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神だって超える#35

 王宮を爆破して上空に浮かんだウェルダは、ゼウスの姿を探すべく地上の隅々まで目配せをした。まだ無効化の範疇にいるのか、ゼウスがどこかへと飛んだ気配はない。息を潜ませて歩を進めているのか。

「ならば、ここら一帯を消し炭にしてやる」

 ウェルダは地上で繰り広げられている戦場に向けて手を翳した。しかし、大きな閃光が彼の視界を潰しにかかる。一体何事か? そう思った時には耳を破壊せんとする高音が駆け抜ける。

「く、なんだ!」

 白々とした視界が次第に色味を取り戻す。再起した時には、ウェルダの表情が凍てついていた。先程まであったレベット王国が跡形もなく消し去っている。当然ながら、その場で争っていたベベット族も妖獣族もいない。

 遠目に、上空で浮かんでいる3体の神を確認。豊穣神、天神、戦神。さらに豊穣神に抱かれて永遠の眠りにつく王女イーサン。

 周囲の木々さえも消え去り、枯れ果てた大地と王国の塵のみ。そこでわずかに動く気配。地上で創造したバリアをしていたゼウスの姿があった。視界と聴覚を奪われたウェルダは無効化の能力を無意識に解除していたようだ。

「ゼウス!!」

 ウェルダは猛スピードで地上へと向かう。ゼウスは苦い表情をしたが、すぐの嫌味たらしい笑みを浮かべた。
 そんな彼に攻撃を仕掛けようと槍を創造して瞬時に投げようとうしたウェルダだったが、気配を感じる間もなく横腹へ襲い掛かる何者かによって突き飛ばされてしまう。
 すぐに体勢を整えた彼はその者を見て、思わず生唾を呑み込んだ。
――怒りで意識を保っていない、戦神ディライト。その髪は銀髪から怒りを象徴する赤髪へと変貌していた。

 随分と雰囲気が変わったようだ。まるで牙を剥く狼のように獰猛で冷静さを保っていない。

「ゼウス……。貴様、何を吹き込んだ?」
「んー、事実を伝えただけさ。イーサンを殺したのはこの男だってね」

 ゼウスは密かに神々で行えるテレパシーで、怒り狂ったディライトへと伝えたのだ。ディライトにはそれが万能神ゼウスの声かどうかも覚えていない。彼は復讐神として覚醒をし、相手が万能神ウェルダということさえも記憶しない。彼を動かすのはただ一つイーサンの復讐を成し遂げる、ただそれだけだ。そこに身分も自分の存在も周囲の神々も意識下にない。

 こうなってしまっては、マクマもウイランも手を出せずに遠くから見つめるしかなかった。黒いコートに包まれた男が万能神であることも知らず、ゼウスの存在すら気付いていない彼女達にとって、暴走するディライトだけが問題だった。

「それじゃあ、俺はお先に」
「待て!」

 ゼウスを追いかけようとしたが、すぐに荒い息を吐いたディライトの攻撃をまともに受ける。ウェルダにとっては都合の悪い相手だった。神の想像力を無効化にする能力。それすらも戦神、復讐神には関係のないことだった。彼らの身体能力は純粋に持っている素質であるからだ。創造で強化した身体とは違い、源の力は掻き消すことは不可能。

「邪魔だぁぁ!!!」

 ウェルダは頭上に特大の黒い塊の気砲を創り出し、ディライトへと投げつけた。が、ディライトはそれを素直に手で受け止めきり、咆哮をあげながら別の方角へと受け流す。その黒い塊はシャンブリ大陸へと流れていく。そうして、時間差で大きな爆発と共にキノコ雲を作ってしまう。

「誰を相手にしているのか分かっているのか!」
「……コロス……コロス……コロス……」

 復讐に囚われたディライトにはまるで通じない。舌打ちをしたウェルダはいそいそと逃げるゼウスの背を遠目に見る。
(あの方向は……)
 瞬時にユーキリアの方向だと理解した。
(まさか、アナザーとニートルがヘマをしたのかっ!)

 未来を見据えて行動するゼウスがユーキリアに向かっているということは、女王エリザベルの殺害に失敗したということか。
(このままでは再び封印を施されてしまうではないか!)

「コロス……!」

 ハッとしたときには喉元にディライトの創造剣が突き刺さっていた。意識が削がれている間に無効化を繰り出すのが遅れてしまう。喉に突き刺さった剣の柄を手に持ち、無効化にして消し去る。喉に空いた穴はすぐに自己再生で戻す。

「時間がない。こうなったら、コイツの種を引きずり出してやる」

 今さら神殺しがどうとか気にすることもない。徹底的に邪魔者を排除してやる。しかし、そう思った矢先、彼にはふとした閃きが。
(ゼウスの野郎、最初から俺にコイツをぶつけて足止めするつもりだったか?)
 その考えは直感で間違いないと脳が共鳴した。瞬間、彼は対峙するディライトに背を向けて西の方角で全速で飛ぶ。後に続くディライトを警戒しながらも彼はゼウスの背を追いかけるのだった。


 ディライトと全身コートを身に纏った謎の者が西へ向けて飛んでいくのをマクマとウイランは静観して見ていた。

「大変なことになったね」

 ウイランは沈んだ表情のマクマへ視線を向ける。彼女は虚ろな瞳で腕の中で眠るイーサンに視線を落としていた。

「あなたのせいじゃないわ」
「……アタシ、守ってあげられなかったよ。この子もディライトの気持ちも」
「マクマが背負うことじゃない。あなたは精一杯のことをしてくれた。悪いのは私よ。あの時、私がベベット族を葬ってしまったから」
「……ごめん。妖獣族が全滅しちゃった……」

 ぽろぽろと泣き出すマクマの背を擦ってやるが、ウイラン自身も故郷と同種を失って悲しみが溢れ出しそうになる。それでもマクマの前ではなんとか堪えて、前向きな言葉を投げかけようとした。

「イーサンのお墓をつくってあげなきゃ」
「……うん」

 彼女達はイーサンと出会ったシャンブリ大陸へと続く森があった場所に移動をする。既にそこには緑など存在していなかった。荒れ果てた大地、土は固くなっており埋めるには些か似つかわしくない場所だった。

「大丈夫、アタシが最高の場所を作ってあげるから~」

 マクマは身に纏わせた果実を一つもぎ取り、それを掌で磨り潰してイーサンの身体に塗り付ける。すると、彼女の身体はサラサラと土質へと変わっていき、大地と同化をし始めた。

「ホーリッドの大地となって、私達を見守っててね~」

 イーサンの身体が完全に消失すると、マクマは立ち眩みを起こし倒れる。

「マクマ!」
「へへ……。神なのに身体が動かないや~。神なのに、アタシは女神なのに……どうしてどうしてどうしてどうしてなの~!」

 ウイランの胸の中でワンワン泣くマクマ。彼女をギュッと抱きしめたウイランもついに涙を頬に伝わす。
 2体の神とディランにとって癒せぬ心の傷が出来た日だった。


――ここで過去から現在へと戻ってくる。

過去から戻って来たマクマとウイランは、千年前と共鳴したかのように涙を流していた。

「この伝書に書かれていたのは、ここまでのようです」

 丸眼鏡をしたサーベラントが手を下ろす。一同は千年前の悲劇を目の当たりにして陰鬱な表情だった。

「……レベット王国もエルバンテも俺が破壊した。その記憶が抜け落ちていたが、こうして改めて見ると……俺はなんてことを……」

 ディライトは自分を責めに責めた。復讐神となった記憶はまるでない。それでも彼が行った所業であることには違いなかった。

「もういいの。もう千年も前のことよ」

 ウイランは急いてディライトをフォローした。再び彼が亡者の心にならぬように。

「あ、あの……」

 ヴェリーが遠慮しながら手を挙げる。一同は彼女へと視線を向けた。

「ミチがまだ意識を取り戻していないんですけど……」

 目を瞑ったまま銅像のように立ったままのミチ。そうして、彼の意識が現在にない今、タナカの姿は消え去っていたのだった。

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