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忍殺TRPGソロアドリプレイ【ブレイン・チェイス・イン・ニルヴァーナ】

 ドーモ。本作は三笠屋=サン作成のニンジャスレイヤーRPGソロアドベンチャー『ニンジャのチュートリアル』のリプレイ小説です。

 ニンジャのオリジンを考えつつ、ニンジャを作って遊ぶのに最適です。比較的邪悪ではないフリーランスから、衝動的に人を殺すソウカイヤのニュービーまで、様々なニンジャが作れます。実際オススメ。

 ソロアドベンチャープレイリポート版はこちら。

 今回の小説は、このプレイリポートでダイスとパワーバランス(主にバスト方面)によって生まれた第2の女ニンジャ「デッドリーチェイサー」を主人公にしたオリジンストーリーとなります。
(リプレイ小説化にあたり、台詞などは大幅なアレンジを加えています。ご容赦ください)

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1.

 ガゴン!ガゴン!

 巨大な機械がピストン運動を繰り返し、白濁色の液体を組み上げ、型へ注ぎ込む。しばらくすると型に注がれた液体……トーフエキスは硬化し、一般的なトーフに近い見た目になる。それを型ごと引き抜いて次の工程へ回し、洗浄が済んで戻ってきた型を再び機械に取り付けるのは、人間の作業だ。

 ネオサイタマ有数の工場地帯であるアヤセ・ジャンクションに位置する、ニルヴァーナ・トーフ社のトーフ工場は、今日も合成トーフの生産に励んでいた。出荷されたトーフはネオサイタマの人々の命を繋ぎ、煙突と排水口からは環境汚染物質を垂れ流している。ネオサイタマではごく日常的な光景だ。そして、中で働く労働者達の姿も同様である。機械の熱と騒音、トーフエキスの熱と臭気は分厚い作業服とマスクの上からも、体力を奪い、精神力を削る。それらと引き換えに、労働者達はカネを稼ぎ、命を繋ぐ。

『オツカレサマドスエ!C組の皆さんは退勤時間ドスエ!』合成マイコ音声が工場に響く。交代要員に引き継ぎを行い、作業員達は足を揃えて廊下を進む。彼らは年齢も性別もまちまちだが、皆疲れ果てた表情をしていた。薄給で日夜こき使われる、典型的なマケグミ労働者である。

 その中に1人、他の労働者達とはどこか物腰の異なる女が居た。年の頃は二十歳を越えた程度。痩せていて、整っているが陰鬱そうな眼差し。そのバストは平坦だった。そして髪質や化粧は、労働者達の中では異質なほど丁寧で、整っていた。化粧品が高級なためではない。それまでの人生を健康的に過ごしていたことと、キョート風の上品な化粧を廉価な化粧品で再現する知恵を持っているためだ。もっとも、そのアトモスフィアは却ってこの場では浮いており、言ってしまえば滑稽さすらも感じられた。彼女の名はアカギ・ホオヅキといった。

 かつてホオヅキは、ネオサイタマでも有数の資産家の令嬢として、カチグミらしい生活を思うがままに送っていた。蝶よ花よと育てられ、チャドーを通して礼儀作法を学んだ。いずれはどこかの暗黒メガコーポ役員の息子と政略結婚をすると聞かされており、それが自然と受け止めていた。スシやトーフはオーガニックなもの以外知らず、筆やハシより重いものは持ったこともなかった。カネの稼ぎ方も使い方も知らない。全て使用人たちが世話をしてくれていた。

 だが、ある日。父が死んだ。突如、カスミガセキのゴミ捨て場で、愛人だというゲイシャとともに黒焦げの死体として発見されたのだ。次に、母が死んだ。こちらも焼死体が見つかった。マッポが言うには、自らガソリンを被って火をつけたという。夫の件のショックによる自殺として、捜査はあっという間に打ち切られた。

 そして、カイシャの権利や家の資産は次々に他人の物となった。親族は残された資産を奪い合い、負債をホオヅキに押し付けた。長年父と懇意にしてくれていた弁護士は手腕を発揮し、ホオヅキの負債をあらゆる権利もろともフラットにし、法外な報酬をむしり取って姿を消した。社交界の友人達はホオヅキとの面会を拒絶した。そのうち使用人たちも、どこかに行ってしまった。

 大切なものを失い、自分を構成していたものがなくなっていくたび、ホオヅキは自らのニューロンが錆びついていくように感じていた。そしてそのたびに、息が苦しくなり、吐き気を催す。
 
 全ての財産の移譲が法的に終わったと同時に、ホオヅキは家を放り出された。その際に親族の男が万札の束一つを投げ渡したのは唯一の情けだったのか、それともまともな使い道も知らぬであろうホオヅキを嘲笑うためか。ホオヅキは人として愚かではなかったが、カネの使い方を、生きていく方法を知らなかった。空腹で駆け込んだ回転スシ・バーで生まれて初めて成型スシを口にし、あまりの不味さに吐き出してしまった。きっと自分は何か悪いことをして、食べ物の無いジゴクに落ちたのだと思った。

 万札が残り20枚になったとき、彼女は生まれて初めて仕事を探した。より好みするつもりはなかった(そもそも、仕事というのがどういうものかも、理解するのに時間がかかった)。やがて万札が残り10枚に近づいたとき、ようやくこのトーフ工場の仕事を見つけた。入居した寮では家賃をピンハネされ、作業着を給料前借りで買い、日夜フラフラになるまでトーフエキス塗れでトーフを作った。

 初めての給与日には、同僚たちが工場の売店でスシを奪い合うように買うのを尻目に、給食として出されるものと同じトーフを買い、合成ショーユをかけて食べた。視察に来ていたニルヴァーナ社のサラリマンは自社製品を尊ぶその姿を忠誠の鑑と褒め称えたが、ホオヅキはそれを無視した。好きでトーフを食べているのではない。過剰なストレスで胃腸が弱り、消化の良いトーフ以外は口にできなくなっていたのだ。
 
 寮のフートンの中で見る夢はいつも、炎に包まれる夢。父が、母が、自分自身が、油をかけられて火をつけられ、醜い灰になっていく。苦しい。汗だくで起床すると、備え付けのセントーで身を清め、格安の化粧品で身なりを整え、出勤する。身支度を維持し続けるのは、カチグミの子女として育った最後の誇りだ。それとも、すべて投げ捨ててしまえば楽になるのだろうか?

 万札の束は残り10枚。これ以上、手を付ける気にはならない。だから、寮の床下に隠している。いつ裏切られ、カネが必要になるかわからない。絶対に他人を信じないこと。それが、ホオヅキが学んだ最も大事なことだ。

 手当てを求めて残業する者以外、労働者の大半はまっすぐに寮に帰り、身体を休めるのが常だ。明日も、明後日も、仕事は続く。否、突如として契約を打ち切られ、放り出される可能性も高い。マケグミ労働者に、確かな明日というものはなかった。確かなのは、カネを稼がねば死が待つことだ。それがこのマッポーの世の真理だと、誰もが知っていた。

 故に、後ろ暗い手段でカネを稼がんとする者も多い。その日、何人かの労働者は勤務を終えると、寮に帰らずに工場の使われていない一室に集合していた。その中に、アカギ・ホオヅキの姿もあった。両目を機械……サイバネアイに入れ替えた男が小さなバッグをロッカーから取り出す。「こいつだ。1人1枚ずつだ」中の金属製フロッピーディスクを同室の労働者達に手渡す。「ササノ=サンは来ないのか」「やつは急遽残業だ」余ったディスクをバッグに戻す。

 ホオヅキは受け取ったディスクをじっと見つめる。「これはなんですか?」ホオヅキは、隣の男に問うた。男……マツネという名の労働者は答える。「ア?工場のシステムをダウンさせるウイルスが入ってるディスクだよ」それを聞いたホオヅキは首を傾げる。「ディスク、ですか。ダウンとは?」聞いたことがない言葉ばかりだ。

「UNIX、知らねえのか?」マツネは興味深い顔をした。「珍しいな、今どき」カチグミ時代には親の配慮で悪い虫がつかないように、マケグミになってからは単純に機会がなく、彼女はIRC端末やUNIXに縁なく育ってきた。

 マツネは彼女にも理解できるように説明する。「こいつには、UNIXをおかしくする病気の源が入ってるんだ」ホオヅキは驚く。「アナヤ!人に伝染るのですか?」真剣な顔で反応するホオヅキに、マツネは苦笑した。「そうだなあ。もしかしたらするかもなあ」冗談を言う。「わたくし、病気は困ります」本気で怯えるホオヅキ。摩耗した日々を送りながら、根本的に彼女は純粋だった。「時間が無い。イチャつくのはそこまでにしろ、マツネ=サン、アカギ=サン」サイバネアイの男は咳払いをした。「するかよ。娘と同じくらいの歳だぜ」マツネは首を振った。

 サイバネアイが言うには、計画はこうだ。今日、ネオサイタマでも有数のカチグミである家の少年が、工場の見学にやってくる。「社会科見学かよ。それも一人とは」「道理で本社のアホどもが揃ってたわけだ。セッタイのためってわけだな」労働者達は口々につぶやく。カチグミ、という言葉にホオヅキの胃が痛んだ。

「その小僧が見学を行っているタイミングで、俺達はこのフロッピーをそれぞれ担当のUNIXに突っ込む。そうすりゃ、警備システムがオダブツになる。それと同時に……外からアナーキストどもが突入して、小僧を確保する。あとは身代金を払わせて、終わりだ」アナーキスト。無政府主義者。実質的に、暴れるためにやってくるヨタモノだ。人を殺し、トーフを奪うと宣伝され集められる予定だとはサイバネアイは聞いていたが、その説明は省いた。目の前の世間知らずの女がまたアナヤアナヤと騒ぎ出しても面倒だ。

「俺達の報酬は?」労働者の質問。「誘拐が成功するにしろ失敗するにしろ、警備システムを破壊した時点で報酬は確実に出る」襲撃で生き残ればだがな。サイバネアイは内心でほくそ笑んだ。「とにかくあの小僧をなんとかできりゃ……いや、こっちの話だ。時間が無い、さっさと行くぞ」見学が始まるまで、1時間を切っている。

 労働者達はフロッピーを懐にしまい、配置へ向かった。「アカギ=サンは俺と一緒だ。来い」マツネが手招きをする。「ハイ」ホオヅキは答えた。説明は全部聞いたものの、結局何をすればいいのか、理解しきれていない。

 そんな彼女が何故この企てに参加しているのか。先日猛烈な吐き気のため恥ずかしく思いつつ男子トイレを借りた際、たまたま彼らが密談しているところに出くわしてしまい、誰にも言わず従えば働くよりもずっと多額のカネが貰えると丸め込まれた。カネは欲しい。カネは裏切らない。カイシャや工場への忠誠心もなく、仕事がなくなることは特に感慨はなかった。ホオヅキの価値観はシンプルだった。

 工場地下の格納庫。セキュリティシステムを管理するUNIXデッキの前に、マツネとホオヅキは居た。サングラスを掛けた屈強な警備員は柱に縛りつけられ、目隠しと猿ぐつわをされている。まるでヤクザのような恐ろしい顔と体格だったが、ホオヅキが話しかけて気を引いている間にマツネが後ろから殴りつけ、制圧した。「俺はカラテ5段なんだ」マツネは自慢した。

 フロッピーディスクをUNIXデッキに差し込むと、自動的にウイルスがシステムを侵食する。監視カメラの映像は、電流が止まった防護壁を乗り越えるヨタモノ達を映していた。「工場の連中には悪いが、俺にも家族がいるんだ。カネが必要なんだ」マツネは呟いた。

 家族。「ご家族ですか」「あんたと同じくらいの歳の娘だよ。ユマミって言うんだが、もうすぐ結婚するんだ。相手は中流家庭の、良い男さ」照れくさそうに、マツネは写真を差し出した。マツネと、娘であろう女性が写った写真。受け取り、ホオヅキは微笑んだ。「素晴らしいことです」マツネは続ける。「結婚式のためのキモノを仕立ててやらなきゃならねえ。だからさ」だから、この企てに参加したのだ。カネのために。カネは、幸せのために必要だ。

「そうだ。終わったら、君も式に招待するよ。娘の晴れ姿を見て欲しい」ホオヅキは頷いた。「ハイ、わたくしでよろしければ」結婚式。カチグミであったころには、何度か豪華絢爛な式に参加した。どこの世界でも、結婚は良いものだ。しかし、今の自分は着ていくキモノがない。貰えるカネで、キモノを買おうか。それとも、借りることはできるのだろうか?ホオヅキは夢想した。

 ズゥゥゥゥンッ!

 写真をマツネへ返そうとしたそのとき、突然、凄まじい音が聞こえた。「アナヤ!?」「あ、あれだ!」彼が指さした先には、工場の警備用のロボニンジャ(ニンジャとは、伝説上の超人のことだ)があった。肩には《4》の管理番号。工場に入社したときに説明を受けたが、動いているのは初めて見た。

『ドドドド、ドーモ、モーターヤブ、です』たどたどしい機械音声。誰に話しかけている?ホオヅキは呆気にとられ、マツネは訝しんだ。『モーターヤブ、は、皆さんに休憩を、与えます』妙だ。足を止めている。「エ?」ホオヅキが首を傾げたとき、モーターヤブがこちらにカメラを向けた。モーターヤブが腕を上げた。

ゴオウ!

 奇妙な音がした。ホオヅキは顔に猛烈な熱気を感じた。横を見ると、縛られていた警備員が炎に包まれていた。「アバーッ!?アババババーッ!?」警備員は……警備クローンヤクザは人型の炎になり、緑色の血液を噴出して藻掻いた後、動かなくなった。人が死んだ。父や母と同じように、焼け死んだ。「アイエエエエ!?」ホオヅキは腰を抜かした。

「なんだよ!?あんなのがいるなんて、聞いてないぞ!?」マツネはホオヅキを立たせる。ホオヅキは失禁していた。平時であれば恥ずかしさのあまりセプクしていたかもしれないが、今は気にしている余裕もなかった。

『モーターヤブ、は』モーターヤブの腕の角度が変わる。こちらを向いた。『皆さんに』《4》の文字が見えた。死を意味する不吉な番号。『休息を』マツネはホオヅキを、火炎放射器の射角の外へ突き飛ばそうとした。『与えます』だが一瞬遅く、可燃性の液体が吹き出し、2人を包み込んだ。「アバーッ!?」「ンアーッ!?」熱い。痛い。苦しい。息ができない。作業服が燃える。皮膚が、髪が、肉が燃える。のたうち回りたくとも、身体が動かない。沸騰する眼球は、マツネが崩れ落ちるのを見た。夢と同じ、無限に続くような苦しみの果て、ホオヅキの意識は途切れた。楽になれた気は、しなかった。

 アカギ・ホオヅキは死んだ。

2.

「ヒ……ヒヒィ……」モヒカンヘアーのその男の腕は、違法薬物を摂取するための注射痕に塗れていた。この日も、取っておきの違法メンタイをライターで炙って吸い、注射した。遥かに良い。そしてその足で、友人達とともにトラックに乗り込み、トーフ工場の襲撃に参加した。クールなチャカ・ガンと、「アナーキー」と書かれたTシャツを受け取り、着替えた。そして、望むがままに暴れた。労働者を撃ち殺し、警備員を殴り殺した。作りたてのトーフを貪るように食べた。そのうち仲間とはぐれ、妙なところに出てしまった。トーフがない。トーフはどこだ?トーフ食べ放題なのに、トーフがない。

 ふと前を見ると、妙なものがあった。巨大な何かの足跡。工場の奥へ続いている。その手前の床に、焼け焦げた死体が2つ。隣には倒れた女が1人。周りには、衣服の焦げた破片と、写真やフロッピーディスクが転がっている。女は死んでいるようには見えない。気絶しているようにしか見えなかった。「ヒヒ……?お、女?女だ!」男は欲望のままに踊りかかった。
 
 それを合図に、女の眼がカッと見開かれる。バネ仕掛けのように立ち上がり、バック転を繰り返した。直立不動の体勢で急停止したとき、その姿は一変していた。衣服を失い露出していたはずの肌は奇妙な装束で覆われ、陰鬱な眼は男を睨みつけていた。凄まじい憤怒を感じ取る。「ヒヒィーッ!?」恐慌状態に陥った男は、手に持っていたチャカ・ガンを横向きに構えた。アクションムービーやカトゥーン独特の危険な構えだ。正式な訓練を受けた者が見れば顔をしかめるだろう。男は躊躇なく引き金を引いた。BLAM!!

「イヤーッ!」シャウトとともに、女が消えた。「ヒヒィッ!?」驚きの声を上げるとともに、彼の至近距離に女が出現していた。否、タタミ数枚の距離を一瞬にして詰め、懐に飛び込んだのだ。壁に銃弾が着弾した。女にはカスりもしない。「イヤーッ!」続くシャウトで、女は右手の手のひらを、男が銃を持つ右腕に押し付けた。ぐっと力を入れる。それだけで、男は壁まで吹き飛んだ。「アバーッ!?」男はうめいた。口から内臓が飛び出そうな錯覚に陥る。銃はどこかに取り落としており、右腕は、あらぬ方向にへし折れていた。「アイエエエエ!?」男は悲鳴を上げた。

 その声で、女は……死んだはずのアカギ・ホオヅキは我に返った。両手の手のひらを見る。握り、広げる。生きている。それどころか、かつてないほどの活力が湧いている。手を顔に当てる。火炎放射で焼き尽くされたはずの皮膚は、火傷を負った痕跡一つなかった。それを認識した瞬間、猛烈に顔を隠したくなる衝動に駆られる。何か無いか。顔を隠せるものは。フラフラと歩き、その場に跪く。あたりのものを拾い、確かめる。そして最後に、目の前の人型の灰に……マツネであったものにチョップを突き刺すと、灰を顔に塗りたくる。これで顔が隠れた……気がする。満足気に、ホオヅキは笑みを浮かべた。「アイエエエエ!?」目の前の狂気的光景に、男は再び悲鳴を上げた。
 
 ホオヅキのニューロンに、次々と衝動が浮かぶ。走り回りたい。目に映る全てを破壊したい。目の前で喚く男を……黙らせたい。ホオヅキは男に歩み寄る。目の前で止まる。「ドーモ」衝動に突き動かされるままに、声を発する。アイサツだ。名を名乗らねばならない。「……わたくしは、アカギ・ホオヅキです」一瞬、なにか別の名を名乗る必要に駆られた気がした。彼女の名は、父と母に貰った他には、無いというのに。ホオヅキが訝しむ中、男の恐慌は頂点に達した。「アイエエエエ!ニンジャ!ニンジャナンデ!?」男は叫んだ。
 
 ニンジャ。ニンジャだって?何を奇妙な事を言っているのだろう。ニンジャ。伝説上の超人。誰が?「わたくしが、ニンジャですか?」口に出してみる。自分がニンジャになった。なぜか、しっくりと来た。
 
 「……っ!」またしても衝動に突き動かされ、手のひらを男にかざす。精神を集中させる。破滅的な気配を感じる。男の顔が引きつる。だがその瞬間、これまでで最大の、凄まじい衝動が彼女を襲った。ニューロンが荒れ狂う。《4》の文字。こちらを向く火炎放射器。燃え尽きる人間。カメラアイ。モーターヤブ。「……どこ?」問いかけが口をついて出る。「あのモーターヤブは、どこですか?」男に問う。「アイエエエ!?知らない!知りません!アイエエエ!」「言いなさい!」男の頭蓋を掴み、持ち上げる。骨が軋む音がした。「アイエエエエエ!知りません!でも、あそこに、足跡、足跡が!アイエエエエエ!」
 
 振り返る。確かに、モーターヤブのものと思わしき足跡が、工場の奥に続いていた。追いかけなければいけない。ホオヅキは男の頭から手を離す。男は尻餅をついた。「イヤーッ!」ホオヅキは大地を蹴り、連続側転で工場の奥へと向かった。残された男は、急性ニンジャリアリティ・ショックに耐えきれず、泡を吹いて失神した。

3.

 「イヤーッ!」側転を繰り返し、工場の奥へと突き進みながら、状況判断を行う。トーフエキスがへばりつき、廊下が火に包まれている。スプリンクラーは整備不足で動作していない。そして、死体。労働者の死体もあれば、先の男と同じTシャツを着た死体もある。労働者の死体には知った顔もあった。だが、ショックは少なかった。自分がニンジャとなったからだろうと、ホオヅキは納得した。
 
 KABOOOOM!!後方から爆発音が響く。ケミカル物質を充填したタンクが爆発し、破片がホオヅキに迫る。「イヤーッ!」ニンジャ第六感でそれを探知したホオヅキは、その場でバック宙を行い、天井を蹴った。錆びついたスプリンクラーが蹴り飛ばされ、金属部品がタンク破片を迎撃、空中衝突した。ホオヅキが走り去った直後、ようやくスプリンクラーは自らの使命を思い出したかのように、散水を始めた。
 
 更にホオヅキは走る。跳ぶ。壁を、床を、天井を蹴る。防火シャッターが降り、閉じ込められかけるも、勢いを殺さずにトビゲリを放つ。シャッターが粉砕される。ホオヅキの速度は落ちない。どこだ?奴はどこだ?ニューロンを衝動が駆け巡る。
 
 やがて、目前に工場の事務室のドアーが見えた。「イヤーッ!」蹴破り、突入する。人の気配を感じ、急停止してあたりを見回す。倒れた金属製の棚に身体を挟まれた男と目が合った。ニルヴァーナ社の本社から派遣されてきた、セッタイ要員だった。

「アイエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」ホオヅキを見た中年男は悲鳴を上げた。逃げようと身を捩るが、積み重なる大量の書類と金属棚は、彼の力では動かせないようだった。床には複数の足跡。また、男の顔は痣だらけだった。侵入してきた者達か、それとも虐げた工場の労働者かに囲んで棒で叩かれ、棚で圧し潰されたのだろう。

「モーターヤブはどこですか?」ホオヅキは冷淡に尋ねる。「《4》の数字がある機体です。答えなさい」近くにしゃがみ込む。「アイエエエ!知りません!助けて!」「そうですか」ホオヅキは彼から興味を失った。ふと入り口を見ると、燃え広がる火が事務室に迫っている。あちらから入ってきたということは、モーターヤブがいるとすれば、反対側か。ホオヅキは踵を返す。「アイエエエエ!助けて!助けてください!」放っておけば男は焼け死ぬ。なんの感慨もなかった。

「アイエエエ!チバ=サンを見捨てたインガオホーだ!わかってる!ラオモト=サンは私を許さない!セプクになる!それでも!」男は泣き喚いた。「私には家庭が!家族がいるんだ!帰りたい!アイエエエエエ!!」

 家族。残された家族。その言葉を聞いたホオヅキは、立ち止まり、振り返る。そして、男に近づいた。棚に手をかける。力を込める。筆やハシより重い物を持ったことが無かった頃の自分を思い出す。遅く帰ってきた父を母と共に迎え、三人でオーガニックトーフを食べた。幸せだった頃の思い出。

「イヤーッ!」ホオヅキのニンジャ筋力は、金属棚を軽々と持ち上げた。男は必死に這い出る。失禁しながら、涙を流してドゲザした。ホオヅキは棚を投げ捨て、男を見下ろした。男は震える手で、ポケットに手を入れる。「イヤーッ!」武器を警戒したホオヅキのケリ・キックが棚を蹴り飛ばした。金属棚が宙を舞い、壁と激突する。「アイエエエ!」ゆっくりと手を差し出す。男は、数枚の万札を握りしめていた。「こ、これを……お礼です」カネ。命の対価。

 ホオヅキはそれを無視し、事務室の出口を指差す。無論、火が迫っていない側だ。「逃げなさい。お金は、家族のために使いなさい」ホオヅキは告げる。「アリガトゴザイマス!アリガト!」男は走り去っていく。ホオヅキは床に落ちていた、折れたナイフを拾い上げる。男の背中めがけてそれを投げる素振りをし……腕をゆっくりと下ろした。ニューロンをかき乱す衝動は、殺戮を求めている。ホオヅキの理性はそれを押し止める。もっとやりたいことがある。そうだろう?深呼吸し、自分も事務室を出る。数秒後に、事務室に炎が広がった。

4.

 やがて、ホオヅキは工場の中央ブロックへと到達した。転がる死体は更に増え、壊れたスピーカーは合成マイコ音声を流し続けている。そこに、モーターヤブの巨体があった。火炎放射器から炎が放たれ、警備員とアナキストをまとめて消し炭に変えた。《4》の文字が見えた。眼の前が真っ赤に染まる。ニューロンの衝動は、最大限の力でホオヅキを突き動かした。「イヤーッ!」

 ニンジャ脚力を限界まで酷使したダッシュの後、トビゲリをカメラアイに叩き込む。『モ、モモモ、モーターヤブは』腕がこちらを向く。『休息を与えます』火炎が放たれた。一度、ホオヅキの命を奪ったそれが。つまり、ホオヅキはこの攻撃を……知っている。避けられないはずがない。バック宙を決めながら、冷静に戦力を分析する。今のケリ・キックではモーターヤブに致命傷は与えられない。ならばどうする?自問自答する。否。答えは出ている。その手段が、今の彼女にはある。だが、確実に決める必要がある。そのためには。

「イヤーッ!」着地の衝撃を膝のスプリングで和らげると、先のモヒカンの男が持っていたチャカ・ガンを構えた。ホオヅキは銃の使い方を知らず、また彼女に宿った衝動も、その知識を与えてくれなかった。故にホオヅキは、先程見たように銃を横に構え、次々に引き金を引いた。

 BLAM!BLAM!銃弾がモーターヤブに着弾する。無論、この程度のチャカ・ガンがモーターヤブの装甲に通じない程度のことはわかる。だが、狙いどおりだ。弾が切れたチャカ・ガンを捨てた。『ピガガガガーッ!』モーターヤブがこちらへ腕を向け、再びの火炎放射。「イヤーッ!」ホオヅキはブリッジでそれを回避した。火炎が行き過ぎると同時に、バネを効かせて身体を戻す。「イヤーッ!」更にその勢いで、先程拾った折れたナイフを、全力で投げつけた。ニンジャ膂力で放たれたナイフはモーターヤブへ到達し、メンテナンスハッチの接続部を破壊した。『ピガ!ピガガガガッ!』制御用UNIXが露わになった。

 モーターヤブはみたび、腕をこちらに向ける。「イヤーッ!」ホオヅキは先手を打ち、懐から取り出したそれを、ニンジャの武器であるスリケンのようにモーターヤブへ投げつけた。それは、フロッピーディスクだった。UNIXを破壊するウイルスが入ったフロッピーディスクは、制御UNIXのスロットへと吸い込まれる。『ピガガガガガガガーッ!?』ウイルスに制御UNIXを侵され、モーターヤブは苦しみ藻掻く。

 ホオヅキは、衝動に突き動かされるままに、手のひらをモーターヤブに向けた。モーターヤブの脚の関節が制御を失い、崩れ落ちる。ブザマなドゲザのような体勢になる。

「ガガガガガピピピピピ」モーターヤブが合成音声を発する。壊れかけたスピーカーから流れるそれは、まるで命乞いするかのように聞こえた。彼にそんな意図があったかは知らない。モーターヤブに意思などはないと、誰もが言うだろう。だが、ホオヅキは彼のその態度が許せなかった。操られていたから?機械に意思は無い?知ったことか。そんな理由で、許されるものか。ホオヅキは断言する。「あなたは、わたくしを殺しました。わたくしの仲間を殺しました」ホオヅキは人を信じない。それでも、人が嫌いなわけではない。

 お前は、殺した。仲間を殺した。訪れるはずの幸せを奪った。その報いを受けろ。ホオヅキの陰鬱な眼に、殺意が灯る。ニューロンの衝動が……ニンジャソウルが、ホオヅキ自身の意思とともに荒れ狂う。ホオヅキは衝動を制御することを、やめた。

「ジゴクへ落ちろ」
 
 彼女に宿ったニンジャソウルは、その魔力を……ジツを解き放った。かざした手から、超自然の爆炎が放たれた。カトン・ジツ。モーターヤブが、一瞬にして炎に包まれる。機体に残った燃料に引火し、耐火性の無いゴムパーツが溶け落ちる。《4》の塗装が溶け落ちる。『ガガガガガガーッ!』合成音はノイズまみれとなり、発声をやめた。やがて燃えるものがなくなり、モーターヤブだったものは黒焦げの鉄くずとなって転がった。
 
 同時に、ホオヅキは仰向けに倒れた。直感的に理解する。彼女のジツは、彼女自身の精神力を燃料にする。長い鬱屈した生活で弱りきった彼女のニューロンは、一度のジツでその全てを使い切ってしまう。
 
 それで十分だ。自分は復讐を果たした。もう思い残すことはない。アノヨへ、父と母の元へ行こう。ホオヅキは目を閉じた。

5.

「ンアーッ!?」突如としてニンジャ・アドレナリンが吹き出し、ホオヅキは目を覚ました。瞬きを数回繰り返す。周りを見渡す。工場にいる。アノヨではない。生きている。何故だ?

 理由はすぐにわかった。目の前に3人の人間がいる。うち1人が使用済みのアンプルを投げ捨てた。以前、工場の医務室で見たことがある。気付けに使う、ZBRアドレナリン。それを自分に注射したのだ。3人は全員、顔をメンポで隠し、ニンジャ装束を着ている。ニンジャ。自分以外にもニンジャがいることを、ホオヅキは知った。体格も装束の色も統一性はないが、ホオヅキのニンジャ視力は、3人が共通のエンブレムをつけているのを見て取った。クロスする2本のカタナのエンブレムを。
 
「ドーモ、我々はソウカイ・シンジケートのニンジャです」中央に立っている男が、代表としてアイサツを行った。黒玉色のニンジャ装束。青い眼光が輝く。「アイサツせよ」ホオヅキを促した。ニンジャにとって、アイサツは絶対の掟。アイサツにはアイサツを返さねばならないと、ホオヅキのニンジャソウルが叫んでいる。

「ドーモ……」アカギ・ホオヅキです、と名乗ろうとした。だが、口をついていたのは別の名だった。

「わたくしはデッドリーチェイサーです」

 致命的なる追跡者。敵か、自分が死ぬまで決して追跡を止めない者。それが彼女のニンジャネームだ。

「デッドリーチェイサー=サン。貴様には2つの選択肢がある」ニンジャは告げる。「栄光たるソウカイヤの一員として生きるか。ここで死ぬかだ」3人のニンジャのカラテは、デッドリーチェイサーのそれを上回っている。もし戦えば、誰かが乱入でもしない限り、デッドリーチェイサーは逃げることもできず死ぬだろう。

 ソウカイヤ。ソウカイ・シンジケート。ネオサイタマを牛耳るヤクザ組織であり、その一員となることの利点を、ニンジャが説明する。彼にはすまないと思うが、説明の大半が頭に入ってこないし、利点というものもよくわからない。ただ、ヤクザになった自分を想像し、何故だか愉快な気分になった。カネモチとして産まれ、トーフ工場でトーフを作り、ニンジャになり、ヤクザになる。変な人生だ。呪うべきものだ。だが、どうしてかはわからないが、おかしくて仕方ない。デッドリーチェイサーは笑った。こんなに楽しい気分は久しぶりだった。苦しくない。吐き気がしない。笑い続ける女の姿からは敵意こそ感じないものの、3人のニンジャは対応に困り、訝しんだ。

 一通り笑った後、正座の形に座り直すと、デッドリーチェイサーは目の前の3人のニンジャに告げた。「わたくし、ソウカイヤに入ります」そして、ドゲザした。美しいドゲザだった。10秒ほどで顔を上げる。「よろしくお願いいたします」
 
 デッドリーチェイサーは、ヤクザになった。ソウカイ・ニンジャになった。

6.

 デッドリーチェイサーは3人に着いていき、ヤクザマイクロバスに詰め込まれた。中には何人ものニンジャがいた。自分と同じくニンジャになったばかりと思われる者もいた。不安げにキョロキョロとあたりを見回している彼は「アナーキー」と書かれたTシャツを着ている。アナキストか、便乗で襲撃に参加したのか、その1人がニンジャになったのだろう。彼に対して、それ以上の感慨はなかった。自分が見逃したモヒカンの男の姿はなかった。生き延びただろうか。死んだだろうか。確かめる手段はない。
 
 サングラスをかけたヤクザが運転するマイクロバスは、やがて巨大なビル……トコロザワ・ピラーへと到着した。出迎えのヤクザは、運転手と同じ顔をしていた。いくつかのエレベーターを乗り継ぎ、荘厳な一室に連れ出される。何枚も積み上げたタタミに座るのは、黄金のメンポをつけた男。ヤクザ達は皆、彼にドゲザをした。デッドリーチェイサーもそれに倣い、彼に忠誠を誓う言葉を繰り返した。
 
 それから、ニュービー・ニンジャ達は集められ、数日に渡り、ソウカイ・ニンジャとしての訓練を受けた。カラテ訓練、スリケン訓練、それにジツの訓練。試しにカトン・ジツを放ってみたところ、標的のヤクザ……旧式クローンヤクザが一瞬にして灰となり、同時にデッドリーチェイサーは昏倒した。ZBRアドレナリンを動脈注射され、意識を取り戻す。教官のニンジャは『ノー・カラテ、ノー・ニンジャ』という言葉を口にした。ニンジャはカラテを極めた者が上をゆく。カトン・ジツを使いこなすためには、研鑽を積まなくてはいけない。
 
 訓練の日々を終え、ようやく解放されたデッドリーチェイサーは、トーフ工場の寮へ向かった。暴徒を防ぎきれず、ラオモト――あの黄金メンポの男だ――の息子を危険に晒したとして、工場の責任者はケジメやセプクとなったらしい。あのセッタイ担当の男も、任務を放棄し逃亡した責でセプクとなったそうだ。

 セプクによって罪は許される。だが、それでも運が悪ければ、残された家族は露頭に迷う。もし、あの場で死なせていれば、殉職として遺族には年金が支払われていたかもしれない。自分の選択は正しかったのだろうか?彼が持ち帰ったカネは、家族に届いたのだろうか?デッドリーチェイサーにはわからない。

 閉鎖された寮は警備一つされていないために、入り込んだ浮浪者達の住処となっていた。元の自室でイカを食べていた浮浪者は、彼女を見てギョッとした。「ドーモ、わたくしはデッドリーチェイサーです」アイサツをし、棚板を剥がして探る。化粧品や衣服は持ち去られていたが、隠していた万札の束は無事だった。それを見た浮浪者は悔しがり、ナイフを取り出し脅しの言葉を放った。「イヤーッ!」デッドリーチェイサーはチョップを振り下ろす。

「アイエ!?」毎日悪夢を見ていた二段ベッドが真っ二つになり、浮浪者は腰を抜かして失禁した。カネが手に入った。戻ってきた。教育の過程で教えられたところによると、真のソウカイ・ヤクザにとってこの程度ははした金だ。でも、カネはカネだ。だからこれは必要なときまでは取っておこう。そう決めた。「イヤーッ!」カネを懐にしまうと、デッドリーチェイサーは窓から飛び立った。もう2つ、行くところがある。浮浪者は失神した。

 サイバネアイの男は、荷物をまとめてキョートへヨニゲの準備をしていたところだった。工場襲撃とラオモト・チバ誘拐計画は成功とは言い難いが、セキュリティ対処の担当であった彼には関係ない。利用した連中は皆死んだ。そいつらに行くはずのカネは回収した。ヨニゲのために殆どを使ってしまったが、まだ若干の余裕はある。だがそこへ、突然女が現れた。奇妙な装束に、顔には塗りたくった灰。「ドーモ、わたくしはデッドリーチェイサーです」女はアイサツした。

「アイエ!?お前は、確かあの工場の……」「イヤーッ!」デッドリーチェイサーは踵落としを目の前のトランクケースへ叩き込んだ。ジェラルミン製のケースは一撃で真っ二つになった。「アイエエエエ!?」「カネを出しなさい」悲鳴をあげながらも抗議する。「ニンジャ!?ナンデ!?カ、カネは俺のものだぞ!」「わたくしと、マツネ=サンのカネです。あるはずです」デッドリーチェイサーは静かに言った。

 サイバネアイは失禁した。渡さねば殺される。「ドーゾ」札束を1つ差し出した。「イヤーッ!」デッドリーチェイサーはチョップでタンスを破壊した。「アイエエエ!?」「足りません。マツネ=サンのカネを出しなさい」「つ、使ってしまったんだ!ヨニゲのために!もう無い!で、でも!」

 サイバネアイはデッドリーチェイサーへ、1枚のフロッピーディスクを差し出した。「例のウイルスの残りだ!こいつを売ればカネになるぞ!どうだ!?」「……アリガトゴザイマス」これ以上は埒が明くまい。そう判断したデッドリーチェイサーはディスクを受け取り、恭しくオジギをすると、踵を返す。「イヤーッ!」窓から飛び立ったニンジャを呆然と見送ったサイバネアイは、壊されたトランクケースを見て途方に暮れた。ヨニゲはできても、向こうで食っていくためのカネがなくなってしまった。

 そのとき、ドアが強引に破られた。「アイエ!?」またニンジャか!?違う。普通の人間だ。デッカーとマッポ。つまり、警察だ。「ドーモ、ネオサイタマ市警です。トーフ工場襲撃の件で、ご同行願います」「アイエエエエ!?」

 フナヤ・ユマミ……数日前まではマツネ姓であった彼女は、泣きはらした目でテレビの映像を見ていた。ニルヴァーナ・トーフ工場の襲撃事件で、多くの人間が命を落とした。彼女の父もだ。死体は見つからなかった。

 ビーッ!ビーッ!呼び鈴が鳴る。チェーンをかけたままでドアを開けると、見知らぬ女が立っていた。黒いスーツ……ヤクザスーツを着ている。ユマミは身構えた。

「ドーモ。アカギ・ホオヅキです」「ドーモ、マツネ……いえ、フナヤ・ユマミです。……あの、どなたでしょうか?」

 陰鬱な目つきの女に、ユマミは怪訝な顔をする。ホオヅキは分厚い封筒をユマミに押し付けるように渡した。「お父様からです」「エ!?」「ご結婚、おめでとうございます」女は踵を返した。「ま、待って!」

 チェーンを外してドアを開けるも、女の姿は消えていた。封筒を改めると、万札の束が1つと、端が焦げた写真が入っていた。父と自分が写っている写真だ。「お父さん……!」ユマミはその場に蹲り、嗚咽した。様子を訝しんだ夫が、慌てて駆け寄った。

エピローグ

 ある日、デッドリーチェイサーはトコロザワピラーへ呼び出しを受けた。指定された会議室には、2人のニンジャが待っていた。そのうちの1人、頭からUNIXのケーブルを生やし、見たこともない派手な服装をした女が、彼女にアイサツをした。

「ドーモ、ライトニングウォーカーです」ライトニングウォーカーと名乗った女ニンジャは、もう1人の女ニンジャを促す。そのニンジャも、デッドリーチェイサーにアイサツを行った。デッドリーチェイサーは、微笑みとともに、2人にアイサツを返した。「ドーモ、わたくしはデッドリーチェイサーです」(「ブレイン・チェイス・イン・ニルヴァーナ」終わり。「ザ・サード・カラテ・ウィッチ」へ続く。)

ニンジャ名鑑

◆忍◆
【デッドリーチェイサー】
カチグミ令嬢として生まれ、マケグミ労働者に身をやつしていたアカギ・ホオヅキにニンジャソウルが憑依。
上品な物腰だが、眼差しは陰鬱で人間不信。そのバストは平坦である。
カトン・ジツは強力無比だが、現状彼女のニューロンはジツのフィードバックに耐えられない。
◆殺◆