神だって超える#23
千年前の過去にやって来てしまったミチは顔の中心に皺を寄せていた。今置かれている自分の状況があまりに突飛めいたものであるが故、常識に慣れた脳が驚いているのだ。
あの後もゼウスからの説明を受けたが端的にしか記憶していない。ゼウス自身も時間があまりない焦燥のようなものを感じており、それは聞いていたミチもひしひしと伝わっていた。だから、気を遣ってあまり質問を投げることはしなかったのだが……。
(くそ~! こんなことならもっと質問をしておけばよかった!)
ミチは今、ホーリッドの西:ウドラン大陸へと足を踏み入れていた。てっきり、ウェルダを食い止めるものばかりと思っていたのだが、ゼウスが云うには、ミチが加わったところで勝てる相手ではないということだった。
ベベット族を裏で操るウェルダを倒せないとなると、当然としてレベット王国への侵攻は抑えられない。ならば、イーサン王女を守ればいいのでは? という問いに対して、ゼウスは沈ませた表情で首を横に振った。つまり、イーサンを救う未来が見えないということだ。
まあ、それもなんとなく予測はしていた。ウェルダの狙いは封印を解くこと。その鍵であるイーサンをみすみす見逃すようなことはしない。ウェルダに誰も勝てないのであれば、ディライトには申し訳ないが諦めてもらうしかない。
「なんか、最近冷静に考えられるようになったな。これも万能神の種の力か? にしても、薄情な奴になるのは勘弁だな」
独り言をボソボソと言っていたミチは、西大陸に広がる街を上空から発見した。着陸すると、カタカタと頭頂で電動回転していたモノを想像の中で消し去る。同様にして具現化されていたそれもスッと消えるのだった。
「へぇ~。こんな大きな街があったんだな。未来ではどうなっているのか、そういえば確認していなかったな」
さてさてと、彼は周囲を見回す。あちらこちらで厳重な警備が敷かれており、どうやって怪しまれずに街に入り込めるかを考えた。
『はぁ? なんで西の大陸なんだよ』
『戦神が暴走したことは、君だって知っているだろう? アレから守ってほしいんだ』
『いやいや、アンタがそれをやればいいだろう?』
『それは厳しいな。あらゆる未来で、俺はウェルダと対峙するので精一杯だった。もちろん、君の加勢があってもね』
『そんなこと言われてもなあ。――あ。でもよ、俺の知っている未来では、ホーリッドにはベベット族しかいないって聞いたぞ。それってつまり、俺が行ったところで滅びてしまうってことじゃねえか?』
一瞬、ゼウスがキョトンとした表情になった。なにか間違えたことを言ったのか? と、ミチは眉をひそめたが、ゼウスは直ぐに微笑を浮かべた。
『俺は自分に関わる未来が視えているだけで、他の未来については断片的にしか視ることができない。西の大陸に行けば、十の神の3人に会うことができる。君はこの時代で、3人と対面しておくんだ』
『それはアンタの未来で視えたことか?』
『いや、残念ながら。だが、必要な行動だ。ホーリッドを失くさない為のね』
と、まあ、なんだかんだでゼウスの提言通りに進まないことには、未来なんて見えやしないミチには泥沼に浸かるのと一緒のことだった。結局のところ、ウドラン大陸の街が滅びる運命が変わらないのであれば、ちゃっちゃと三人の神に会って、少しでも親交を深めておこうと考えた。
して、注意点をゼウスからあげられたことを思い出す。まずは自分が神という存在を下界の者に知られてはいけないということ。
これは神書にも記載されているようだが、ディライト達はそれを破っていたし、なんならエルバンテでは堂々と神だと明かしたな、とミチは苦笑する。
また、他の神に万能神の種を受け継いだことを明かすことも禁止とする。と、ゼウスに直々に頼まれる。それは間接的にゼウスの消滅を意味するからだ。
今から千年後の長い時間を考えれば、万能神ゼウスが消えるという事実を知った神界に、混乱が生じないわけがない。
(確かゼウスが神を辞めた理由って、神に飽きただとか転生したいだとかなんとかってヴェリーから聞いたな)
「ったく、無責任な神だこと」
疑問はまだまだ出てくる。たとえば、ウェルダにどう抗っても勝てないというのが事実なら、封印は解かれて千年後の世界はもっと深刻な状況にあるはず。しかし、自分が見てきたものはそういった未来ではなかった。ということは、今いるこの世界線では最悪な状況に陥らないということではないのか。そもそも万能神ですらも抑え込めない封印とは一体なんなのだろうか?
「あーもう! 俺の頭は考えることが苦手なんだよ!」
一人でムシャクシャと髪を掻きむしるミチを陰から見ていた者がいた。彼女は音神:ピューネ。彼女はつぶらな瞳でミチをひたすら見つめ続ける。彼女の背には、それはそれは美しい虹色の羽があった。
「どうしたんだい、ピューネ?」
「お兄様、あの方からゼウス様の匂いがします」
「ゼウスだと? っち! あの野郎、回し者を寄越して何のつもりだ!」
「そんなに短気ですと、また十円ハゲができますよ?」
「あ、そうか。気を付けないとな」
「うふふ、お兄様は聞き分けがよろしいですね」
「お兄ちゃんはな、ピューネの言葉ならなんだって受け入れるんだ!」
「ヨシヨシ」
頭を撫でられた男はデレデレとした表情を隠さなかった。彼はピューネの兄として生きているが、血縁は繋がっていない。さることながら、彼の背に羽はなかった。名はナンプシー。海の神である。
「あれ? お兄様、ザックのおじ様はどこにいらっしゃるの?」
「うん? そういえばさっきまで一緒にいたんだけどな」
「――あ! お兄様、あそこ!」
ミチに絡むザックという男を指差すピューネ。あちゃ~と、ナンプシーは自分の顔を手で覆って参った表情をする。
「おう、ガキ! 貴様からはゼウスの匂いがプンプンするのぅ」
「なんだよ、おっさん。もしかして此処の十の神か?」
「ガッハッハ。先に正体を明かせ、この馬鹿者、マヌケ、チンチクリンのヒューマン」
随分と口の悪い男は、2mを超える身長に筋肉隆々の持ち主だった。それ故、前に立たれるだけで相当な圧迫感を受ける。ニートルという大男と酷似している体型だとミチは思った。
「おい、テメエはゼウスから俺らの監視を受けてやってきた野郎か?」
黒色のスラックスのポケットに手を突っ込んで、ガラの悪い目つきで睨んでやってくる細身ノッポのナンプシー。その隣で小柄な少女がニコニコとした表情で杖を突いて歩いている。彼女の背には大きな羽があっただけに、ミチはどうして飛ばずに歩くのかという素朴な疑問を覚えた。
彼女の顔はどこか最近見たような――ああ、そうだ、ルーという絶世の美女と非常に似ているのだ。しかし、なぜだろう。あの時のトキメキを抱かないことにハテナマークが頭に浮かんだ。
「おい、ボーとしてねえで、答えろよ!」
なにもそんなに叫ばなくても。しかし、ここはどう答えるのがベストなのか。新しい神としてやって来たと言えば、すぐに嘘はバレるだろう。神の人数は決まっているので、ミチの代わりに抜けた神がいるという話になってくる。情報に敏感な3人だとすれば、それは危険な答え方だった。
「おい、早く言え! イライラさせる奴だな!」
キーキー叫ぶな。こっちがイライラする。今、フル回転でどう答えるか考えているんだから少しは待て。
「えっと……そのう……神様見学会ってやつです」
人差し指を立てたミチは、苦し紛れの笑みを作って空笑いをした。三人はこの言葉の真偽を測るように互いに視線を合わせた。
(さすがに無理があったか)
次の行動をどうするべきか考えていたミチの手が、急に厚みのある手に包まれた。
「そうかそうか! 見学会か! よしよし、私を見て学ぶと良いぞ!」
「っち、そういうことならさっさとそう言えよな!」
「うふふ。見学会だなんて、神界も時代が変わりましたわね」
あれ? なんだか分からないが、この三人ひょっとすると――馬鹿なんじゃね? と、ミチは思ったのであった。