京事件はなかった」」(2012年2月22日)には次のように書かれている。
「戦争は武力だけでなく、「相手が悪い」という宣伝戦を展開するものだ。特に孫子の国のシナ民族は、これが得意だ」
これを人種差別撤廃条約に基づく差別の要素から考えると
①中国人という民族(グループ)が
②南京大虐殺という「ねつ造」を宣伝し、それが「得意だ」と括り、
③彼らが嘘つきであるとする偏見を助長させている
このように、南京大虐殺の宣伝を「民族」の特徴と結びつけるレイシズムに基づいて史実を否定しているのだ。
人種差別撤廃委員会の一般的勧告35(2013年)によれば「国際法によって定義されるジェノサイドや人道に対する罪を公に否定したり、それらを正当化しようとする試みが、人種主義的暴力や憎悪の扇動を構成することが明らかな場合には、法律によって処罰しうる犯罪として宣言されるべき(*3)」とされており、南京虐殺否定はこうした勧告にも反するものだ。
否定の論拠(山田氏は東中野修道を参照している様子)のデタラメさについては笠原十九司『増補 南京事件論争史』(平凡社、2018年)などに詳しいが、南京虐殺の存在そのものを否定しているようなので日本政府でさえ南京事件の存在を否定できないと考えていることを挙げれば十分であろう。重要なのはあくまで中国人に対する蔑視を助長させる形で歴史否定を利用している点だということを改めて明記しておく。
まとめ
上記で取り上げた極右による歴史否定の本質は朝鮮人・中国人に対する差別煽動である。そもそも歴史否定は被害者による大量の証言の無視を前提とし、まずそれ自体レイシズムの結果である。それゆえに日本(人)の加害責任の歴史を否定することがレイシズムを補強する役割を伴うのである。ドイツにおけるホロコースト否定論については、まずそれ自体がヘイトスピーチであるという観点が共有されている(*4)が、歴史否定の問題を史実の探究などと混同してはならず、まずレイシズムの問題として捉えることを前提とする必要があるのだ。
今後このような形で蓄積したデータを活かしていくつもりなので、読者の方も、議員による差別の可視化と周知などにぜひ政治家レイシズムデータベースを活用していただきたい。
*1 「この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。」
(参照元:https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/conv_j.html#1)
*2 山田昭次『関東大震災時の朝鮮人虐殺とその後』(創史社、2011年)、75頁。
*3 翻訳は日本弁護士連合会によって掲載されているものを参照した。
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/data/cerd_gc_35_jp.pdf、「人種差別撤廃条約 条約機関の一般的勧告」(https://www.nichibenren.or.jp/activity/international/library/human_rights/race_general-comment.html)より。
*4 武井彩佳「ホロコースト否定論の短い「歴史」――歴史の否定の法規制に至るまで」『歴史評論』(853号、2021年)。
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