神だって超える#22
過去を俯瞰で見えていると、どうも現世との繋がりが断たれたような気持ちになる。自分の身体を確認したくても、どういうわけか視点は操られた場所にしか捉えないし、もはやコンピューターの一部にでもなったような感覚だ。
(あーもう! 俺が過去に飛べたら、ここでこうしてこうするのに!)
目の前で起ころうとしている惨劇を前に、ミチは歯痒くて仕方がなかった。その度、千年前のホーリッドに自分が降り立ち、事の問題を全て丸く収める想像をする。そう、そんな想像をしていたのだ。
決められた映像が真っ白になり、過去の映像が終わり解放されるのだとミチは思った。しかし、次に気が付いた時には、空から真っ逆さまに落ちていた。顔から地に思いっきり叩きつけられる。
「あーいてててて! まあ、痛みはないんだけど」
顔を擦った彼は、一応と血が出ていないかを確認する。大森林の中に身を置いたミチは空を見上げる。なぜ、自分が急にこんな場所に飛ばされたのか?
「こっちだ、君」
背中から声を掛けられてギョッとしたミチは慌てて振り返った。そこには肘をついて横になっている男の姿が。
「誰だよ、兄さん」
「ん、俺か? ヴェリーから聞かされていないか? 神界で一番のイケメンであるゼウス様だと」
「……」
今、目の前にいるナルシスト野郎は”ゼウス”と名乗ったか?
(ついに俺も幻聴に悩まされるようになったか)
「あれ、信じていない? 本当にゼウスなんだって」
「ヴェリーの悪い友人か? そんな嘘は俺にはきかねえぞ」
「いやいや、本当にゼウスなんだって。ほら、神界で一番のイケメン! ほらほら!」
ゼウスと名乗る男は自分の顔を差し、ミチへ必死にアピールする。凝視したミチは、う~~んと唸りながら首を捻った。
「アリオットのほうがイケメンだな」
「なっ……!」
相当ショックを受けたのだろう。彼は四つん這いとなって顔を下げて悔しがった。なんとも胡散臭い男だったが、悪い奴ではなさそうだとミチは思う。
「まあ、顔だなんて好みがそれぞれだし、そもそも君に一番だと言われたところで嬉しくはないがな」
「どんだけ強がりな奴っ!」
ゼウスは立ちあがって、近くにあった大きな石へと腰を下ろし、先程までのひょうきんな表情が消え、真剣な眼差しをミチへと向ける。
「ここに君が来ることは分かっていた。我が種を引継ぐ者よ」
「……なあ、ここってどこなんだよ」
「千年前のホーリッド。そう言えば理解できるんじゃないか?」
「はぁ? 千年前だって!」
(おいおい、いきなりタイムリープもののストーリー展開かよ!)
ミチはキョロキョロと辺りを見回す。緑に囲まれており、そこから現代なのか遥か昔の世界なのかを判断するには至らない。
「真実の神によって見せられた世界の中、君は過去に存在する自分を想像してしまった。その結果、こちらの世界へと踏み込んでしまったというわけだ」
「確かに想像はしたけどよぅ」
「君の想像力は、神の想像とは非なる力なのかもしれないな」
そう言われると悪い気はしなかった。いや、むしろ神よりも優秀だと褒められたような気分になり、ミチはにやけた。
「てか、俺が来るのを分かっていたって?」
「俺は万能神であると同時に未来神の力を扱える。断片的ではあるが、この未来を視たのだ」
「ほほう。タイムスリップの次は未来を視る者ね~。頭が痛くなってきたな」
さすがにここまでの話が本当であるとするのならば、もはや何でもありの世界な気がして仕方がない。とはいえ、神の世界のイメージとはそもそもそういうものだったことを思い出す。
「ま、いっか。で、その未来を視る力は俺にあるのか?」
「ない。万能神の種を引継いだとはいえ、俺の力を全てを引継いだわけではない」
「は~ん。どうでもいいけど、ヴェリーの失敗で俺が万能神候補になったことも知っているということか?」
「まあな」
「おいおい、お前の見た未来って変えられないのかよ」
「変えられる。だが、変える必要がないと判断した」
そこからはゼウスが自分の能力について語り出す。
――種を宿す器。それは未だにどんな条件で決められているのか不明だという。神は皆、この種によって生きている。いや、生かされているというべきか。全能神や全知神も例外ではない。
未来を視る能力を持ったゼウスは、ウェルダの不穏なる行動を捉える。その裏には全知神が絡んでいることも当然と知るわけだが。未来を通して、彼らがレベット王国のある封印されしモノを狙っていることを呑み込んだゼウスは、その封印について調べ上げた。結論から言うと、それは決して開けてはいけない”パンドラの箱”だということが分かった。
未来を視通す力だけではない。彼は様々な行動の変化で変わりゆく未来さえも視ることが可能だった。遥か先の未来さえも。ゼウスはウェルダの画策を止めようと、何万回のシミュレーションを視続ける。
「分かったことは、絶対に封印を解かせてはいけないということ」
「どうなるんだよ?」
確実に神界は滅び、各惑星のバランスは崩壊と共に生存個体が絶滅するというのだ。ゼウスは封印するモノを守るために様々な行動を起こした未来を視る。
ウェルダと直接対峙をしたこともあったが破れ、王女を守り抜こうともしたが、やはりウェルダの手によって叶わない。全能神へ話を掛け合った時もあったが、その時は全知神も出てきて、多くの惑星が破壊される大規模な戦いにまで発展したので却下とした。
戦神や天神と協力して挑んだこともあったが、ディライト・ウイランさらにマクマは、その戦いによって種を抜かれて死んでしまう。
「被害が最小限に抑えられるのなら、多少の犠牲も仕方がないとも思った」
「でも、俺があいつらに出会ったということは、その未来を選んでいないんだろう?」
誰の犠牲も出さずに治めるにはどうしたらいいのか。ゼウスはひたすらに未来を動かし続けた。どんなパターンでも封印を解かれる道ばかり。あるいは多くの犠牲が出るばかりだ。
ダメ元で5万2100通り目のシミュレーションを行った。それは今までとは違う展開。これまで存在していなかった男が関わったことで、流れは大きく変わった。
「それが君だよ、ミチ」
「だと思った。が、それって結局千年後の話を通して過去に戻ってやってきた俺のことだろう? つまりは、えーと……頭がおかしくなってきそうだ」
「時間軸がおかしいと云いたいわけだな」
「まあ、そんなところだ。パラレルワールドみたいに、元々の世界線には俺がいないってことだろう? だったら最初の起源となった世界はどうなったんだ」
「なるほど。哲学的な話になってきたというわけだね。今、この場にいる俺と君。最初の世界をAとするならば、俺達はBの世界線にいることになるだろう。ここがAの世界であるのなら、俺達はこうして出会ってはいないだろうからね」
ミチは混乱しながらも頭を整理する。つまり、千年前のAには絶対に存在しておらず、そもそも生まれてもいないっていうのが常識的な世界線の話だ。一方でBは、存在していないはずの時代の男が千年前に存在するという世界線。これによってゼウスの恐れる悲劇が抑え込めると。
「Aの世界線は割かし上手くいったんじゃねえか? だってBの世界線があるのは、俺が存在しているということで……神もゼウスも惑星も千年の間、無事だったということじゃないのか?」
ゼウスは少しだけ寂し気な笑みを浮かべて首を横に振った。
「Aの世界線の答えについてはこうだ。ゼウスという男は、Aの世界を捨ててBの世界線に望みを繋げることを決意する。その為、ウェルダ及び全知神と共に協力する形を取り、自分は生き残りの道を進むこととした。全能神だけでなく、他の神をも手に掛けることとなったとしても。それには大きな理由がある。Bの世界線では、Aの世界線では存在しなかったミチという存在が俺の未来に入り込んだからだ。だが、千年もの間待たなければならない条件に加え、地球という惑星を守り続けなければならなかった」
待てって。もう話がまったく付いていけない。封印とはなんだ? それが解かれるとどうして惑星のバランスは崩れるというのだ。そもそも、どうしてゼウスは数ある内の地球に焦点を当てたのだ。ミチは頭をフル回転させたが、遂にパンクをしてしまうのだった。