見出し画像

母から受け継いだ、お屠蘇器

新しい年になりましたね。
今年は喪中なので、旦那の実家には帰省はせず。
10月に母が旅立ち、11月に四十九日、12月に実家全処分。
私は長崎が実家なので(だった)ので、10月から九州と
行ったり来たりでした。

二人だけの年末年始も久しぶりです。
東村山市に引っ越してきて20年。
コロナ禍で一度、そして今回が二度目の東村山での
年末年始。普段の東村山での元旦の神社の状況を初めて知りました。

今回は喪中ということもあり、なーんにもしない、つくらない
つもりでした。
が、、お屠蘇はやろうか、これは食べようか、などなど
旦那が言い出して、急遽、食べたいものだけ作ることに。
食材を戻す時間など、時間がないので、少しだけ。
伊達巻は小さすぎましたね。笑
サバの昆布煮は、義母から教わった旦那の好物。
数の子は、私が好きなもの。
塩抜きしてから味付け。
お節としては程遠いですが、二人なのでお皿にのらない分も
含めて、これで十分でした。笑

食べたいもの

そして、お屠蘇。
お屠蘇器は、実家でいつも母が使っていたものでした。
帰省すると、いつも用意してくれていました。
旦那の実家も九州なので、元旦に長崎にいることは
二年に一度くらいでしたが、年末にはいつも一緒でした。

実家を全処分にあたり、本当は近かったらもっと
色々持ってきたかったけれど、かなり絞って、その中でも
お屠蘇器は、これから先は、旦那の実家でのお正月に
なると思い、自宅で使うことはないかなあ?と思って
迷いましたが持ってきて良かった。
自宅でお屠蘇器を見ることができて、同時に
本当に、いなくなっちゃったんだなあと、、涙
しみじみしました。

以前、コロナ禍で帰省できなかった時は
お節づくりとお屠蘇は必須で、でもお屠蘇器が
周辺のどこにも売ってなくて、家にあるもので
作りました。
今年は、ちゃんとした?お屠蘇器で、お屠蘇を。
母から受け継いだお屠蘇器。
これからも大事に、大事にしていきます。

ありがとう。

いいなと思ったら応援しよう!