神だって超える#33
迫りくる敵の足音。そこには殺気だったものばかりが取り巻いている。護衛が槍や剣の構えをとる。
ドン! 乱暴に王室への扉を蹴り開いて侵入してきたベベット族。先頭に立つは三つ目の男。玉座から立ち上がったフィールは苦い表情を浮かべる。王室の隅では息を呑んで、イーサンが様子を窺っていた。共に戦うと誓ったが、フィールにせめて身を隠してほしいと懇願をされ、彼女は身を潜める。
「退け! 戦の先にあるのは悲しみと恨みだけだ!」
フィールが制するが、ベベット族は次々に守衛を斬り倒していく。
「それは違うな。占有地が増すことでさらなる可能性が広がる。それに悲しみも恨みも存在はしない。なぜなら妖獣族は皆、今日をもって仲良く絶滅するんだからな」
三つ目の男オルランは容赦なくフィールへと剣先を伸ばして近づく。
「王女はどこだ?」
「……知らぬ」
「そう言うと思った」
オルランの太刀筋が縦に斬られる。フィールの右耳が鈍い音を立てて地に落ちる。痛みで苦悶するフィールは、奥歯を噛みしめて声をあげまいとした。
「さっさと教えれば、楽に殺してやる」
「……娘とは既に縁を切っておる。レベット王国にはもうおらぬわ!」
「ほう。それは第一王女のことか?」
オルランから飛び出してきた、まさかの言葉にフィールは愕然とする。
「知らぬとでも? 今頃、王女を狙ってユーキリアへ攻め入っているのではないか。おっと、王女ではなく女王と言ったほうがいいかな」
「くっ!」
その言葉はフィールだけでなくイーサンにも衝撃を与えていた。
(どういうこと? 第一王女? やっぱり私にはお姉ちゃんが!)
「妖獣族がそこまで必死に守り抜こうとしている封印の石版。はて、あれは一体なんなんだ?」
「……世界の終焉さ」
「フハハハハハ!! 世界の終焉とは面白い!! 余計に興味が湧いてきた!! さてさて、その封印を解くためには第二王女を抹殺するのが必須条件。今すぐ吐けば娘を苦しまさずに殺してやる」
「……断固拒否をする。我らはレベット家の誇りをもって、必ず封印されし石版を――」
フィールの首が胴体から離れた。天を跳んだ首は、最高到達点にまで達するとそのまま急降下で落ちる。岩が地面に落ちたように酷く低い音が鳴る。
イーサンは口を塞いで嗚咽を防ごうとした。涙があふれる。
(お父様……お父様……)
「うるさい男だ。だが、こういう男はどんな拷問をしても口を割らん。弱いが強い。褒めてやってもいいが、もっと上手い時間稼ぎをするべきだったな」
オルランは未だ立っている首なしの胴体を蹴り飛ばし、第三の目に意識を集中させた。わずかな気配を息遣いや温度差で感じとる。王室の隅に僅かにだが息を殺している虫がいる。オルランは首で合図をし、兵士がそれに従って探りに入る。
「オルラン様! こちらに王女を発見!」
やはりか。口角を上げてしたり顔をしたオルランが引きずり出されるイーサンに歩み寄る。彼女の顔に恐怖はなく覚悟をもって睨みつける。
いよいよ逃げ場はない。このまま殺されるのは間違いない。
(ごめんなさい、お父様、お母様。そして、お姉様……。私のわがままを許して。ごめん、ごめん、ごめん……ディライト)
「イーサン! アタシに捕まって!」
聞き覚えのある声。目の前には羽を生やした飛んでいるマクマの姿が。咄嗟的に伸ばした手。そこに彼女の手が重なり、ふわっと身体が浮き上がった。天井にドン!と爆音と共に大きな穴が開く。王室から闇の空へと身体が出ると、冷たい空気がやけに心地良さをもたらしてくれる。
不思議なものだった。王女として生まれ、皆から距離を置かれていた孤独を埋めてくれたのはディライトであり、彼の友である二つの女神。彼女達にとって、一介の下民に過ぎない命。きっとディライトとの仲を快くは思っていなかったに違いない。そう思っていた。
「マクマ、来てくれたのね!」
「あ~、うん。でも、アタシは戦いに向かない神だから……」
「でも、助けに来てくれた! 助けに来てくれたよ、マクマ!」
本当に嬉しかった。それはディライトの為なのかもしれないが、それでも救ってくれたのだ。
「今、ディライトとウイランが神界に行って不在なんだよね。でも、大丈夫アタシが護るからね~」
王都から少し離れた森へと二人は腰を落とす。
「本当はもっと安全な場所に運んであげたいんだけどね~。アタシの集中力ではちょっと限界~」
おかしい。マクマは内心、穏やかではなかった。本来であれば、彼女を連れて遠くの大陸まで逃げるはずだったのだが、上手く頭の中で飛ぶイメージをすることが出来なかった。
「集中しないと想像力がブレるんだもんね」
「さすが、伊達だてに神とイチャイチャしていないね~」
頬を赤らめたイーサンを見て笑って見せたが、トクトクと嫌な予感が鼓動を打つ。マクマは顔から笑みを消し謝る。
「ごめんね~。神の仕事において、未然に戦を防ぐのが仕事なんだけど~」
「どうしてマクマが謝るの? その仕事はディライトの仕事でしょ? あとで私がいーっぱい叱ってあげるんだから!」
「アハハハ。下界の人が神を叱るなんて初めて聞いたよ」
だめ、だめ、だめ! なに、この嫌な感じ。苦しい、辛い、嫌!
「いたぞ!!!」
いつもなら反応が出来たはずだった。それなのに……。
――オルランは弓を構えていた。第三の目が示す矢の筋道は決まっていた。マクマの頭部へと向け、目一杯に矢を飛ばす。
完璧。そして予想通り。マクマを庇ったイーサンは背で矢を受け、崩れ落ちる。心臓を破られた彼女が助かる見込みはもうない。
「ふははははは! これで全ての準備は整った!!!」
「よくやった」
黒いコートに包まれたウェルダがどこからともなく姿を現す。
「ウェルダ様があの神の力を封じてくださったお陰です」
「逃げられては困るからな。さて、俺はもう一つの仕事をしてくる」
「はい。俺達はこのまま妖獣を殲滅します」
ウェルダは一瞬にして彼らの前から消え去る。彼の次の目的は封印の石版を奪うことにあった。
絶命を待たんとする王女を上空からゼウスは見つめていた。あそこで自分が出ていったところで未来はイーサンの死を示している。
『私が死んでディライトは暴走しないのかな?』
『ディライト、この惑星を護り続けてくれる?』
『ディライト、悲しみに暮れない?』
どの未来を視てもイーサンの死に際は、彼女の死後に生きるディライトを想ってのことだった。残念ながら、ディライトの暴走は止められない。いや、正確には彼の暴走こそが未来へ繋げる。ゼウスは神議会後のディライトとウイランをわざと神界に留めた。彼らには直ぐにホーリッドへ帰還することは、最悪の事情を招くとだけ伝える。万能神であり未来神のゼウスの予知は絶対だ。彼が事情を話せすことで未来が変わってしまうことも、二体の神は納得していたから話が簡単だった。
すべてはイーサンの死とディライトの暴走が必要な措置だった。
「すまない。君にはせめてもの礼を」
ゼウスはマクマの膝上で横たわるイーサンへ向けて手の平を向けた。イーサンの脳裏には未来の映像が流れ込む。そこには暴走したディライト、千年もの間この土地を護り続けるディライト。そうして、悲しみに空虚な心を持ったディライトに本気で叱ってくれる一人の男。
マクマから感じる体温を受けながら、イーサンは最期の意識の中でディライトを想う。
『私がいなくなったとしても、貴方には頼れる友がいる。それでも立ち直れない時は、いつか貴方を救ってくれる人が現れるから……そんなに悲しまないで。誰かを恨まないで。私は見ているから、ずっとディラを見ているから――』