![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/97732235/rectangle_large_type_2_7f17d6554544e5dc9a9a7fe7a981eaa5.jpeg?width=1200)
自動車レースの本質と発展
先日、遺言状なるものを書きましたが、幸いなことに物騒な事件や不慮の事故に巻き込まれることも無く生きておりますので、もう少し日本の自動車レースの発展に向けた私の提言にお付き合い下さい。
ここで言う発展とは、日本のレース業界の経済活性化、基幹産業とは言わないまでも資源の乏しい日本が外貨を稼ぐ1つの手段としてレース産業/技術の輸出を目指そうというものです。
もし何か良いご提案があれば、チョコレートと共に私にプレゼントして頂きたいです。
自動車レースの本質
自動車レースの発展を語る上で本質的な魅力や存在意義を改めて明確にしておきます。
私が考える本質的な魅力は、"様々な競争が複雑に織り交ぜられて生み出されるもの" であり、レーシングカー開発陣の競争やドライバーの競争、エンジニアリングの競争といったものが渾然一体となって形作る何かに、観る者が惹きつけられると考えています。
この理論に当てはめると、単にドライバーの優劣を競うものなら高価で複雑な車両は必要ありませんし、クルマの優劣を競うだけなら台上試験にかければ良いだけです。その為、ステップアップカテゴリーを除きコンペティションがあまりに少ないレース、性能調整だらけのレースは本質的な価値がスポイルされている様に感じます。
遠い未来、社会に自動運転が広まる頃には上記の理論は崩れ、ドライバーの競争は無くなり、完成車メーカーとエンジニアの競争になります。そうなった時には職業としてのレーシングドライバーとドライバー育成ビジネスは危機に瀕しますが、開発費や参戦費用を極力抑えたワンメイクレーシングカー(IPSの様な)とドライバーによるイベントを細々と続けていくしかありません。
存在意義についてですが、興行としての成功だけを考えるのは、業界の発展に対しては誤りだと考えています。まず、娯楽が多様化しマーケットも先細りしていく現在の日本において、現地の集客基準で言うと延べ40万人からどれほどシェアを広げられるか懐疑的です。また、比較的規模の大きい選手権がいくつか存在する日本のレース業界で多額の開発費と参戦費用を支援する企業にとって、それに見合うリターンを返すことが出来るか甚だ疑問です。レース規模をゼロから見直し、適切な費用で運営すれば話は変わってきますが、現状は悪い言い方をすると無理をしていると言わざるを得ません。
そもそも、多くの人が興行や娯楽を楽しむという行為は、国が豊かで人々の生活に余裕が出来て初めて成り立つものだと考えています。少子高齢化や輸出産業の衰退により景気が緩やかに後退していきそうな我が国において、興行の成功だけを考えては本質的な存在価値も大金を投じる意義も生まれてきません。複雑怪奇で高価なハードウェアを日本企業が造り、レースの現場で使ったり開発する事により、各種分野に活用できる技術開発が可能になり、上手く行けば輸出産業として国や自治体に貢献することが出来る。それが日本における自動車レースの存在意義や価値だと思いますが、この20~30年間は不足している様に感じられます。
昔に遡ると(現代の参加型カテゴリーを除いて)、市販車と競技車両の乖離が少なく、レース技術を市販車に転用していましたから、大金を投じる意義もありました。しかし、共に技術が成熟していった近年は環境対策や車両挙動の電子制御技術は市販車が先行している印象です。
世界のカーボンニュートラルに向けた動きは、地球環境に対して本質を見失いかけていますが、正しいかは別としても流れに逆らえないこともあり、レースで培った技術を市販車に転用することを目指すべきと考えます。
自動車以外に、船舶や航空産業においても軽量化や燃料開発を活かすことも可能だと思いますから、そういった面でもレースの存在意義はあります。
また、開発競争が増えれば扱うデータ量も増えますから、迅速に最適解を得る事が求められるレースの現場では、解析技術などに対してIT企業参入の余地も生まれてきます。
観ている人に対しては、細かく何を開発しているか全てに理解を求める必要はなく、多くの人が関わって競争する姿を見せれば良いと思います。
国内自動車レースの発展に向けて
何の為に発展させるかは、前述の "国や自治体に貢献する" というものであり、あとは自動車レースの本質的な魅力に沿った策を実行していきます。
根幹に置くのは "自動車の競争" であり、そこからドライバーの競争やエントラントの競争に重みが増します。これが以前の記事でも書いた、競技者が背負うものやバックボーンをアピールする材料にも繋がりますが、そういった土壌があって初めてドライバーやエントラントが本当の意味で輝けるのだと思います。
自動車の競争というものは開発競争を意味しますが、過度な開発は選手権が無くなることに繋がります。これに関しては開発領域や予算の制限で歯止めを掛けます。費用削減はワンメイクにこだわる必要はありませんし、市場が小さいと大した量産効果も見込めないと思います。
フォーミュラレースを例に、ステップアップカテゴリーも含め、コスト低減を勘案した選手権構成と開発競争の案が下記になります。企業は定めていないですが、大部分は国産を想定しています。SGTの500クラスも基本の規格は据え置いたとして、国産部品を増やすべきだと考えています。掻い摘んでいますが組合せは何通りもある為、大枠としてカテゴリー間で部品共用を図るものだと捉えて下さい。また、開発競争が無い部品に関しては、耐久性を向上させ長用化も図りたいところです。旧F3規定が無くなった今、SFLの取扱いは自由なのでSFかFIA-F4のどちらかを基準にして部品共用しながら適切なパフォーマンスに位置付ければ良いと思います。
![](https://assets.st-note.com/img/1676106705198-ruWJULkZtw.png?width=1200)
エントラント開発部品は設計のみ or 内製化は自由。
![](https://assets.st-note.com/img/1676102536518-wSCb3Nh55q.png?width=1200)
FIAと欧州企業の経済圏に中途半端に片足を突っ込んでカモとなり続けるのは辞めて、レース業界にとっては時に足枷となっているJAFにもサヨナラを告げたいところです。国内で技術的な規格や発展に向けた業界の構造を創出し、経済成長著しい東南アジア諸国を巻き込んだ、欧州から名実ともに独立したアジアのスタンダードを作り上げることを目指した方が良い気がします。まずは国内でレース産業の基盤を確立し、東南アジア諸国をその経済圏に上手く取り込めればレーシングカーや関連部品の輸出も見込めます。FIAや欧州企業が行っている経済活動を日本が主導して活動の場をアジア圏にも求める事が私なりの業界の発展です。幻想だと思われるかもしれませんが、未だにF1との繋がりに執着し、F1で活躍するドライバーの育成とそれがメディアに取り上げられることだけで世間から自動車レースが支持されると考える方がよっぽど幻想的です。非常に不安定な為、関心は集められても一過性のブームにしか成り得ず、文化として残していくには程遠い策です。こう言うとF1ドライバーの活躍を軽視している様に思われるかもしれませんが、あくまで日本において自動車レースの発展と文化としての継承に向けては、それのみでは不十分であり、業界の発展に向けた基盤があって初めて意味を成すものだと考えています。産業面でも近年では苗が育っている様に見えますが、大きな森に出来るよう、今後とも大事にして頂ければと思います。
少々ディテールに入りますが、昨年末にJRPのスタッフが「SFのスーパーライセンスポイントの引き上げも課題として認識している。」と言っていたことに強い不安を感じました。建前上の発言だとしたら良いのですが、もし組織内で本気で考えているのであれば羨ましさすら感じます。国内で長年戦ってからF1で戦うことは現実的ではありませんから、SLポイントなど米国や日本では、あって無い様なものです。一体どんな未来を思い描いているのでしょうか。
プロモーターとそれを構成する完成車メーカーの国内自動車レースに対する取組み方や業界の利権構造の有無などは、私にとっては情報が足りなさ過ぎるので推測の域を出ませんが、私の理想を実現するには一般的な課題の他にも様々な障壁をクリアしていく必要があると想像します。
レーシングカーの国産化を進めると、某輸入商社代表 兼 某アソシエーション重役のお財布が厳しくなりそうですが、業界の協力のもと、彼の転職活動を支援して丸く収めましょう。私は内情をよく知らないので妄想劇はこの程度に留めておきます。
現状、海外コンストラクターやサプライヤーの品質と価格のバランスには負けているかもしれません。国内で造ってこなかった期間が長いので当然かもしれませんが、そのままでは差が開くばかりで、一生彼らに貢ぎ続けるしか道が無くなります。言い値で高い買い物を強いられている可能性もありますが、実態は見積りを取らないと分かりません。
そこで発想を変え、彼らとは縁を切り市場を争わなくても国内企業が成長していける様に、独自規格と共に東南アジア諸国へ展開するというのが、今回の大筋の話になります。
最後に
今回も愚痴の様な、素人の遠吠えの様なものに落ち着いてしまいました。誰かが言っていた事を付け焼刃的に使い回している部分もありますが、今日の日本のレース業界があるのも、黎明期から現在に至るまでを作り上げ、支えてきた方々が居てこそです。その方々への尊敬と感謝の意を忘れず、次の世代へ繋いでいく事を正しい道筋で考えるべきです。今回書き記した内容の内、戦略的なものは正しいのか私には分かりませんが、戦略の大元となる理念やビジョン、危機感の対象を業界の共通認識として持つべきで、それに向けて歩むべき道筋を描いている人が力を持つことや業界従事者一人ひとりが、ご自身の生活や未来の世代に向けて危機感を持つことが重要だと思います。同様の考えを持っておられる業界の方も少なからず居らっしゃると思いますから、余計なお世話であり、大変おこがましいですが。
一介のファンに過ぎない私がここまで言うのは、昨年から知人が業界で働き始めた事がきっかけです。昨今の自動車業界を取り巻く環境変化を理由に、完成車メーカーの資金に依存している日本のレース界が潰れる可能性もあるという危機感を持っています。現在も疲弊しきっていますが、このままでは業界の未来には希望の欠片も無く、残るのは無念さと失望のみです。だからこそ支援だけではなく稼ぐ力を付けた上で、自動車以外の分野からの投資促進と公的利益の創出を望める強固な業界を作り上げることが急務です。
今よりも少し収入や労働環境が改善出来れば良いかなとか、根本的な改革の必要性を感じない方、そもそも発展は無理だと論じる方は、現状の延長線上で業界に従事して頂ければと思います。
反対に、アジアのレース産業といえば日本と言われたい、ドライバーも技術者も子供の憧れの職業にしたい、六本木や西麻布で毎晩遊びたいという方々は、ほんの少しでも利他的な考えや指針を示していかれる事を切に願います。
対中ODAの影響もあるのか、経済成長した中国に半ば侵攻され、中国製品で溢れる生活に違和感すら感じなくなる毎日。東南アジアからの出稼ぎ労働者を迎える国から、オーストラリアへ出稼ぎに行く自国民が増えつつある日本と急成長を遂げる東南アジア諸国。それらと、国内レース産業が衰退し、海外のレース産業に頼らざるを得ない状況を重ね合わせてしまうのは私だけでしょうか。国内を蔑ろにして海外に貢ぎ続ける行為において日本は世界トップレベルにあり、柔道に並ぶ日本のお家芸として確立されています。
この様な状況下で人々に芽生えてくる感情は愛国心は愚か、海外崇拝であると思います。
家計が苦しいのに職場の後輩に奢り続けていたら、余計に苦しくなり家族からも嫌われます。
私自身、MicrosoftやAppleのOSを稼働させながらExcelやPowerPointで資料を作ったりTwitterで呟いたりnoteを書いたり、dallaraやORECAのレーシングカーが疾走する姿に楽しさを感じておりますが、日本の自動車レース業界の発展に向けた難問を解くためにChatGPTに聞いてみたいものです。
※2023/2/14 加筆修正