健康のありがたさ
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『身体の中の痛みは伝わらない』慢性片頭痛 ー病院編ー
だいたい中学3年生の春前後。病院に通うのを辞める少し前の話です。
もう毎日1日中『片頭痛』と付き合っている日々だったので、当然学校にも行けていませんでした。
一日の中でお風呂とトイレだけ、
足にコロコロが付いた椅子に寄りかかりながらゆっくりと移動するのみで他はずっとベッドの上で寝たきり生活でした。
『片頭痛』の痛みというと、脳みそをえぐられるような、握りつぶされるような…そんな痛みで、痛みを紛らわすために自分を殴ってみたりとか色々やってました。
学校へのお休みの連絡はいつも母がしてくれていたのですが…まだこの時は電話での連絡だったので、
普段は超が付くほどに明るい母が、泣きながら先生に電話をしている声が聞こえた時はもうダメだ…って、
精神的な辛さももちろんあったけど、何より痛みから解放されたくて
飛び降りることも想像したりしましたが、この高さなら骨折程度で終わると思うし、と結局想像だけで終わったり。
何度も何度も母と泣いて、ぶつかりました。
いつも一番近くで支えてくれていた、一番信じていた母が、
自分を心療内科へ行くように説得されたときは本当に辛かったです。
(心療内科が悪いというわけではなく、頭痛はそこからではないと確信していた為です)
そんな中でも頭痛の波はあるので、なんとか動けそうな日にたまに学校に顔を出すと同級生たちが
みんな温かく迎えてくれて…。本当に嬉しかったです。
中学三年生というと、みんなは受験があるから勉強に力を入れて自分の事だけでも手一杯なはずなのに、
みんな色々な場面で支えてくれて…。
田舎の学校なので小学生の時からほぼメンバーが変わらずの1クラスなので、クラス仲が凄く良くて。あのクラスで本当に良かった。
みんな本当にありがとう!!
Here and now, unfortunately, ends my journey on PixabayによるPixabayからの画像
そんな生活が数か月続いたある日、流れが大きく変わる日が来ました。
元々この時は既に病院から離れ、頭痛専門整体等に通ったりして、
時には四国から京都まで頭痛に耐えながら整体に行った時もありました。
だけど中でも一番変化が起きたのは、
母の閃きで行ってみることになった地元の整体。
恐らくここで抵抗を感じる方も中にはいると思いますが、
あえて正直に書きます。
『スピリチュアル』関係の整体でした。
この先生に、病院は辞めても飲み続けていた薬を全て辞めるように言われました。
どうやら薬物乱用頭痛(薬の飲みすぎによる頭痛)も同時に来ていたようです。たった半年欠かさず毎日飲んでいただけで、その薬が身体から完全に浄化されるには10年ほどは掛かるとも言われました。
施術も今まで受けてきたものとは全く違って、最初は不思議な整体だなぁと思っていたのですが、施術を受け終わると…
なんと頭痛が0になっていたんです!!!!
あんなに何をしても全く変化の無くて苦しかった頭痛が!!
この時の感動といったらもう…たまらなく嬉しかったです…
ただ家に帰って少しするとまた頭痛が出てきていたので、完治とは言えませんでした。
でも…でも!あの朝起きて夜寝るまで常に痛かった頭痛から解放される時間が出来たというだけでもうこれ以上ないほど喜びでした!
そこから通っていくうちに、生活環境や食生活などの指導もいただいて、
先生のおかげで重い片頭痛の日の感覚も広がってきて、ベッドで寝たきり生活から解放されました。相変わらず常に頭痛はある状態だけど、
自分で動くことが出来るってこんなに幸せな事なんだ…と実感しました。
ほとんどの人にとっては、自力で動くことなんて当たり前のことですが、
五体不満足の方や身体のどこかに不自由がある方にとっては当たり前ではない事。
世の中には当たり前ということはあるようで無くて、全て当たり前のように過ごせる毎日に感謝をする気持ちを持つようになりました。
…と今日はここで終わります!
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!!
また次のブログでお会いしましょう(*>∀<)ノ))★
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