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神だって超える#40

 真っ暗闇。無音。果たしてここはどこか。先程までの激痛は消え去り、嘔吐感も熱さもない。
(まさか、死んでいないよな?)

 ここが夢の中なのか、別空間に飛ばされたのか判断しようにも闇だけが広がっていて理解することは困難である。

「こっちだ、ミチ。こっちだ、ミチ」

 幼い女の子の声。その方向に誘われながら進む。果てしない闇の中で、その声だけが道しるべとなる。

「こっちだ、ミチ。こっちだ、ミチ」

 徐々に大きくなっていくその声であるが、一向に声の主は姿を現さない。

「なあ、一体誰なんだよ」
「もう少しだ、ミチ。もう少し、近くに寄るのだ」

 得体の知れない相手に不安と恐怖が募る。ワナワナと震えている己の手にミチは気が付く。このまま進んではいけないと本能が訴えている。一方で、進まなければいけないという義務のようなものさえも感じる。

「こ、ここはどこなんだよ?」

 見えもしない相手に問いかける。恐怖を紛らわせるために何か会話をしたいと考えた無条件反射だ。

「私の精神世界」
「精神世界だって?」
「そう。ミチの身体に入った瞬間、私達は干渉し合うことが可能となった」
「……石版の主ってところか」
「語弊がある。私は石版に囚われし存在。主とは封印を施し者を指す」
「俺にとってはどうだっていい」

 再び静寂。歩み続けていた足が急に重くなり始める。あとわずか先を進むことを拒んでいるのだ。
(い、いる! なにかが……)
 空気なのかオーラなのかは分からない。その者から漂う何か・・によって恐怖という支配が襲い掛かってくる。
 カチカチと歯を鳴らして震えるミチの前に、闇から突如として姿を現した小さき少女。なんてことのない人間の容姿をした少女なのだが……。
 息が出来ない! 彼女の顔は無表情にミチを見てくる。空虚な瞳の奥を覗いてはいけない! 息ができない! その顔は造られたもの、決して目を合わせてはいけない! 息ができない! 目の前に存在するコイツは――!

「私の存在が怖いか? 初めて神を前にした時、お前は恐怖することなどなかった。なぜだか分かるか?」
「……俺を見てきたのか?」
「正確にはお前だけではないがな。あらゆる神、あらゆる種族、あらゆる惑星の動向を窺っていた。下界と呼ばれる種族の多くは、神を信じない。一方で神を前にすると畏怖する。だが、ミチにはそれはなかった」
「……へ、へへ。それは俺が恐れ知らずだからだ」

 空虚な瞳が心情を全て見通すようだった。ミチの強がりは彼女の前では無意味なものと化す。

「随分と私に恐怖しているな。お前の直感は正しい。私の存在は、この外の者達にとってあまりに巨大で滅したい存在」
「何者なんだ?」
「薄々気が付いているはず。だが、それを口にするのは怖いか?」
「そ、そんなことねえぜ。か、神を超える存在……だろ?」

 少女は表情を一切変えずに小さく頷いた。こうやって対面をしている間にも酸欠を起こして失神しそうな気がしてならないと、重苦しい空気をミチは感じ続けている。

「いつしか全ての掌握は神にあると謳われるようになった。だが、神の世界を見てきたミチなら思うところもあるだろう。その目で見てきて何を思った?」
「なにって……」
「私の前で遠慮はいらん。嘘をついたところで、私が全てを見透かすこともお前なら既に気が付いているだろう」

 だったらわざわざ言わせなくてもいいだろう。と、こんな心の気持ちすらも読み取られるのは厄介な話だ。素直に口にすべきか。

「正直、人間社会と変わらないと思った。上下関係はあるし、色々な問題を抱えているし。金を稼がなくても生きていけるのは楽そうに見えるが、俺が出会ってきた神たちは楽しそうに暮らしているとは思えない」
「うむ。下界の者達が崇拝する神の現実を知って、なりたいと思ったか?」

 なりたいなりたくないかは分からない。ミチは首を傾げて曖昧な返答をした。

「神とは不完全な存在。しかし、実際は特別な力を得たと勘違いして傲慢になる者もいる。私からすれば、下界の者よりも愚か。元より、その力を見せびらかせたくて下界の者を産んだのだろうが」
「アンタが俺達を創ったんじゃないのか?」
「神だけだ。それも暇つぶしとして創ったガラクタばかり」
「ガラクタって、酷い云い様だな」
「所詮は私の力の一部を分散させた細胞・・に過ぎない」
「そうかもしれねえ。だけど、俺達は必死に生きているんだ。それをガラクタ扱いされるのは頭にくるってもんだ」
「怒りで少しは恐怖心が和らいだようだな。さて、そろそろ本題に入ろうか。外では私の封印を解こうと愚鈍な者達がいる。ゼウスが云ったように、その行為は今の神界を滅することになるだろう」

 少女の姿をした女は指をパチンと弾いた。すると、今もなお戦っているゼウス達の姿が暗闇の中に映像として映し出される。

「私の名はイヴ。神を創りし原初なる存在。私の力を注入した種により神は誕生したわけだが、元より私一人だけが存在していたわけではない」
「他にも仲間がいるというのか?」

 映像を見ていたイヴはチラリとだけ一瞥をくれ、すぐに映像へと戻る。

「アダムという者がいた。私と共に何も無いところから過ごしてきた男だ」
「アダムとイヴって、神話に出てくる有名な……」
「歴史の移り変わりと共に事実は歪曲するのが性。そんなことはどうでもいい。アダムと私は宇宙空間を創り、惑星を創造し、遂には命を吹き込むまでに至った。その始まりが神である」

 新たな命はイヴ達にとっては人形のようなペットのような存在だったという。神々は原初のアダムとイヴに従い、自分達の世界を創り出していった。次第に彼らは独自の考えを抱き、感情を持ち、意志を明確にした。
 彼らは自分達の下の種族を創ることで優位性を持つことを望んだ。彼らが望んだことにイヴは反対はしなかった。
 一方でアダムの関心は新たな生命にではなく、神々やそれに創られた種族たちの負の感情に陶酔する。アダムとイヴにはない欠けた感情。さらに負の感情こそが生命の一番の活力になることをアダムは面白がった。

「神の中には負の感情で突き動かされている者がいた。――このウェルダという男もそうだ。アダムはかつての神々の中から負の感情を持った5体の神を引き連れ、新たな世界を創った。冥界、お前の世界では【地獄】と言った方が分かりやすいか」
「はは……なるほどね。現実に地獄があるってわけか」
「人間の世界では天国と地獄とよく比喩されるが、いわばミチが過ごしてきた世界が天国だと思えばいい」
「死後の世界はないってことか」
「それは分からん。もしやすると、私以上の存在がいるのやもしれない。閑話休題、私とアダムは一ついということを伝えておきたい。私が封印されている間、奴も封印状態に入っている」

 つまり、イヴの封印が解けると目覚めさせてはいけない冥王が目覚めてしまうということ。その目覚めがなにをもたらすのか。

「封印される前にも上手く二つの世界でやっていけたんだろ?」
「そう思うか? 奴はただ準備期間に入っていただけのこと。本来の奴の目的、私にはそれがよく分かる」

(あー聞きたくねえなぁ。なんだか、かなりぶっ飛んだ野郎だと思うぞ、そのアダムとかって奴)

 ミチの心を見透かしているイヴであったが、あえて口にして事実を突きつけてやった。

「アダムは私と共に創造してきたものを全てを破壊するつもりだ。彼にとってそれは只の遊び事に過ぎない」

 簡単に創造できてしまうものは、簡単に破壊をする。何億何兆と生きてきた存在はそういったことでしか、もう愉しみを見出せないというのだ。

「なあ、聞いていいか? イヴもそうなのか?」

 イヴは初めて表情を綻ばせるだけで、何も返さなかった。

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