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神だって超える#3

 サフランにて、ミチの姿を見るなり神達はヒソヒソと声を顰める。いずれも蔑んだような目で決して憧れの目ではなかった。そうとは知らない彼は、不思議そうに神達の顔を観察する。

「うわぁ、マジか。これ、本当にコスプレとかじゃねえんだな。耳が尖がっていたり、アレは……もしかして妖精か? マジで浮遊してんじゃねえか」
「あんまりジロジロ見ないで。あんたはヒューマンなんだから、迎えいれられるべき種族じゃないの」
「ふーん。そんなに人間って忌み嫌われているのか」
「別に嫌いってわけじゃないわ。ただ、他の種に比べて能力が著しく劣るって話よ。ヒューマンがこの地に足を踏み入れることは前代未聞のことなの。つまり、ヒューマンから神になった者はいないの」

 ヴェリーの話を聞いていたミチだったが、すぐに「あっ」と子供のような笑みで前へ指を差す。その先では、何もないところから家をポンと出す女神の姿。

「あれって魔法だろ? ファンタジー世界って存在するんだなぁ」
「魔法とは違うわ。確かに魔法と呼ばれるものもあるけど、私達、神が使用しているものは神力しんりきと呼ばれるもの」
「なにが違うんだ?」
「想像にて創造する力。魔法とは似て非なるものよ。魔法には身体にある活力が源になっているけれど、神力の全てはイメージ。そのイメージをより濃厚で五感を体現すれば強力な創造物として発動ができるの」

 言っていることは分かったような、分からなかったような。とにかく魔法は魔力が必要で、神力は魔力が無くても扱えると。ミチは簡略的にまとめて納得する。

「なあなあ、俺も万能神って種が植え付けられたんだろ? そうしたら、俺も神力ってのが使えるのか?」
「ヒューマンなんかに扱えるわけないでしょ。確かに種は植え付けられたけど、その力を発揮できるのは全能神様に認められたときから」

 いろいろと面倒な話だ。と、ミチは思う。
 ヴェリーからなんとなく事の次第を聞かされた。前任者のゼウスというのが退神して、代わりになるべく後継者として宛がわれるはずだった者は、ヴェリーの失敗でミチになってしまったという。とんだ火の粉が降りかかってきたと思いきや、ヒューマンは歓迎されないと云うのだから不運な話だ。
 神の力が入るのならと思ったものの、全能神とかいう偉そうな名前の奴から認められないといけないときた。

「万能神ってのは偉い立場なんだろ? どうしてゼウスって奴は……ん? ゼウスって確か最高神じゃなかったか」

 確かギリシア神話ではそうなっていたはず。聞き馴染んだ名の神であり、ここが神界であることから、どうもスムーズな話の流れで聞き流していた。
(神話って作り話じゃなかったのか)

「ヒューマン族の創作よ。ゼウス様は今まで神のトップに立ったことはない。なによりも神話と違って、神も女神もヒューマンとは関わらないし、自分の子をはらませることも孕むこともは出来ないの。だから、神の後継者には慎重になるのよ」
「ギリシア神話について詳しいんだな」
「うるさい! 暇があったときに偶々、そういう書籍があると知ったから興味本位で見ただけよ!」

 ヴェリーの顔が赤らむ。そこまでムキにならなくてもいいのにとミチは思いながらも、なんだか神でありながら親近感の湧く女神だとも思った。実際、まだ此処が神界であるということもヴェリーが神であるということも信じ難いのではあるけれども。

「ほら、あれが今から向かう場所よ」

 大きな建築物が見えていた。造りとしては古代ローマを思わせるような古風な洋館のような。

「神議会所よ。あそこであんたの進退が決定するわ。その前に、私は先に神議会への報告申請をしてくるわ。もう少し時間があるから、この辺りでジッとしておいて。――あっ。くれぐれもここから動かないでよね。あんたの姿を見た他の神が、襲いかかってこないとも言いきれないし」

 確かに人目のつかなさそうな森林の中に置いていかれたミチ。彼は彼女に言われた通りに胡坐あぐらを掻いてジッとしていた。この森には鳥や虫の一匹も存在しない。神だけが住まう世界というわけか。

「神の世界って別空間に存在すんのかな? それとも地球みたいに惑星があるのか?」

 そんな話を地球でしたら嗤われるだけだろう。クスリと、ミチは笑って仰向けに寝転がる。空にはちゃんと雲がある。地球と何ら変わりのない景色。

「あーあ、早くこのことを田中に教えてやりてぇなぁ~」

 欠伸をしたミチは瞼を閉じ、風を感じる。

「タナカってだ~れ~?」

 突如、顔面の先から声を掛けられたミチは驚き飛び跳ねた。

「き、君たち神々は、人の顔を上から見るという趣味でもあるのか!」
「う~ん、そうかも~。神って大体が天上から下界を見ることになっているから~。あ、そういう意味では、さっき君が疑問に思っていたことの正解になるのかな~」

 なんとも気の抜けた喋り方をする女は、周囲に様々な果実を纏わりつかせて奇妙な格好だった。

「アタシってば、初めてヒューマンを見るかも~。へー……ふむふむ……そうなんだね~」

 その女はミチの身体を研究するように上から下まで観察をし、彼の股間の前でピタッと止まり、人差し指で彼の股の中心をツンと押した。

「にゃ、にゃにをやっとるんだね、お嬢さん……。そ、そこは女性が簡単に触れていい場所ではないのだじょ」

 ミチの反応を見た女は、キャハハハと面白いものを見つけたように何度もツンツンとしてきた。嫌な気持ちではないが、さすがに羞恥心に我慢が出来なかったミチが股間を抑えて距離をとる。

「ヒューマン、おもしろいね~。それが”せいかんたい”ってやつなのかな~」
「ぐぬぬ。恐るべし神の世界。俺の神聖で新品な相棒をこんな簡単に……」
「ん~? な~に?」
「なんでもねえ! 君は一体なんなんだ! 俺がヒューマンだからって無礼を働いていいわけではないぞ!」

 う~んと相変わらず芯のない伸びる口調で、女は悩む。マイペースな彼女にミチは困って、再び腰を下ろした。何を想ってか、彼女も隣に黙って座る。特に会話をせず、二人とも目の前の木をジーと見つめた。

「ゼウスって知っているか?」

 何気に振った質問。コクリと女は頷く。特に話を盛り上げる気はなかったが、沈黙はどうも居心地が悪かった。

「そりゃそうだよな。ゼウスだもんな」
「でも、ゼウスはもう此処にはいない。新しい万能神が来るから」
「まあ、それは俺のことだがね。わっはっは」
「知っている。だから、どんな奴か見にきたの」

 そうだったのか。女の横顔を見たミチはハッと心がすくんだ。女の先程までの緩んだ表情が一変、凍りついた視線をミチへ向け、彼を蔑んだ顔となっていた。

「な、なんだよ……」
「所詮はヒューマン。ゼウスの代わりが務まらないことはよ~く分かった」

 女は立ちあがり、スゥと風に流れるように姿を消し去った。一人残されたミチの鼓動はバクバクとしていた。彼女の言葉に殺意がハッキリと感じられたからだ。

「あ、ちゃんと動かずに待っていたんだ」

 ふと、ヴェリーが近くに居ることに気が付く。出会って間もないはずなのに、彼女の姿に少し安堵するミチ。

「は、早かったな」
「そう? あれから5レナ……えっと、地球時間だったら――3時間は経過していると思うけど」

 おかしい。そんなに時間は経っていないはずだ。体内時計で測っていたとしても1時間がいいところだ。つまりそれは、

(あの女、時空間を操る魔女だったか)と、ミチの考えは辿り着くのだった。

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