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ファイナンス(企業財務)の基本㉙:「事業価値評価に関するトピックス」を軽く紹介してみた その3
前回は、事業価値評価について「知っておくと良いかも」ということのトピックスとして「DCF法以外の事業価値評価方法」について書きました。
今回は、「投資家への対応」について、書いてみたいと思います。
投資家への対応
これまでの記事を通じて「株式の時価総額が、企業価値に影響を与える」ということが、ご理解いただけたかと思います。
そこで今回は「株価に対して、企業か働きかける方法」として「企業が株式投資家に働きかける、代表的な二つの行動」を紹介したいと思います。
配当政策と企業価値
まずは、株式投資家にとってのリターンの1つである「配当」が、企業価値にどのような影響を与えるのかを見ていきます。(なお、株式投資家にとってのリターンはキャピタルゲインとインカムゲインであり、配当はインカムゲインに相当します)
ここで再び、「完全市場(法人税や資産の売買経費なし、すべての投資家は同質の期待をもつ、という仮想市場)」を考えてみます。(参考情報として、過去に完全市場を考えた記事リンクを張っておきます)
完全市場において、次のようなB/S(時価ベース)をもつZ社が配当することによって、株価にどのように影響を与えるか、考えてみます。
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Z社の総資産、総資本の市場価値は 2000万円であり、株主資本(すなわち株式の市場価値)は、負債(借入)がないとすると次のようになります。
Z社株式の市場価値 = 総資本 - 負債 = 2000 - 0 = 2000万円
発行株式数を2000株とすると、Z社の株価は、株式の市場価値を発行株式数で割ったもので、次のようになります。
Z社の株価 = 2000万円 ÷ 2000株 = 1万円/株
ここで、Z社が1株当たり200円の配当を決定したとします。
Z社は配当のため、200円 × 2000株 = 40 万円の現金を配当として株主に支払うこととなります。この配当を、手持の現金400万円から充当させるとすると、配当後のZ社のB/S(時価ベース)は、次のようになります。
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現金が減少することで総資産が減少し、総資本も減少し1960万円になることから、負債をゼロのままとして、配当後の株式の市場価値は次のようになります。
配当後の株式の市場価値 = 総資本 - 負債 =1960 - 0 = 1960万円
発行株式数は不変とすると、配当後の株価は次のようになります。
Z社の株価 = 1960万円 ÷ 2000株 = 0.98万円/株(9800円/株)
よって、配当前と比較して、200円株価が低下します。
以上より、「株主のリターンの配当による変化は、配当の変化 + キャピタルゲインロス(株主資本の減少)= 200円 - 200円 = 0となり、配当により配当収入は増えるが、株式の値下がりにより相殺されて、リターンには変化がない」ということになります。(株式投資家にとってのリターンは、キャピタルゲイン + インカムゲイン)
これをまとめると、次のようになります。
完全市場下では、株価や企業価値は、企業の配当政策によって影響を受けない
配当政策によって企業価値や株価が変化しないとすれば、経営者が投資家に対して報いるには、どうすれば良いのか?ということになるかと思います。
企業は、「企業が行うさまざまな投資活動の集合体である」という考え方に基づけば、「企業価値を高めるためには、NPVがプラスとなるような機会に継続的に投資すること」が必要です。
すなわち、「NPVがプラスとなる機会があれば、手持ちのキャッシュを投資に回し、そのような機会がなければキャッシュを配当に回すことで投資家のリターンは極大化される」と考えることができます。
つまり、下記のように考えることができます。
完全市場下では、株価や企業価値は、企業の配当政策ではなく、投資政策によって影響を受ける
アメリカのベンチャー企業など、創業初期の企業が、収益率の高い投資機会がある限り、配当をゼロとして手持ちのキャッシュを極力新規投資に充てるという無配政策をとることが多いのは、上記の考え方をベ ースとしたもの、と考えられているそうです。
IR(Investor Relations)と企業価値
いきなりですが、「市場からの評価(株価)による企業価値」と、「経営者が自分なりに把握している情報からDCF 法で算定した企業価値」に「ズレがある場合」を考えてみたいと思います。
株式の投資家も、投資家なりの情報を元にDCF法で評価した結果、今の株価がついているという前提に立てば、投資家と経営者の企業価値評価のズレの原因は、以下のどちらかということになります。
想定している将来FCFが違う
想定しているリスクの値が違う
この2つの認識の相違を埋めるための働きが、「企業のIR活動」となります。
(自分は恥ずかしながら、これを勉強して学ぶまで、IR活動をただの報告くらいにしか思っておりませんでした)
すなわち、IR活動は、単に財務諸表を誠実に公開する(もちろん、このこと自体は非常に重要です)だけのものではない、ということになります。
IR活動は、自社が営んでいる事業が将来生み出すキャッシュの想定や、自社の抱える(と、経営者が判断している)リスクを、投資家に正しく理解してもらうための活動です。
具体的なIR活動としては、業績予想の開示、業績予想に影響を与えると思われる事象の開示などを行います。
また、経営者が現在採用している事業戦略やビジョンについて投資家と共有することは、単に投資家に事業目的に共鳴してもらったり、戦略を支持してもらったりというだけでなく、投資家から見たリスク(不確実性)を減らす、という意味もあるそうです。
そして、IR 活動は「企業側から発信して終わり」ではありません。
投資家の声(将来のFCFをどうみているか、リスクをどうみているか)に耳を傾けることで、企業活動をブラッシュアップすることがIR活動の価値となります。
余談ですが、自身のサラリーマン人生においても、上司や会社メンバーに対するIR活動は大切だなと感じました。
今回は、ここまでにします。
次回、ファイナンスにおける「計算」をわかりやすく学べるコンテンツを紹介します。