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神だって超える#18

 書庫から出て、大広間に集った一同は土壁仕様の長机を囲って腰を下ろしていた。
 また過去を見せられるのかと陰鬱なミチ。丸眼鏡君の言葉を信頼しないわけではないが、聞くところによると中位神というのだから、なんとも疑わしい。

「あのね、中位神だって十分すごいのよ」

 ヴェリーは自分のプライドを守るためにも、ミチにきつく言い詰めた。とはいえ、こうも上位神と何度も会ってしまうと、やはり中位神は霞んで見えてしまうのが本音だ。

「そもそも、ホーリッドに数少ない上位神が固まっていることが異常なの」
「まあ仕方がないよ~。万能神がいない以上は、上位神を増やしてバランスを取るしかないからね~」
「そういえば、抜けた二人も中位神だっけ? そもそも中位神とか上位神だとかの格付けって、何を基準にされているんだよ」
「仕方ないわね。私が説明してあげるよ」

 最近ではもっぱら説明係のヴェリーが受け持つ形。彼女自身、それが自分の役割なのだと誇らしささえ感じ始めている。
――説明から分かったことは、個々の力の差で決するものではなく、惑星を統治する上で、重要な役割にあたるかどうかで決するということだ。
 つまり、能力不足の天神と、能力が優れている水の神とで比較した場合、水だけを操る水の神よりも、雨・風・雷・氷と自在性を優位する天神が優遇されるのだ。

「なあ、今さらで申し訳ないんだけどよ」
「なに?」
「ヴェリーって一体なんの神様なんだ?」

 確かに聞かれたことはなかった。こちらも聞かれていなかったので、答えなかった。すっかり知っているものだと思って行動をしていたが、今の今まで、私をどう思っていたのだろうか。と、ヴェリーは思う。
(てか、普通に私への関心なさすぎでしょ!)

「私は支援サポートの神よ! そんなことぐらい知っておきなさい!」
「なにをそんなに怒っているんだ?」
「別になんでもない!」
「……支援はそんなに恥ずかしいものではないと思うぞ?」

 彼女が【支援】という立場に不満に思っていると勘違いをしたミチ。だが、ムスッとし続ける彼女を見て、やはり神の世界でも女心というのは難しいのだと痛感するのだった。

「支援の神は、神と神の仲介を担う特殊な分野。普通はどこかの惑星に属するのだが、それとは別に後継者として来たばかりの者をサポートする役割がある。今のミチに色々と教えてやっているように」

 説明をしたディライトは、顔を向けてくるミチへ首をクイっとしてみせた。その捻った方向は、イライラとした様子のヴェリーへと向けられている。
(ああ、なるほど。さすが、イケメン。気が利くな)

「なるほどな! 俺がこうやって動けているのは、支援の神であるヴェリー様がいてくれるからなんだな。本当に助かってるよな、感謝してもしきれないよ!」

 わざとらしく声を大にして言ったミチは、横目にヴェリーの顔を窺う。

「今さら、わかったの?」
「お、おう! 俺って鈍感だからさ、縁の下の力持ちに気が付かなかったんだよ。悪いな、ヴェリー。これからもお前の力に頼らせてもらうぜ」

 憮然とした表情をした彼女がミチをジロリと見てくる。それは彼の言葉の真偽を確かめようとする目つきだった。蛇に睨まれた蛙になったミチは、嫌な汗を感じる。

「ま、分かったなら構わないよ」

 ホッと安堵したミチはディライトへ向けて親指を立てる。彼は小さく頷いてみせただけだったが、表情がわずかに緩んだのをミチは逃さなかった。

「さて、準備が整いました」

 サーベラントは土で作られた文献書の上に手を翳し、詠唱魔法のようにボソボソと呟く。文献書からは光が放たれ煌々と周囲を照らし始めた。

「今から見せるのは、誰かの記憶ではなく俯瞰で見た真実です。僕がこの力を解くまでは皆さまを解放できませんので、ご了承ください」

 彼は一度だけ全員の顔を確認した。皆が同意したことを受け、サーベラントは文献書に力を注ぎ込む。光は強まり、その場にいた全員の視界を奪った。


▼千年前のエルバンテ▼

 水も森もまだあった頃、ベベット族にはまだ三つ目はなかった。当時、エルバンテを治めるは、国王:オルラン。彼は絶対的な力と人々を魅了するカリスマ性に優れていた。彼は自然を愛し国民を愛し、暴力を嫌った。

「オルラン様、本日は絶品素材のサソリが調達できましたので、サソリ料理なんかは如何でしょうか?」

 この時、ベベット族は着衣を身に付けており、現在のベベット族とは非なる文化を歩んでいた。秘書である男もタキシードのような紳士服を身に纏っていた。

「そうか。サソリは美味であるが、希少な生命。私の口に入れるのはいささか勿体ないな。どれ、普段は食べられないサソリだ。国の子供達に食わしてやれ」
「はっ、いいのですか?」
「構わん。それよりも我が弟がどこにおるか知らないか?」
「それが、いつもの輩と共に東の森へと」
「……今、東で問題を起こされては困る」
「レベット大陸には書簡を持たせた使者に向かわせております。明日には向こうに到達するのではないでしょうか」

 ふむ、何もおこなければいいのだが。オルランは窓から晴天の空を見上げた。今日も随分と長閑な一日になりそうだな。彼はこの時まではそう思っていた。

「お邪魔しますよ」

 突然、どこからともなく入ってきた者にオルランは一驚して振り返る。先程まで一緒に話していた秘書は倒れ伏している。気絶をしているだけのようだ。全身を黒のコートで纏った者。フードを被っていたので顔は分からなかったが、低くも高くもない男の声だった。

「何者だ?」
「私はレベット大陸からやってきたレベット王国の種族です」
「使者の割には随分と大雑把な挨拶の仕方だ」
「ふふ。ちゃんとした教養を受けていませんので非礼はお許しを」
「何用だ?」
「近々、この大陸を支配下に置こうと、レベット王国が総勢力で攻めに入るという忠告にやってきました」
「いい加減なことを抜かすな。レベット王国の者がどうしてかのようなことを言いに来るものか」
「その王国だからと言って、忠誠を誓う必要はありますか? 私はどうもあの国の在り方が嫌いでしてね。いわゆる実力主義なんですよ。この国の情報は下調べで存じ上げております。皆、平等の精神を持ち合わせており、国としても豊かだ。貴方のような国王がいるからでしょうね。結論から言いますと、レベット王国を退けた際には、私を亡命者として受け入れてほしいのです」

 えらく淡々と話す男は、一国の王の前に物怖じなど一切なかった。オルランは彼を見極める必要があった。嘘を吐いている可能性も高い。だが、彼の言ったとおり、レベット王国が攻めてこないとも言いきれない。
 書簡の返事待ち、あるいは返事を得られない時に考えるべきではないだろうか。

「そう、うかうかとも出来ませんよ。既にレベット王国は戦争準備を着々と進めております」
「しかし、確たる証拠がないことには」
「ふふ。間もなく、向こうから仕掛けてくるはずです。その報せを受け、よーく考えてみてください。では、私は少し身を隠させていただきますよ」

 どんな技を使ったのかは分らないが、男は一瞬で姿を消し去った。ただの亡命希望者なんかではない。オルランはその存在に不気味さを感じる。故に、彼の放った言葉が真実まことではないかと、レベット王国への疑心を抱き始める。

「大変です! オルラン様!」

 駆けつけたのは、見回り隊の一人。ぜーぜーと息を切らせた彼は、息を整える間もなく、言葉を絞り出した。

「東の森にてシルラン様が……シルラン様が……」
「どうした! 弟に何があった!」
「レベット王国の王女の手により――殺されました」

 これが先程の男が言っていたことなのか。本当にレベット王国は戦争を起こす気なのか。その前哨戦として、弟の命を手に取ったというのか。それも王女自らが出向き命を奪うことで、兵士の士気をあげる算段をもってのことか。

 それが本当だとするならば――。

「今すぐ、全兵士を集めよ!」


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