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アイン・ランド『水源』を読んだら、ハリーがレイブンクローに組み分けされた《ハリー・ポッター》だった。

 アイン・ランドの『水源』を読みました。
 アイン・ランドはリバタリアンに信奉者が多いことで悪名高いです。山形浩生がユーモラスな書評で紹介してもいます。
 私もその存在を知りつつ、そのようなものとして、長らく等閑視してきました。

 ですが、名著であるヴァンス著『ヒルビリー・エレジー』に、アイン・ランドの名前が出てきました。本書はルポルタージュで、著者の自伝でもあります。著者が大学時代に出会った才色兼備の恋人に、「君はまるでアイン・ランドの小説のヒロインだ。ただし、性格も良いけどね」と言います。
 また、名作であるサリー・ルーニー著『カンバセーション・ウィズ・フレンズ』にも出てきました。著者の分身である主人公が、「もしかしたら、アイン・ランドの信奉者にでもなってたかも」と言います。

 「もしかして、英米ではアイン・ランドは《ハリー・ポッター》くらい読まれているのでは?」という疑問が萌しました。

 なので、実際に読んでみることにしました。
 アイン・ランドの代表作は『肩をすくめるアトラス』と『水源』です。『肩をすくめるアトラス』のほうが有名ですが、全3巻なので、『水源』を選びました。
 読んでみると、たしかに《ハリー・ポッター》でした。
 ただし、「ハリーがレイブンクローに組み分けされた《ハリー・ポッター》」でした。

 《ハリー・ポッター》では、ハリーがグリフィンドールに組み分けされます。スリザリンが敵役になります。そして、グリフィンドールの引き立て役として、ハッフルパフ寮生がやたらに死にます。
 『水源』では、主人公がレイブンクローの性格です。そして、ハッフルパフが敵役になります。また、主人公の引き立て役として、スリザリン気質の脇役が破滅します。

 主人公は建築家志望のハワード・ロークです。ロークは建築家として天賦の才を持っています。モダニズム建築を理想としていますが、旧態依然とした建築界には理解されません。物語は、ロークが大学を退学になるところから始まります。
 なろう系、異世界転生モノで、モダニズム建築チートを持っているようなものですね。出版年は1940年代で、作中年は20年代に設定されているため、読者はメタ的にロークと敵役たちの是非が分かります。その安直さも異世界転生ものらしいです。
 第1部では、ロークが天才を発揮しては、世間の無理解に遭う展開がひたすら続きます。「お前、何をしている!」「何って… 不必要な装飾を外しただけだが?」「馬鹿者! ファサードには装飾を付けるものと、伝統で決まっている!」(やれやれ。まだこの世界にモダニズム建築は早すぎたようだな…)というようなものです。
 世間の逆風の中、有名なコラムニストがロークの天才に気付き、後援者になったりもします。異世界転生モノで、有力な商人や地方貴族が、主人公の後援者になるようなものですね。渡りの現場作業員が味方になったりもします。異世界転生モノで、腕自慢の傭兵が味方になるようなものですね。
 ドミニク・フランコンというヒロインが登場します。ドミニクは美人で、優秀で、資産家の生まれです。恵まれすぎているため、孤高を保っています。やはり、能力がありすぎるために異端視されているロークが天才であることに、独りだけ気付きます。これは、なろう系のヒロインですね。「(ザワザワ)あッ、フランコンのお嬢さんだ! 名門フランコン家の令嬢なのに、美人でA等級の建築評論家で、完璧っていうのはああいうひとのことを言うんだよな」「この騒ぎは?」「フランコンのお嬢さん。D等級の建築家が、とんでもない建物を設計しまして…」(…!? みんな、この凄さに気付いていない!?)というようなものです。

 後半は個人的に退屈でした。
 第3部で、新聞王のゲイル・ワイナンドが登場します。そして、ある事情により結婚したドミニクとワイナンドの関係に、物語が脱線していきます。ウェブ漫画の「政略結婚のはずが、実は…!?」ですね。
 全4部はそれぞれ登場人物の名を冠していて、終章が「第4部 ハワード・ローク」と題されているのですが、ロークの出番はごく僅かです。
 不自然に思ったため、ウィキペディアを見たら、やはりプロットを途中で変更したそうです。
 作者が途中から登場させた脇役に夢中になって、主役のことを忘れてしまう。なろう系ではありがちなことですね。
 真面目な話として、この後半にアイン・ランドの愚昧さがあります。
 後半では、ロークはすでに世間の評価を得ています。アイン・ランドが孤高の主人公を描くときは、主人公の障害となる敵役がいなくてはなりません。孤高の主人公を称賛しながら、それを単独で、あるいは成功後の姿で想像できないのです。
 アイン・ランドの人物造形は寓喩的です。ローク以外の主な建築家は、フランコンが古典様式、ホルクームがルネサンス様式、プレスコットがモダニズムの寓喩となっています。登場人物は善玉と悪玉、有能な味方と無能な敵に二分されます。しかも、物語は後半になるほど、善悪二元論の色合いを強めます。ある程度、抑制されていた敵役の描写はますます醜悪になり、命名も戯画的なものが増えます。
 アイン・ランドは無能な人間や衆愚を描くときは筆鋒が鋭いですが、主人公たちの描写は幼稚です。つまり、作中で能力主義を称揚しながら、無能しか描けていません。自分より劣る人間の評価は簡単ですが、自分より優れた人間の評価は困難です。それを考えると、アイン・ランドの能力の基準はかなり低いです。これは、ウェブ漫画の胸糞系と同じですね。
 しかも、その善玉と悪玉の対決も、裁判で主人公たちが演説することで済まされます。『GATE』において、国会の証人喚問でヒロインが演説するのと同じですね。もっとも、それも佐藤大輔の『征途』のパクリなのですが。

 登場人物の描写は寓喩的で、両極的です。諸々を勘案すると、アイン・ランドは複雑なことを想像できないのではないかと思います。
 エンライト、ランスィング、ワイナンドと、ロークの後援者の富豪は、全員が裸一貫から身を起こしています。ワイナンドは独学で博学多識になっています。人間の能力と成否は環境に依存します。ですが、アイン・ランドは生得的な能力で一元的に成否が決まるとしか想像できないようです。
 また、作中の味方役たちは、ほぼ一目でロークの天才に気付きます。異世界転生モノで、主人公の能力値を見た登場人物が、「な、なんだあの化物は!?」と言うのと同じですね。あるいは、ハリーの額の傷跡ですね。ロークのほうも、そうした味方役たちを一目で見抜きます。顕著なのが、ロークが従業員について、学歴や推薦状によらず、提出した図面だけで採否を決めるところです。それが不可能だから、労働市場において学歴や推薦状が利用されているのです。

 アイン・ランドの小説はリバタリアンの聖典となっているそうですが、一読してバカバカしいので、リバタリアンがバカだと思われそうです。もっとも、宗教右派は聖書を聖典としているくらいですから、いくらバカバカしくてもかまわないのかもしれません。
 しかも、『水源』は「ハリーがレイブンクローに組み分けされた《ハリー・ポッター》」です。それで内容は愚昧です。対人能力が欠如していて、学歴も高くなく、重要な仕事もしていないひとが、自尊心を守るために「理系」や「発達障害」をアイデンティに顕揚したりしますが、それと同じ憐れさを感じました。

 ここまで、さんざん腐しましたが、『水源』の前半はなろう系としてかなり楽しめました。
 とくに、ラスボスのエルスワース・トゥーイーのキャラが良かったです。《ハリー・ポッター》でヴォルデモートはスリザリンの出身ですが、トゥーイーはハッフルパフの出身です。全人類の平等と支配を目標に、愚民化政策の陰謀を画策します。しかも、眼鏡をかけた小男です。こうしたキャラの悪役は、私が知るかぎり、『1984』のオブライエンと『めだかボックス』の球磨川禊くらいです。もっとも、その誇大妄想的な目標に対し、やることがたかだか新聞社ののっとりなので、やはり愚昧なのですが。
 『肩をすくめるアトラス』は追放モノらしいです。またなろう系を読みたくなったとき、読んでみようと思います。

○詳細なあらすじ

・第1部 ピーター・キーティング

(冒頭は美文です)
 スタントン工科大学の1922年度生の卒業式の日、ハワード・ロークは退学になる。ロークは痩せて精悍な青年だ。ロークはキーティング夫人の家に下宿している。キーティング夫人は退学について、皮肉な喜びをもって、ロークの反応を期待するが、ロークはまったくの無感動だった。
 学部長はロークに出頭を命じる。ロークはラフな服装で出頭する。学部長はロークに退学に関する嘆願を期待するが、ロークは自分の進退に無関心だった。ロークは工学、数学で優秀な成績を収めるが、芸術史学は無視していた。ルネサンス様式の邸宅の設計の課題に、ロークはモダニズム建築を提出した。そのため、ロークは退学処分になろうとしていた。妥協を求める学部長に、ロークは大学には学びにきたのであって、学位は必要ないと答える。
 ロークの同期生にピーター・キーティングがいる。キーティングは主席卒業する。ロークが在学中に同窓生との交際を一切断っていたのに対し、キーティングはフラタニティをはじめ、学生自治会、陸上チームと、人脈を築いていた。キーティングは幼少期には画家になる夢を抱いていたが、母親の勧めで建築家への道を歩んだ。キーティングはロークの天才と人生に、畏怖と憎悪を感じていた。
 ロークとキーティングはニューヨークに上京する。フランコン&ハイヤー設計建築事務所は業界最大手だ。所長はガイ・フランコンだ。キーティングは首尾よくフランコン&ハイヤー設計建築事務所に就職する。
 一方、ロークはヘンリー・キャメロンの事務所を訪ねる。キャメロンはモダニズム建築の先駆だったが、いまは没落していた。貧窮し、卑屈になったキャメロンはロークを拒絶しようとする。だが、ロークの持参した図面を見たキャメロンは、ひとしきり図面を批判したのち、翌日から出勤するように命じる。
 キーティングは策略を巡らし、製図係のティム・デイヴィスの地位を奪う。キーティングには在学中からの恋人、キャサリン・ハルスィーがいた。キャサリンは無欲で純粋無垢だ。キャサリンは能力はあるものの、高卒で叔父の秘書を務めていた。その叔父を頼って上京していた。叔父は建築評論家のエルスワース・トゥーイーだ。
 キャメロンとロークは貧窮の日々を耐乏する。
 キーティングは設計主任のクロード・ステンゲルが独立するように策略し、その地位を簒奪する。だが、キーティングは設計の初仕事で不安にかられる。キーティングはロークを訪ね、その助言を仰ぎ、設計を成功させる。キーティングはロークの貧窮を知り、フランコン&ハイヤー設計建築事務所に移籍することを勧めるが、あえなく断られる。
 キャメロンはロークにワイナンド系列新聞の低級紙『バナー新聞』を見せる。殺人事件、星占い、教会の説教、料理コーナー、赤ちゃんコンテスト、等々。キャメロンはこれが自分たちの苦難の理由だと言い、こうしたものと戦うことがロークの使命だと言う。
 トゥーイーは一般向けの建築史の解説書『石の垂訓』がベストセラーになっていた。『石の垂訓』はにわか知識人に人気を得ていた。
 キャメロンは卒中を起こし、引退する。ロークはキーティングの推薦で、フランコン&ハイヤー設計建築事務所に製図係として就職する。ロークは改悪された最終的な図面に苦痛を覚える。一方、キーティングはロークの下図で成功を重ねていく。ロークは現場作業員で電気技師のマイク・ドニガンと知りあい、意気投合する。
 キーティングの不在中、フランコン&ハイヤー設計建築事務所に800万ドルの依頼が持ちこまれる。フランコンはロークに設計を指示するが、ロークの非妥協的な姿勢のために、ロークは解雇される。
 ロークは軽薄才子のゴードン・L・プレスコットの事務所で面接を受け、不採用になる。数ヶ月、建築事務所の求人に応募しては、不採用になる日々を過ごす。
 ジョン・エリク・スナイトの事務所にロークは採用される。スナイトの事務所には「古典屋」「ゴシック屋」「ルネサンス屋」「いろいろ屋」という設計者がいて、ロークは「モダン屋」として採用されたのだ。
 キーティングとキャサリンは建設現場作業員ストライキの集会を見物する。ストライキでは高級紙『コロニクル(※ママ)』の有名コラムニストのオースティン・ヘラーが演説していた。また、トゥーイーが演説していた。トゥーイーは団結の美徳を説く。キーティングたちは、それに人間の意志を超えた巨大なものを感じる。
 フランコンの娘、ドミニク・フランコンは『バナー新聞』で辛口の建築コラムを書いていた。ドミニクはメンズスーツを着た、金髪で灰眼の美女だ。ドミニクはフランコン&ハイヤー設計建築事務所の実績にも毒舌を振りまいていた。
 ラルストン・ホルクームはアメリカ建築家協会の会長だ。ホルクームは俗物でルネサンス様式を称賛している。ホルクーム夫妻のパーティーでキーティングはドミニクと会う。キーティングはドミニクの毒舌の洗礼を受ける。
 スナイトの事務所にヘラーが邸宅を依頼する。ヘラーは建築の知識はないものの、数件の建築事務所に設計案を提出させながら、そのすべてが不満足だった。ロークはヘラーの意を汲み、設計案を作成する。それはスナイトによって改悪される。スナイトに最終的な設計案を見せられたヘラーは、わずかながら不満を示す。ロークはその場で図面に加筆し、スナイトに解雇される。ヘラーは依頼を取り下げ、呆然とするスナイトの前で、ロークに再依頼する。そしてロークに500ドルの小切手を切る。ロークの事務所の誕生だった。
 アルヴァ・スカーレットはワイナンド系列新聞の編集主幹だ。凡人でドミニクの上司だ。ドミニクはスラムに関するシリーズ記事を書き、パーティーでは資産家の悪口を振りまき、ソーシャルワーカーの会合では貧民の悪口を振りまく。アルヴァはどうして逆にできないのかと嘆く。父親が資産家で、頭が良く、美人のドミニクは破滅主義的な生活を送っていた。
 キーティングとドミニクは接近する。キャサリンはキーティングに結婚を申しこむ。キーティングは一時は応じるが、母親に、出世のためにはドミニクと結婚しなければならないと強請され、ひとまず延期する。無論、キーティングとキャサリンが結婚することはなかった。
 ヘラー邸は嘲笑され、見世物になった。だが、無知な自動車整備士であるジミー・ゴウエンはヘラー邸を見て、ロークにガソリンスタンドの建設を依頼する。ロークの事務所は閑古鳥が鳴いている。ヘラーのファンであるウイルモット夫人が、ロークにカントリーハウスの設計を依頼するが、それがチューダー様式であるために、ロークは断る。ウイルモット夫人は半可通の知識でロークを罵る。ヘラーの紹介でムンディが私邸の設計を依頼する。それがムンディの思い出の再現であったために、ロークは断る。ジャンス=スチュワート不動産会社がオフィスビルの設計を依頼する。ロークは社長のジャンスにモダニズムの美を理解させるものの、役員会の反対で設計案が却下される。
 件のガソリンスタンドを見たジョン・ファーゴが、ロークに斜陽のデパートの社屋再建を依頼する。
 かつてキャメロンにオフィスビルの設計を依頼したホイットフォード・サンボーンが、ロークにカントリーハウスの設計を依頼する。サンボーンはロークのモダニズムを喜ぶ。だが、設計中、建設中にサンボーン夫人がたびたびの反対、妨害工作を行う。サンボーン夫人の改築の要求を、ロークは拒む。その上、起工後の設計変更と改築を自費で行う。結果として、ロークは赤字だった。サンボーン夫人はカントリーハウスに住むことを拒絶。家庭不和で疲弊したサンボーンも同調する。ロークがすげなくした娘も同調。意外にも、不良息子だけがカントリーハウスを好いて、独り住みついた。
 コスモ=スロトニック社の自社ビルの設計コンテストが行われる。世界最大規模の高層建築だ。キーティングはやはりロークの助言を頼る。
 ファーゴのデパート、ファーゴ・ストアは倒産する。ロークの事務所はついに倒産の間際までいく。独立不羈の石油王であるロジャー・エンライトが住宅開発計画、エンライト・ハウスの建設を発表する。ロークはエンライトの秘書に面会するが、門前払いされる。サンボーンの不良息子の友人であるヴァイデュラーが、ロークにマンハッタン銀行の設計を打診する。
 ドミニクはキーティングを振りまわす。キーティングが結婚を申しこむと、自分を罰したくなったら結婚すると応じる。
 キーティングは共同経営者のルシアス・ハイヤーの横領の証拠を掴み、引退を脅迫する。心臓病を患うハイヤーはその衝撃で急死する。キーティングは呆然自失する。その上、ハイヤーは遺産相続人にキーティングを指名していた。キーティングはコスモ=スロトニック社のコンテストに優勝する。
 ロークのマンハッタン銀行の設計案の採決はたびたび延長される。ロークは人生で初めて不安を抱く。成功者となったキーティングはロークを訪ねる。キーティングはロークに500ドルの小切手を渡す。ロークはそれを口止め料としてキーティングに返す。キーティングはロークを罵り、打ちひしがれる。ロークはマンハッタン銀行の役員会に迎えられる。役員会は採決に難航した上、ただファサードを古典様式に変更すれば採用すると告げる。ロークは拒絶する。
 ロークの事務所は倒産する。ロークはコネティカットに去る。同じころ、マンハッタンの高層ビルの最上階では、フランコン&キーティング設計建築事務所の開所式が行われていた。

・第2部 エルスワース・トゥーイー

 ロークは生活のため、フランコン所有の花崗岩採石場で働く。別荘に逗留していたドミニクは、採石場でロークを見て神秘的な直感を得る。ドミニクは口実を設けては、採石場の労働者であるロークを別荘に呼びつける。ロークは無関心を貫く。だが、ある夜、ロークはドミニクを強姦する。ロークとドミニクは暴力を超えた理解で結ばれる。
(キていますね)
 エンライトはファーゴ・ストアを見て、ロークを招聘する。ドミニクが名前も知らないうちに、ロークは去る。
 トゥーイーは『バナー新聞』紙上で、コスモ=スロトニック社の設計案について、キーティングを絶賛する。キーティングは狂喜してトゥーイーと面会の予約をするが、その直前にトゥーイーが狙撃される。狙撃犯は彫刻家のスティーヴン・マロリーだった。マロリーは孤高の天才だ。マロリーとトゥーイーに接点はなく、マロリーは黙秘を貫いた。
 トゥーイーは無事だった。トゥーイーはキーティングと会い、友人になることを約束する。トゥーイーは前衛文学の女流作家、ルイ・クックを推奨する。キーティングとキャサリンの逢瀬について、トゥーイーは祝福する。「僕はトリスタンとイゾルデの話は好きですよ。もっとも美しい物語です。ミッキーマウスとミニーマウスの物語の次にね」。クックの『雲とかたびら』について、キーティングは理解できなかったが、トゥーイーが褒めるなら良いものなのだろうと考える。幸い、トゥーイーが書評を書いているため、自分も友人にどう推奨すればいいかは分かった。
 ロークがエンライト・ハウスの設計者に任命されたことが公表される。トゥーイーはエンライト・ハウスを黙殺する。クックが私邸の設計をキーティングに依頼する。設計はグロテスクなものだった。それは「知的実験」と称賛される。成功者となる一方で、キーティングは不安と恥の意識にかられるが、トゥーイーはそのことを肯定する。「自分が重要だという誇張した感覚を持つことほど罪深いことはないのだから」と。
 ドミニクはニューヨークに帰京する。ロークと会ってから、もはや破滅主義的な行動は取れず、自由ではなくなっていた。ドミニクは一瞬、アルヴァに辞職を申し出るが、すぐ撤回する。
 トゥーイーは若手建築家を集め、アメリカ建設者会議を組織する。キーティングが会長、プレスコットが副会長に就任する。会議に出席したドミニクはその本質を見抜く。キーティングはドミニクが変わったことを知る。キーティングは端的に「相手は?」と尋ね、ドミニクは「花崗岩採石場の労働者」と答える。ドミニクはキーティングに対し、「あなたはこの世で最悪のものでなく、最高のものなの」と言って拒絶する。
 ロークは事務所を再開した。エンライト・ハウスのため、ロークは多数の製図係を採用した。ロークは応募者とは面識がなく、推薦状も求めず、製図を見ただけですぐ採否を決めた。事務所では仕事に関する以外の会話はなく、だが、全員が意欲に燃えていた。
(いちいち書きませんが、これ以降、ヘラーが後援者としてロークを励ましつづけます)
 ホルクーム夫妻のパーティーで、ロークとドミニクは再会する。ドミニクはロークの正体を知る。企業家のジョエル・サットンがロークにすり寄る。歓談(「私はバトミントンが趣味で、ゴルフに時間を費やす連中のように凡庸ではありません」)を試みるサットンを、ロークはすげなくあしらう。キーティングはその様子に嫉妬を覚える。ドミニクはパーティーにいるロークを見て、採石場にいる以上に、ロークにとって侮辱的だと思う。トゥーイーは「人間の顔を見れば、その魂が分かる」という自論を失言する。トゥーイーはそれをとり繕う。「この世でもっとも高貴な概念は、人間の絶対的平等です」。
 ロークとドミニクはふたたび交際を始める。ドミニクはトゥーイーと対決する。トゥーイー曰く「あらゆる孤独は衆愚の高みにあります。だから、世間の人々は、その人物を彼らの友情の中に引きずり込むと喜びます。世間の人々を信じて、彼らが耐えられる以上の高貴さを課すことと、彼らをありのままに見て受け入れることと、どちらが親切でしょう。もちろん、親切のほうが正義より大事です」。ニューヨークの夜景を見せて、曰く「12人の天才がいなかったなら、この街は大昔と変わらなかったでしょう。我々は彼らの恩恵を受け、彼らの天才を受け入れます。あるいは、彼らは我々に、我々の能力を上回る、彼らの偉大さなど必要ないということを見せつけます。洞穴や火吹き棒のほうが、高層ビルやネオンサインより好ましいということを教えます。私がなぜロークを憎むのか? それは、私が人道主義者だからです」。
(愚昧です。科学の進展は個人でなく、知的環境から生じます。この誤謬については、クーン『科学革命の構造』が有名ですね)
 紙上でトゥーイーはロークを黙殺する。一方、ドミニクは激しい誹謗中傷を行う。ロークの孤高を保つためだ。ドミニクはローク批判の急先鋒に立つ。
 アメリカ建設者会議は会合を重ねていた。キーティングはその無益な会合に、次第に安らぎを感じていた。トゥーイーはキーティングに言う。「優しさこそ、我々が最初に守らなければならない唯一のものなのです。あなたがもっともつまらない人々、もっとも小さな人々、もっとも卑しい人々を愛せば、あなたの中のもっとも卑しい部分まで愛されるでしょう。そのとき、我々は普遍的な平等というものを知るでしょう。新しい世界、美しい新世界ですよ」。
 トゥーイー、エルスワース・モンクトン・トゥーイーはひ弱だが賢い少年だった。トゥーイー少年は弱者に優しくしたとき、ひとはもっとも支配力を持つことを知る。トゥーイーは宗教を経て社会主義に傾倒する。ハーバード大学に進学し、同窓生に勢力扶植する。ニューヨーク大学で修士号を取得したのち、トゥーイーは批評家になる。トゥーイーは書評では、都市より大地を題材にした小説、優れた人物より平均的な人々を描いた小説、健康な人々より病んだ人々に関する小説、プロットのない小説、英雄のいない小説を扱った。「ささやかな人々」に関する物語、「人間的な」作品、プロットより性格造形、性格造形より描写そのものを重視した。トゥーイーは天才的な助言者だった。恋愛相談には「失敗して良かったですよ。ひとには人生の早い段階でとり除かなければならない観念があります。自分が個人的に卓越しているという感覚と、性的行為に対する誇張された崇敬です」、進路相談には「ひとは自分が情熱を持つ分野では、幸福も成功も得られないのです。むしろ、現実的な気分でいられるように、自分が憎むような職業を選びなさい」。
 トゥーイーは多数の慈善団体に貢献していた。性生活にはまったく無関心だった。トゥーイーはとくに建築に関心があるわけではなかったが、建築批評は未開拓の分野だったため、斯界の権威となった。トゥーイーがキャサリンを秘書にしたのは、キャサリンが純真無垢で未来への希望に満ちていたからだった。
(トゥーイーと、養親である馬面で皮肉屋のアデライン叔母との応酬はかなり笑えます)
 トゥーイーはアメリカ建設者会議に加え、アメリカ作家会議、アメリカ芸術家会議なども組織していた。アメリカ作家会議の会長はクックで、会員は決して大文字を使わない作家、コンマを使わない作家、1000ページで一度もOを使わない作家、韻も韻律も使わない詩人、10ページごとにFワードを使う伊達男などだ。アメリカ芸術家会議の会員は、悪夢に見たものを描く画家、新しい絵画の技法を発見したと主張するもの、鳥籠やメトロノームを使って何かを表現するものなどだ。
 エンライト・ハウスが完工する。ロークは部下を能力だけで評価する。ロークの事務所の人間関係について、外部のものはひどく非人間的で、冷たく理屈っぽいと評する。だが、ロークと部下たちは強い信頼関係で結ばれていた。
 ケント・ランスィングがロークに高級ホテル、ホテル・アクイタニアの設計を依頼する。ロークは自分は役員会を通過できないだろうと言う。ランスィングは役員会は虚妄だと言う。ロークに代わり、ランスィングが役員会を説得する。
 ホップトン・ストッダートは2000万ドルの資産を持つ億万長者だ。トゥーイーに私淑している。ストッダートは末期が近付き、宗教探求をしている。その挙句に、あらゆる宗教のための寺院の創建を計画する。トゥーイーは精神薄弱児の支援施設を建てることを進言していたが、突如翻意し、その計画に賛成する。そして設計者にロークを推薦する。トゥーイーはロークがホテル・アクイタニアの設計者になったことを知ったのだ。ロークは不審感を抱きながらも、世界最大規模の「ストッダート人間精神の殿堂」の設計を受注する。
 コスモ=スロトニック・ビルが完工する。式典のあと、トゥーイーはキーティングと話し、ドミニクと結婚すべきことを示唆する。「重要なのは事をなした人間ではありません。その事により恩恵を受ける人々なのです」「ひとは自己中心の誇り、自我を否定することを学んでこそ、君のちっぽけな性的欲望のような感傷をせせら笑ってこそ、偉大さに到達できるのです」「個人的な愛とは大きな悪なのです。なぜなら、それは差別の行為だからです。我々はすべてのひとを平等に愛さなければなりません」。それが式典に紛れこんだスリたちと、自身も同等だということを意味するとは、キーティングは分からなかった。
 アメリカ建築家協会では仮装舞踏会が行われる。出席する建築家たちは、それぞれが設計したビルの仮装をする。フランコンはフランク・ナショナル銀行、ホルクームは州議事堂、プレスコットは大穀物倉庫、キーティングはコスモ=スロトニック・ビルだ。無論、そこにロークの姿はなかった。
 「人間精神の殿堂」の設計で、ロークは彫刻家にマロリーを招聘する。マロリーは落ちぶれ、敵愾心に満ちていた。ロークに単純に作品を評価され、マロリーは震撼する。ようやくマロリーは理解者を得る。
 ドミニクがマロリーの彫刻のモデルになる。「人間精神の殿堂」の建設が進む。建設現場にはマイクもいる。ホテル・アクイタニアは資金難で建設中止になる。
 「人間精神の殿堂」は完工するが、公開中止になる。「人間精神の殿堂」はストッダートの理解を超越していた。トゥーイーはストッダートを説得し、ロークへの契約不履行、背任行為、損害賠償で提訴させる。また、紙上で批判し、ロークへの抗議運動を惹起させる。
 ローク対ストッダートの裁判が開廷される。傍聴席にはマロリー、ヘラー、エンライト、ランスィング、マイクという味方がいる。だが、裁判はロークの私刑だった。トゥーイーとキーティング、また、ホルクーム、プレスコット、スナイトが原告側証人として出廷する。最後に、ローク批判の急先鋒だったドミニクが出廷する。ドミニクは人類には「人間精神の殿堂」は不釣り合いだったと演説し、この演説こそ自分の「人間精神の殿堂」なのだと宣言する。ロークは弁護士を付けず、一言、「被告側抗弁辞退します」とだけ言った。
 ストッダートは勝訴する。ドミニクは『バナー新聞』を解雇される。
 キャサリンはソーシャルワーカーとしての仕事について、トゥーイーに不安を告白する。弱者への奉仕が精神的負担になっている。弱者に感謝を要求し、弱者の成功に反感を覚える。かつては純真無垢で、弱者の成功が自身の幸福でもあったのに、今では利己的で冷酷になっている。トゥーイーは言う。「ひとはあらゆる望みを捨てなければならない。ひとは他人との関係においてのみ、他人に何を奉仕できるかにおいてのみ重要だからね。君が貧しい人々に残酷な気持ちを抱いていると自覚したところで、どんな宇宙的悲劇が生じるんだい?」。
 キーティングは裁判で原告側証人となったことで、自己嫌悪を極めていた。キーティングはキャサリンに結婚を申し込み、街を出ようと言う。キャサリンもにわかに自信をとり戻す。キャサリンは自分でも意味の分からないまま、トゥーイーに宣言する。「もう、あなたなんか怖くない」。
 ドミニクがキーティングに結婚を申し込む。ドミニクはかつての約束を果たしにきたのだ。
 キーティングとドミニクは結婚する。
 ストッダートは損害賠償金で「人間精神の殿堂」を精神薄弱児の支援施設に改築する。設計者はアメリカ建設者会議に所属するキーティング、プレスコット、スナイト、オーガスタス・ウエッブだ。ウエッブは軽薄な若者だ。アメリカ建設者会議はすでにアメリカ建築家協会を上回る勢力になっていた。スナイトは機敏に移籍していた。キャサリンは支援施設の作業療法の責任者になる。キャサリンは怒りがちで、多弁になり、自身の仕事を慈善でなく「人間的改良」と語るようになっていた。かつての「人間精神の殿堂」のままの部屋では、「創造的時間」という名目で、精神薄弱児たちの芸術活動が行われる。精神薄弱児が壁にベタベタと貼りつけたフェルトを示し、キャサリンは「子供たちに創造的本能を満たさせること、自己表現の機会を与えることが大事なんです」と言う。

・第3部 ゲイル・ワイナンド

 新聞王のワイナンドは虚無主義に憑かれていた。
 ワイナンドはスラムから立身出世した。不良団のリーダーになり、手下に公共図書館から盗ませた本で独学した。ワイナンドはメディア時代の到来を予期し、三流紙『ガゼット』の使いになり、記者になり、編集者になった。
 『ガゼット』で、ワイナンドは不正選挙を取材し、清廉潔白な警部のパット・ミリガンを助けようとする。ワイナンドは自らを励ますため、心の支えにしてきた記事の記者に会う。記者はすげなく、「前に書いた記事なんか、いちいち覚えていないよ」と言う。ワイナンドは一言、「ありがとう」と言う。その一言はワイナンドの死亡記事だった。
 ワイナンドは政治ゴロが『ガゼット』を買収するのを手助けし、編集主任に収まる。そして、告発記事で政治ゴロを破滅させ、『ガゼット』の所有者となる。ワイナンドは『ガゼット』を『バナー新聞』に改名する。『バナー新聞』の創刊に当たり、ワイナンドは2つの募金キャンペーンを行う。1つは科学者、もう1つは殺人犯の内縁の妻のものだ。科学者には9ドル45セント、殺人犯の内縁の妻には1077ドルの募金が集まった。これを示し、ワイナンドは従業員たちに「『バナー新聞』の方針は分かったな」と告げる。アルヴァは唯一の『ガゼット』時代からの生え抜き社員だ。ワイナンドはアルヴァを大衆の反応のバロメーターにしていた。
 ワイナンドは新聞王になった。数年前から、ワイナンドは、金に物を言わせて、高潔で有能な人間たちを堕落させることを始めた。51歳の誕生日、ワイナンドは拳銃自殺を試みていた。
 ワイナンドはトゥーイーからの誕生日プレゼントを開封する。それは、マロリー作のドミニクの裸像だった。
 キーティングとドミニクは、表面上は平静だが絶望的な結婚生活を送っていた。
 ワイナンドは住宅開発計画、ストーンリッジ開発を企画していた。ワイナンドはキーティングにストーンリッジ開発を発注する。事実上の交換条件として、ドミニクとワイナンドは2週間のヨット航海に行く。
 ヨットの船上でドミニクとワイナンドは自分たちが同種の人間だと知る。
 ドミニクはキーティングと離婚、ワイナンドと再婚する。
 ロークは零細で建築家の仕事をしていた。ドミニクはロークにワイナンドと再婚したことを告げる。
(この部分はひたすらメロドラマなので、かなり省略しています)
 アメリカ作家会議の会合でハイル・アイクが戯曲を朗読する。「チャック《だから、どうしてビーバーでは駄目なのか? 人間はなぜ自分がビーバーより優れていると判断できるのか? ……》。ジェイクが急いで入ってくる。ジェイク《やあ。誰か、ジョージ・ワシントンの切手を持ってない?》。幕」。会合にはランスロット・クロウキーという新参者もいる。クロウキーは海外部門の通信記者だが、その外国訪問記がベストセラーになっている。戯曲は失笑されるが、トゥーイーは絶賛し、上演を約束、劇評家を付ける。トゥーイーはクロウスキーのベストセラーについて言う。「あれは君自身の卑小な人格のために、背景として世界的破滅を使用しています。だから素晴らしいのです。国際会議のときに、君がどれだけ飲むか。飢饉の土地で、君がいかに赤痢にかかるか。私は来月、小さな町の歯医者の自伝を大々的に宣伝します。実に立派な人物でしてね。なぜなら、彼の人生にはひとつも素晴らしいことがないからです」。「人々にイプセンの劇を見ることをやめさせるのは、私にはできません。ですが、君がイプセンと同じくらいに偉大だという見解を発表すれば、君とイプセンの劇の区別が付かないようにさせることは、できるのですよ」。
 ワイナンドは次第にドミニクに感化される。アイクの劇はニューヨークを席捲していた。アイクの劇を見て、ドミニクとワイナンドは絶望する。
(この部分も、やはり、かなり省略しています)
 ドミニクはワイナンドにトゥーイーのことを警告する。ドミニクにはトゥーイーの正体が分かっている。トゥーイーはワイナンド系列新聞すべてを奪取することを目論んでいる。しかも、それも手段でしかない。最終的な目的は、世界の支配だ。ワイナンドは失笑する。

・第4部 ハワード・ローク

 大学を卒業したばかりの若者が、人生が生きるに値するか迷っている。若者は渓谷に来る。若者は人間を軽蔑したくない。人間を愛し、賛美したい。だが、そこに来るまでに目撃した家並み、ビリヤード場、映画のポスターなどに暗澹となる。渓谷にリゾートの建物群が見える。それを見た若者は意気軒昂する。若者はすでに生きる勇気、人生に直面する勇気を得ている。そこにはひとりの男がいた。男はリゾートの設計者だと言う。若者は男に名前を尋ねる。「ハワード・ローク」。
 ロークはモナドノック渓谷開発会社のケイレブ・ブラッドレイから、リゾート開発の依頼を受ける。リゾート開発は意図不明だったが、ロークは依頼を達成する。マロリーも招聘する。ホテル・アクイタニアは無事、完工する。ある日、ロークはモナドノック渓谷保養地の真実を知る。ブラッドレイらが逮捕されたのだ。ブラッドレイらは初めからモナドノック渓谷開発会社を破産させるつもりで、大規模な投資詐欺を行っていた。そのため、悪名高いロークに依頼した。だが、ロークの設計によってモナドノック渓谷保養地は大々的に成功する。こうして、投資詐欺が発覚したのだった。世間はようやくロークを認める。
 中西部の都市が万国博覧会「諸世紀の行進」を企画する。その設計者に建築家8人を招聘する。ロークも選任されたが、単独でしか仕事しないと言い、拒絶する。代わりに、キーティングらが選任される。
 ロークは事務所を自らが設計したコード・ビルの最上階に移転する。そこからは、ファーゴ・ストア、エンライト・ハウス、ホテル・アクイタニア、かつてキャメロンが設計したデイナ・ビルが望めた。
 ワイナンドがモナドノック渓谷保養地を見て、ロークに私邸の設計を依頼する。
 ワイナンドは『バナー新聞』を良化しはじめていた。アルヴァはそのことに不安を感じていた。
 ワイナンドはロークを調査し、『バナー新聞』がローク批判の旗振り役を務めていたことを知る。ワイナンドはロークと対決する。ワイナンドとロークは互いを半身のように感じる。だが、ワイナンドが怒りを支配欲に転嫁したのに対し、ロークはそういうことはなかった。ロークが憎む唯一のものは無能さだ。ただし、ロークの場合、怒り、すなわち無能さへの憎しみは、自分の仕事を高めることにしか向かわなかった。ワイナンドとロークは友情を結ぶ。
 ワイナンドの前で、ドミニクとロークは初対面を装う。
 ワイナンドはトゥーイーに、紙上でロークに触れることを一切禁止する。
(これ以降、ワイナンドとロークがたびたび会って、互いをベタ褒めします。その部分は省略します)
 トゥーイーは2億5000万ドルの遺産相続人、ミッチェル・レイトンに『バナー新聞』株を買わせる。『バナー新聞』批判の世論が沸騰しはじめていた。ウエッブなどは町中に反対運動のステッカーを貼っている。レイトン邸からの帰り、トゥーイーはひとり哄笑する。警察官がトゥーイーを呼びとめる。トゥーイーは笑いながら「私を逮捕してください」と言う。「失礼しました。ひとりしかいないのに、大勢がいるように誤解してしまうことがありまして」。
 万国博覧会「諸世紀の行進」は失敗する。アメリカ建築家協会の主だったメンバーはプレスコットを除き、没落する。ウエッブが台頭する。キーティングはトゥーイーの寵を失っていた。キーティングは財産は築いたが、すでに老弊していた。キーティングは田舎の山小屋を借り、そこに通っては、ひそかに絵を描く。キーティングは本当は画家になりたかったのだ。
 政府が連邦公営住宅事業、コートラント住宅を計画する。史上最大規模の公共事業だ。キーティングは再起を賭け、トゥーイーに後援を依頼する。キーティングが手駒でなくなったトゥーイーは、ようやく本心を話す。「私は個性や独自性は信じていません。我々は誰もが代わりが利く。君が誰かにとって代わられてもかまわないのです。これが平等主義です。どうして私が君を今の立場に置いたか、分かりましたね? 余人に代えがたい、替えの利かない人間から、建築業界を守るためです。なぜ私がハワード・ロークと戦ったのか、分かりましたね?」。だが、コートラント住宅の設計には技術的困難があり、それを解決できる建築家なら、もはや誰でもよかった。
 キーティングは恥を忍び、ロークに助けを求める。ロークは設計案を一切変更させないという条件で、キーティングにそれを渡す。キーティングはその理由を尋ねる。金のためでもない、公共のためでもない。キーティングは自らそれに答える。「君は、この住宅を設計することを愛することができる」。ロークは公共事業に関する折衝などできないため、キーティングにそれを託したのだ。
 別れ際、キーティングはロークに自作の絵を見せる。ロークは一言、「ピーター、遅すぎる」と言う。ロークは初めて憐憫の感情を覚える。そして、このような感情が美徳と呼ばれる世界は、間違っていると思う。
 ワイナンドはまだ自社ビルを建てていなかった。ワイナンドはロークに、自身の記念碑であるワイナンド・ビルの設計を依頼することを約束する。
 キーティングは街頭でキャサリンに再会する。キャサリンは大義名分を笠に着た、傲慢なソーシャルワーカーになっていた。
 ワイナンドとロークはヨット航海に行く。ロークはキーティングを見て、スタントン工科大学の学部長と面会して以来、ようやく世間の人々の原則が分かったと言う。それは無私だ。人生の目的を他人に置くこと。名声、賞賛、羨望。信念でなく、信念があると他人が信じること。それは自己を破壊し、捨てることだったのに、世間はそうした人物を自分勝手と呼ぶ。すべての卑劣さの原因は自分勝手でなく、自己の欠如だ。自分を優秀に見せるために、自分より能力のない人間を愛する。目的のためでなく、他人に金を見せつけるために、金儲けをする。それは、他人が使用した中古の生きかた、セコンド・ハンド的な生きかただ。セコハン人間だ。セコハン人間は事実や理想、仕事には関心がない。セコハン人間は「それは真実か?」を問わない。「それが真実だと世間は考えるだろうか」を問う。セコハン人間には現実がない。セコハン人間は理性を持たない。唯一絶対の悪は、自身の主な関心を他人に置くことだ。ロークは、そのことだけ、自己充足した自分を持っていることだけを基準に、友人を選んできた。
 セコハン人間でも最悪のもの。それは、権力を求める人間だ。
(数ページに及ぶ演説です。セコハン人間という造語により、俄然、怪文書らしくなります。しかも、この後、地の文でもセコハン人間という造語が使われるようになります)
 コートラント住宅は失敗する。準設計士にプレスコットとウエッブが加わった。キーティングは約束を果たせなかった。これはトゥーイーの陰謀でなく、ただ官僚主義によるものだった。
 ロークはコートラント住宅を爆破する。その際、ドミニクを共犯者にする。ロークは大人しく逮捕される。ドミニクは嫌疑がかからなかった。
 世論はロークに非難囂々となる。ワイナンドは世論に逆らい、『バナー新聞』でローク擁護を展開する。
 『バナー新聞』の不買運動が起こる。
 トゥーイーはワイナンド系列新聞ののっとりに動く。
 トゥーイーはキーティングに、ロークとの密約の証拠を提出させる。目的を尋ねるキーティングに、トゥーイーは「権力。世界の支配」と答える。
「ひとりの人間の魂の支配の仕方を学べば、全人類を支配できます。問題は魂です。鞭も銃も剣もいりません。シーザー、アッティラ、ナポレオンは間違っていました。だから、彼らは長続きしなかったのです。魂を奪われた人間は、自分から鞭打つように頼みます。無私無欲を教え、人間の高潔さ、自尊心を失くさせるのです。そうすれば、人間は尊敬できない自分自身に従うより、他人に従属することを選びます。次に、価値判断を失わせます。偉大さを認識する能力、偉大なことを為す能力を殺すのです。偉大な人間は支配されません。ただし、偉大さという概念を否定してはいけません。人間が自ずから偉大さという概念を殺すように仕向けるのです。人間に期待されること、人間が為すべきことの基準は、最低の能力の人間でも達成できる程度に引き下げます。神殿や寺院や聖堂を倒壊させても、世間の人々は怯えるだけです。そうでなく、凡庸なものを神聖なものとして奉るのです。そうすれば、神殿や寺院や聖堂は自然に壊滅するでしょう。笑い、冷笑を蔓延させることもいいでしょう。
 何より、幸福を否定することです。幸福は自給自足でき、自己完結的です。幸福な人間は自由です。幸福な人間はあなたに関わっている時間がないし、あなたが好きに利用できません。人間の魂を空っぽにするのです。利他主義が何よりの道具となります。古代から現代まで、人間支配はこれによって行われてきたのですよ。倫理、道徳、あらゆる偉大な体系。犠牲、断念、自己否定。我々は、ようやく幸福を罪悪に結びつけることができました。今や、自己犠牲を説く倫理や道徳は世界規模の力になり、何百万人もの人間を支配しています。無論、幸福を諦めて自己犠牲しろとは言っていません。幸福の代わりに、超越的幸福が手に入ると言っているのです。宇宙的調和、永遠の霊魂、神聖なる目的、涅槃、極楽、種族の優越性、プロレタリアート独裁。
 ただし、人間を支配しようとする人間に対する武器というものを、人間は持っています。理性です。だから、人々から理性をとり除かなければいけません。ただし、直接的に理性を否定しては、理性は悪だなどと言ってはいけません。ただ理性には限界があるとだけ言うのです。理性より上位のものがあると言うのです。本能、感覚、啓示、神から授かった直観、弁証法的唯物論。理解することより、感じること、信じることが大事だと言うのです」
「これが私がこの10年間、実践してきたことです。この世界では判断力は無用です。世論が判断するのですよ。ゼロまで下げられた平均値である世論がね。そして、君のような人間を理解する、私のような少数のものがそれを決定します。この世界では、君のような人間は王座に着きますよ。君のような人間、ちっぽけな人間が絶対的支配者になるのです。神と預言者と王を一緒にした絶対的支配者です。主人の威厳のない奴隷制、奴隷の奴隷である主人、偉大なる円環を描く奴隷制です。これこそ、全体的平等です。これが未来の世界です」
(10ページ超の演説です。キていますね。しかも、この誇大妄想的な演説で、実際にすることは、たかが新聞社ののっとりなのですから、なおさらキています)
 トゥーイーが『バナー新聞』にローク批判の記事を掲載する。ワイナンドはトゥーイーと、主だった責任者を解雇する。それは暴挙で、アルヴァが諫止するものの、ワイナンドは強行する。
 『バナー新聞』でストライキが起きる。『バナー新聞』は休刊の危機に瀕する。
 ドミニクがロークとの不倫を『バナー新聞』に報道させ、売上を回復させる。
 ワイナンドは役員会、組合と妥協する。
(この部分は、かなり省略しています)
 ロークの刑事裁判が開廷される。ロークは大演説を打つ。陪審員団は無罪を評決する。
(10ページ超の演説です。「創造者とセコハン人間の戦い」と言ったりして、かなりキています)
 ワイナンドは『バナー新聞』を初め、ワイナンド系列新聞の大半を廃刊する。『クラリオン』だけ残し、再起を誓う。トゥーイーは高級紙に移籍する。
 ワイナンド・ビルの建設が始まる。ドミニクは建設中のビルに昇る。その頂上に立つロークを見る。


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