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神だって超える#15

 神体に血は流れない。では、認血アドミティはどうするのか?
 それは、その神が己の血液を想像し、一瞬だけ血流を体内に巡らせる必要がある。したがって、神の血を無理に奪うことは不可能であるのだ。血を分け与えようと心あるいは頭で思わない限り。

「さあ、ミチ様。アタシの血を吸ってください~」

 マクマは自分の腕に切り傷をつけて、想像で発生させた赤い液体をミチへと向けた。彼は今、ヴァンパイアにでもなったような気分にある。

「なあよ、急に畏まった喋り方、どうにかならないか?」
「これからアタシは、ミチ様の下につくと決めましたから~」
「あーはいはい。でも、お前に敬語は似合わねえよ。それに俺の調子が狂うから今まで通りで頼む」
「う~ん……、分かったよ~。でも、ミチ様とは呼ばせてもらうからね~」

 【様】と付けられて呼ばれるのは店での経験だけだったので、親しみをもってそう呼ばれると、むず痒い気分だった。

「さ、早く早く、アタシの血を吸って~」

 なんだかそのセリフを吐かられると、どういうわけか背徳感のようなものが湧きたつ。周りを取り囲んだ4人の視線が集中しているので、新手のSMプレイでもしているようだ。

「わ、わかったよ。一口だけ吸えばいいのか?」
「だめだめ、私の血が尽きるまで~。想像の中で私がミチ様に送り続けるから、私が想像をやめるまでは飲み続けるんだよ~」

 血のジュースを飲み続ける自信はなかった。どうしても鉄の味が思い出される。

「味はフルーツ味をイメージしといてくれよ」
「うん! わかった~」

 ミチはマクマの傷口に舌をペロッと出して舌先で味見をしてみる。

「あん♡」

 突如としてマクマが、よがり声のようなものを出したのでミチは思わずに後退った。ひょっとしたら自分は、目の前の女に対してものすごくセクシュアルハラスメント行為をしているのではないか。こんなこと地球でしたら即座に炎上してしまうぞ……。

「あ、ごめんごめん~。嘘だよ~。こういうのがヒューマンの好みだって神界に置いてある文献にあったから~」
「どんな文献だよ……」
「残念だけど、神もドリアードも性感帯ってのは持ってないからね~」

 いい加減にこの二人の会話に嫌気が差してきたヴェリーが、二人へ叱責を挟む。

「もう早くしてください!」
「そうよ、マクマ。遊んでいないでさっさとしなよ」と、ウイランも賛同する。

 そう急かされたマクマは頬を膨らまして、再度、ミチの口元に腕を伸ばす。ミチもようやく彼女の傷口に口をあて、血を吸い込み始める。ジュジュジュと液体が口に流れ込み、ゴクゴクと体内へと流していく。
 どんどんと流れ込んでくる液体をどれだけ飲んだだろうか。最後は勢いを失ってチョロチョロとだけ口内へと流動した血は、ついに尽きた。

「終わったよ~」
「ぷはー。水っ腹になるわ!」

 腹をポンポンと叩いた彼は次に自分の身体を確認した。
 どこにも変化を感じられない。もっと目に見える変化を期待していたのだが、どうやら認血で受け継いだ力というのは、頭あるいは種に染みつくようだ。試しにミチは、森をイメージして創造することにした。
 あまり森林に足を踏み入れたことはない。産まれた時からの都会住み。イメージしようにも画面の向こう側でのイメージしかなかった。だが、どうしてか森林の中の香りや、茂る草木が肌に触れる感覚、さまざまな花や果実の形、重み、色彩が手に取るように分かる。

 完璧なイメージだとミチは思った。しかし、彼の目の前には緑で覆いつくされた光景とは程遠い、一本の大きなリンゴの木しか成っていなかった。

「どうしてだーーー!!」
「最初はそんなもんかな~。イメージが出来ても、その範囲を広げるのには鍛錬が必要なんだよね~」
「想像に鍛錬とかあるのか?」
「正確には鍛錬というより、イメージをさらに強固にするため、実像に触れることが必要なの」

 ウイランの説明によれば、自然に触れあってきた探検家とそうでない者の想像力には天と地の差が生まれるという。豊穣の神の力を得たとはいえ、自然を感じ触れ合う経験を積まなければ、それを具現化することは不可能というのだ。

「自然ね、なるほど。確かに今まで環境問題への関心はなかったな」
「ま、それはこれから育てるとして~。ウイランはどうするの~?」
「うっ。私は……ミチには借りがある。万能神として認めてやっても構わないが――」

 目を細めたマクマの視線に、心が見透かされたような面持ちとなった。

「わかったわよ!」
「もう素直じゃないんだから~」

 ウイランは苦い表情をしてからミチの前に跪き、頭を垂れた。

「天神:ウイランの力を貴方に授けます。従いまして、ミチ様の万能神への成就、私にもお手伝いをさせて頂きたい」

 こうも急に従順になられては落ち着かない。こういう主従関係には憧れはあったものの、実際にその立場になってみると、身体中がこそばゆい。

「ウイランも崩してくれ。どうも敬われることに慣れていないようだ」
「……そうね、わかったわ」

 かくして、十の神の二人から認血を受け取ったミチ。残る神は8人となったが、次の行動について一同は話し合う。

「正直、他の神の所在についてはマクマと同じで私も知らない」
「西の大陸に何度か足を運んだんだけどね~。不思議なことに誰とも会わないんだよね~」
「そうね……、感覚で言えば避けられているといったほうがいいかも」

 先は難題ばかりのようだ。ウイランとマクマの陰に隠れていたディライトは浮かない顔で立ち尽くしている。

「おい、お前も何か情報がないのかよ?」
「……すまん。俺のせいで他の神と関係が断たれしまっている。なりふり構わず暴走したことによって、惑星の存亡の危機を招いたからな」
「それはディライトのせいだけじゃないよ~。私もそうだしさ……」

 この悲観の連鎖に疲弊するミチ。よく考えてみれば、下界の者と接点を持たべからずという神のルールを破った三人に、他の神が良しとしないのは当然のことだろう。つまり7:3で仲間割れをしている状況にあると考えるべきだろう。すると、それって……。ミチは顔の中心に皺を寄せた。
(これって、コイツらと同行しない方がいいんじゃね?)

「仲間割れという状況の中で敵を引き連れていった場合、警戒心は増長され、認血を受けるに至るまでの道が遠のきます」

 今まで静かだったタナカが無表情を決め込んで、ミチの思考を読み取りアドバイスをした。それは適切な意見であり、ミチ自身も十分に承知をしていることだ。マクマ・ウイラン・ディライトとその言葉を受け、

「やっぱりアタシ達はここに残るよ~」

 と、三者同様に首を縦に振った。それは仕方のないことだとヴェリーはミチの肩にそっと手を置き、彼女はミチへ悟ったようにアイコンタクトを取りながら頷いた。
 そして、この流れでミチは三人と別れることを決意する――わけがなかった。

「知らねえな! こっちが敵だと思わなければ敵同士・・・にはならねえ。この惑星を守りたいと想って利害一致すんなら、別に仲良くする必要はねえはずだろ」

(あちゃー、俺って遅れてきた反抗期なのか?)
 
 ミチ自身、周囲の意見に同調しない性根があるようだと苦笑した。

「と、とりあえずだ。エルバンテに行って過去について聞くことにしよう。ひょっとしたら、誰がベベット族をそそのかしたのか分かるかもしれない」

 強引に全員の同行を促すミチ。三人の神は互いに顔を合わせ目で会話をする。ふぅと溜息を吐いたのはマクマだった。

「しょうがないな~。でも、いいの~? ベベット族とアタシ達には深い溝があるんだよ~」
「って、お前は堂々とエルバンテに入ってたじゃねえか」
「あれ~。そうだっけ~?」

 伸びやかな口調で何食わぬ顔をするマクマに呆れ果てながらも、ミチと一行はとにかくエルバンテの近くまで向かうことにしたのだった。

 遠くからその様子を見ていた二つの影。その影は動き出したミチの跡を静かに追いかけ始める。

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