美しく透き通った恋をもらったことがある
人生でいくつかのターニングポイント、自分の中身がアップデートされるきっかけとなった出来事はいくつかある。
大学1年〜4年まで、CDショップでアルバイトをしていた。
CDショップの店員というのはもちろん音楽に対して熱心な者、且つ、いい意味で変わり者しかいない。
みんなそれぞれ変わっているポイントが違うが、みんなが認め合っていて
年代も性別も超えて仲が良く、仕事には一生懸命。最高の職場だった。
ミドリ先輩(仮名)は24歳、色素が薄くて美人、明るい茶のサラサラ髪。
仕事もできて明るいムードメーカーだった。
すごく可愛い見た目だけどロックが好きで、休憩は決まってタバコの吸えるドトール。私はタバコが嫌というよりもミドリ先輩とお話する時間のほうが好きでよく一緒について行っていた。
「好きな人とかいないのー?」
先輩はよく聞いてくれた。
「いないんですよね、これが」
当時はライブを楽しみに音楽オタク活動を極めていたし、私は20歳を過ぎてもことごとく「恋」というものを知らなかった。
小さな頃から男という性別を信用していなかった。
周りに羨むような恋愛をしていた友人もいなかった、というのもある。
大学生のフレッシュな恋愛話を期待してくれていた先輩にずっといい返事は返せず、就活も無事終わり、4年生の秋。
私は春から地元に帰ることになっている。
いつものバイト、私は早番であがり。
駅前に出たちょうどすぐ、
同じ早番だったシロさん(仮名)(男性)からメール。
年齢こそ違うが、同時期にバイトに入ったシロさんから個人的にメールが来ることなんて滅多にない。
『少し話したいことがあるので駐輪場で待っていてもらえませんか?』
え、私バイトで何かミスった…?
凡ミスはしょっちゅうするので最近のやらかしを一通り思い出していた。
コンクリートの建物の影。
夕日の差し込む、ごちゃごちゃとした駐輪場。
いつもどおりのシロさんが来た。
「お疲れ様です〜!あの、私、なんかミスりました…?」
「いや、ミスってないです笑」
シロさんはいつものように、穏やかに、小さな声で喋る。
よく聞こえない。聞こえないが、ちゃんと伝わった。
「ぬるい珈琲(私)さんのことが、好きで。
困らせると思って、なかなか言えなかったんだけど…よかったら付き合ってほしいなと思ってます」
私はびっくりした。
1mmも予想していなかったお話に、思考が一瞬止まった。
「え〜〜〜!!!!!」
というとシロさんはいつものように笑った。
「確かに困りますね、、、
あ、嫌とかいう意味じゃなくて!本当にびっくりして…あの…」
まったく思いに気づいてなかった私の様子に、シロさんはまた笑っている。
こういうときはすぐ答えるんじゃなくて……
「す、少し考えさせてもらってもいいですか?」
振り絞って答えた。
帰宅して、ベッドの上で今までのことを思い出す。
いつもシロさんは笑ってくれてた。
笑い上戸だと思ってた。
誰にでも優しいし、大人しくて穏やかなのに、すごく笑う人なんだなと思ってた。
私がうるさく話しかけてもちゃんと答えてくれる。
私より細いのに、重い箱はいつも「持ちますよ」といって持ってくれる。
挙動がおかしいお客さんが来ると黙って私の前に割り込み、
その客に「いらっしゃいませ」と応対をしてくれたこともある。
けどそれは全員に対してそうだと思っていた。
(ミドリ先輩「違うよ〜〜!!」)
私の見た目はモブだ。
ドブスでもないが可愛くもないし、すごく太ってはいないが痩せてもいない。どこをとっても平凡な見た目。
たしか1年生の冬、
前髪に金髪メッシュを入れたときも、シロさんいたよなぁ…。
MAX体重叩き出したときも、私がバンドマンにきゃーきゃー言ってるときも…カラオケでマキシマムザホルモン歌ってるときも、いたな…。
なんで好きになった???
告白はありがたかった。
けどまだ私は、恋がわからなかった。
考えさせてください、から数時間後
お断りのメールをしてしまった。
(ミドリ先輩「数時間後って早すぎ!」)
「私なんかを好きになってくれてありがとうございます。
東京にいる間、今まで通りでいましょう!」
もっと長かったけど、その時の気持ちを素直に書いた。
「こちらこそありがとう!
もしよかったら1度だけでいいから、一緒にごはん行ってもらえないかな。ぬるい珈琲さんの行きたいお店に行こう」
私は即答で「鳥貴族!」と返した。
(大好きだったので)
「わかりました、鳥貴族予約します!笑」
その後、みんなで行ったことのある鳥貴族に2人で行った日も、
バイトの話や音楽の話、私が喋ることに相変わらず聞き手になって笑ってくれるシロさんがいた。
「キャベツおかわりしてもいいすか!」
「しましょう、しましょう笑」
シロさんはきっと私の横で私の話を聞いて笑うのが好きだったのかもしれない。
告白すると関係が崩れる、というのは嫌だ。私達は今まで通りだった。
彼にとってもあんなに堂々と告白するというのは人生初だったらしい。
その背中を押したのはミドリ先輩だった。
「何も言わないままで、ぬるい珈琲ちゃんはこのまま地元に帰っちゃうよ。
もしダメだったとしても、告白したらあの子、シロさんのこと一生忘れないよ」
当時はちゃんとわからなかったけれど、私がもらったものは綺麗な恋だった。
ミドリ先輩の言う通り、私は今でもこの出来事を決して忘れられない大切な思い出としている。
誰もが見て可愛い美人でもない私が受け取る恋は、純度が高いものなのかもしれない。私みたいな人を好きになってくれる人は、人をちゃんと中身で見てくれる人なのかもしれない。
男性に対する考え方が、変わった。
恋愛を重ねる経験よりも、純度の高いキラキラの1つをもらえたことが今人生の宝物だ。
それから6年後
ミドリ先輩が、事故で急逝した。
当時のバイト仲間は東京に残る人も少なくなり、
いま集まる機会はみんなの中心だった、ミドリ先輩が作ってくれている。
先輩に似合う、爽やかなグリーンのお花は、大きくて重たい。
先輩のお家へ向かう途中の、長い階段のある駅で、
シロさんが私にあの頃の笑顔で声をかけた。
「持ちますよ」
ずっと今も変わらず、透き通ったあの恋は、ミドリ先輩のおかげ。