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神だって超える#17

 一体どれほどの文献書が遺されているのだろうか。リリブから王宮内の半分がそれで埋め尽くされていると聞かされた一同だったが、広大な書庫を見て驚き隠せなかった。相変わらず土壁で造られた場所に保存されていたわけだが、文献書と呼べるものもまた固形な土で生成されている。

「サソリの針は丈夫ですので、書き記すのに適しているのですよ」
「地球ではデジタル化が進んでいるんだぜ……」
「デジタル?」
「なんでもない。それで千年前の文献はどこにあるんだ? 東京ドームを埋め尽くすほどの数の中で見つけるのは骨が折れるぞ」

 するとリリブは、メイドであるタンヤリンに目で合図をする。相も変わらず裸である彼女は、軽くお辞儀をして文献書の間をぬって進んでいく。

「彼女は、どこに何があるのか全て把握しているのです」
「マジかよ。どんな記憶力なんだよ」
「この国ではあまりすることがありませんので、彼女は暇つぶしに文献を読み漁っているだけですよ」

 そんなにすることがないのもどうなんだ。確かにサソリを養殖するか、土壁で何かを築き上げるているしかイメージがない。よく考えてみれば、自然の恵みを一切受けていない状態では、領土を広げようという考えには至らないか。

「ね~。それなら、文献をわざわざ探さなくても彼女に語ってもらえばいんじゃない~」

 マクマの意見は的を射ており、まさにその通りだと一同は賛同した。

「本来であればそうしたいのは山々なんです。部分的には解読が出来ていますが、千年も前の文献については現在の文字とまるで違うものを使用しているようでして……。無論、私も解読に熱心になった時期もありましたが、諦めました」

 申し訳ないと、へへッと笑うリリブ。その背中からスタスタとタンヤリンが1冊の土壁本を持ってくる。その速さにただただ度肝を抜かれる。
 彼女からそれを受け取ったミチは表紙に書かれている記号を眺めた。

「さっぱり分からん……」
「どれどれ~? う~ん。これは……なるほどなるほど~」
「お、さすが千年前にも存在する神! なんて書いているんだ?」
「う~ん。これはダメだね~、アタシには分からないや。ウイランとディライトは分かる~?」

 名指しされた二人も確認するが、首を横に振る。千年前に惑星を守っていた神は、その国々の文化などについて深くまでは知ろうとしないようだ。

「例えば商売の神様や文学の神様といった、文化に寄り添う神様なら知識を入れるんだけどね」

 ヴェリーの説明を受け、神にも勉強・・という概念があるのだとミチはゾッとした。もしや、万能神になると管轄した国の全ての言語や習慣について把握しなければならないのか。
(絶対に嫌だね。英語1つですらお手上げだった俺だぞ?)

「どうする? 誰も文字を読めないんじゃあ、文献を開いても仕方がないよね」
「こうなったら、この文字を読める十の神を探すしかないな」

 この意見に際して異論はなかった。というよりも、他に方法が思い浮かばなかっただけだが。

「その必要はないですよ」

 突如として降りかかった声に、ミチ達は書庫の出入り口へと振り返った。そこには2人の男女がおり、どちらも華奢な体型をしている。

「あれ、サーベラント? どうしてここにいるの?」

 どうやらヴェリーの顔見知りのようで、彼女は丸眼鏡の男を指差した。

「久しぶりだね、ヴェリー。ゼウス様がいなくなってピーピー泣いていたのに、早くも心変わりを果たしたというわけだね」
「ええい、黙りなさい! ゼウス様がいなくなって泣いたのはアンタだって一緒でしょ! 心変わりをしたのはアンタのほうじゃないの!」

 ヴェリーはサーベラントの横に立つ女を指差した。女はフフフと微笑んで手を軽く振った。

「落ち着きたまえ、ヴェリーさん。あの女の人は一体誰かね?」

 ミチは身なりを整えて、一歩前へと足を踏み出す。

「え、あ、知らないけど……」
「そうかね。では、わたくしめがしっかりと挨拶をしましょう」

 急に丁寧な口調で話し出した彼に、ヴェリ―はタナカへと密かに質問をする。

「あの女の人は、ミチ様のドストライクのようです」
「はぁ? アイツまたそんなことで……」

 ミチは女の前で少し膝を曲げて、ヨーロッパ紳士の見様見真似で挨拶をしてみる。

「お美しい貴女の名を教えては頂けませんか?」
「はい、私はルーと申します。以後、お見知りおきを。ミチ様」
「はっ! 私の名を知って頂けるなんて光栄の極まり。一度、貴女と一夜を通してゆっくりとお話がしたいです」
「ええ、喜んで!」

 ルーの前にサーベラントが立ちはだかり、ミチの耳をヴェリーが引っ張って後ろへ下げる。

「いててて! なにすんだよ!」
「まったく、もう少し真面目にしたらどうなの!」
「アハハハ~。ミチ様に真面目は不釣り合いだよね~」
「まあ、認血を与えた身としては認めたくはないけど、私もそう思う」

 マクマとウイランにコケにされて、ミチは顔の中心に皺を寄せて不満そうにする。深いため息を吐いたヴェリーは、再度、サーベラントへと視線を向けて用件を訊ねる。

「どうしてサーベラントがここにいるの?」
「あれ、聞いていませんか? 本日付で僕達はホーリッドの管轄に異動することになったんです」
「異動?」
「ええ。以前から異動願いを申請していたので」

 ミチはまるで大きな会社のようなシステムに半笑いをし、念のためにヴェリーへと説明を求めた。想像通り、神界の中でも受け持つ場所が変わることがあるようだ。その条件は、異動願いを全能神及び万能神へと申請をし、他所の神が異動願いを出した時点で、管轄場所が入れ替わるというシステムのようだ。

「ということは、十の神の2人が入れ替わったということか?」
「あれれ~。そんな話はアタシ達の耳に届いてないけどな~」
「当然です。万能神の管轄に入っていないホーリッドには、情報を伝える者がいませんから。ですから、僕達が全能神様に頼まれて、こうして足を運んだのです」
「そういうわけですので、私達は敵ではありませんよ」

 にっこりとしたルーの笑顔にミチは頬を緩ませる。
(あれぞ、女神だ。おお、美しき女神だ!)

「どの二人が出て行ったか分かるのか?」

 ディライトの訊ねる問題は、中々に重要なことだった。そもそも新たな十の神としてやってきた2人が目の前に現れたことで、認血を受ける機会が突然降って掛かってきたことに喜ぶべきではあった。が、ミチ以外の者は十分な警戒心を持ち合わせていた。

「精神の神:アナザー。夜の神:ニートルの二名ですね」
「……そうか、あの二人か」
「あの二人って?」

 ミチの質問にマクマが答えてやる。彼女の過去を通してミチも見たことがあるというのだ。一人は大男のアナザー。もう一人はバンダナを目深に被ったニートル。

「ああ、どっちも男か。じゃあ、いいや」
「アンタって本当にスケベ心があるのね」
「スケベ心? あるに決まってんだろ! 俺は男だぞ! なあ、ディライト!」

 突如たる降りかかった火の粉。ディライトは口をモゴモゴとさせてはっきりと言葉に出来なかった。
(こ、この場合、どうすればいいのだ?)

「どっちなんですか、ディライト様!」
「そうだそうだ~。教えなさい、ディライト~」
「女の前でカッコつけなくていいぞ。これは男として健全な思考なんだからな」

(うっ……、俺は……俺は……)

「ゴホン! あの、いいですか! 僕達の話を聞いていただいても!」

 一同は丸眼鏡の男へと顔を向けた。サーベラントのお陰で助かったとディライトはとても安堵する。ウイランがそんな彼の様子を見てクスクス笑んだ。

「その文献の内容が知りたいんですよね?」
「なんだ? お前、文字が読めるのか?」
「いえいえ。読むより遥かに凄いことが可能です」
「読むより凄いこと?」
「文献を通じて、見せてあげます。貴方達が知りたい真実をね」

 サーベラントは指を立ててニヤリと口角を上げた。その隣でルーは優し気な表情でにっこりと笑い、首を横に軽く倒すのだった。

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