モンキーバイクが一番モンキーモンキーしてるものは?
モンキー好きによる、モンキー好きな人達だけに贈る記事です。あの頃「あんなバイクあったなー」「そいえば近所の○○君、あんな気合入れたカスタムしてたな」とか思い出して”ほっこり”して頂ければ幸いです。
バイクに乗らない、モンキー知らない方はスルーして下さいね。インスタ紹介の写真はばらけてますが、今はこんな風に改造してるんだなーと思っていただければ。
昭和のバイク斥候隊!カスタムブーム到来
愛好家たちによるカスタムブームから火がついて、全国区となったモンキー。この時にはすでに12V仕様となっておりました。純正以外(サードパーティー)の会社による、改造部品(カスタムパーツ)が軒並み現れて、カスタムパーツだけで1台作れてしまうほどでした。
これだけ部品が豊富なのはモンキーだけです。
1967年に国内発売され、シリーズ全体で66万台生産、50年続くロングセラーの歴史に少し触れてみましょう。 モンキーが初めて登場したのは、多摩テックの遊戯車両としてでした。
1961年(昭36)Z100
5インチホイール 前後リジットサス、樹脂製タンク 工具不要の折り畳めるハンドルで、時速15〜20km
1963年(昭38)CZ100型
61年型スポーツカブのエンジンを使い、6Lメッキタンク仕様。 1964年に欧州仕様で発表。(国内)多摩テックのみ 〜いよいよ国内販売開始〜
1967年(昭42)Z50M型
「ピクニックの必需品」がキャッチコピー。チェックのシート、赤いフレーム、白タンクで登場。後々出るアニバーサリーモデルの元祖! 1969年には、5インチホイールから8インチホイールに変わる。
限定車は持っているだけでも超貴重
車のホンダに関しては、やたら特別仕様車というものが出ているが、モンキーがその走りなのでは?と思います。何と言ってもタンクやフェンダー、サイドカバー、ホイールなどをメッキにし、3代続いたメッキモンキー、今度のアニバーサリーで4代目ですね。 ゴールドメッキを施したゴールドモンキーやホワイトモンキー、ブラックモンキー。
30周年、40周年、そして今年最後の50周年アニバーサリーモデルなどなど。通常販売モデルも個性豊かで、レーシングタイプのモンキーRやアップハンドルタイプのモンキーRT、おそらくこの時初めてハンドルが畳めないタイプだったんじゃないかと…。
オフロードタイプのモンキーBAJAや、リバイバルタイプのCB700、900、1100やCBXカラーなど、豊富なラインナップでした。 また、姉妹車であるゴリラは、「持っていくバイク」ではなく「目的地に行けるバイク」として大容量のタンクとキャリアを備え、モンキーと同様限定車が発売されたことにより、人気を二分しました。
エンジンはスーパーカブのエンジンを搭載したのはこのモンキー、ゴリラだけでなくダックスも有りました。ダックスホンダと車名が前にくる最初で最後のバイク! 横にしてもガソリンが漏れないタンクがフレームとなっており、前輪を外して車に搭載できるバイク。ダックスフントに似ているところから名がついたようです。
6vモンキー限定車
1979年(昭54)Z50J-Z
初代メッキモンキーと呼ばれた限定車
1982年(昭57)Z50J-B
関東限定発売。2代目メッキモンキー タンクに「TOKYO LIMITED」のロゴ、別名「東京リミテッド」この頃4速マニュアルに
1984年(昭59)Z50JーF
初代ゴールドモンキー。限定5000台
1988年(昭63)Z50J-J
通称「ホワイトモンキー」 ホワイトスペシャルエディション
1990年(平2)Z50J-L
通称「ブラックモンキー」 年間売り上げが好成績のウイング店のみ販売することが出来た。
12Vモンキー限定車
1996年(平8)Z50J-T
2代目ゴールドモンキー
1997年(平9)Z50J-V
モンキーSP(30周年記念モデル) 初期型Z50Mから販売30周年を記念してつくられた。カラー-リングは当時を反映したものとなっており、サイドカバーに記念エンブレムを装着した。
2000年(平12)Z50J-Y
ミレニアムイヤーを記念したリミテッドモデルで3000台限定販売だった。1970年のZ50Eをイメージしたカラーで、タンクエンブレムが立体のメッキ仕上げとなっている。 ~リバイバルブーム~
2001年年(平13)Z50J-1
当時流行っていたトラッカーバイクのFTR風カラー
2002年(平14)Z50J-2
CB1100Rをモデルとしたリミテッド。赤/白ツートーンカラー
2002年(平14)Z50J-3
CB750FORE(国産ナナハン第1号)をモデルとした限定車。パールコーラルリーフブルー
2003年(平15)Z50J-4
CBX400Fをイメージからーとしたモデル
2004年(平16)Z50J-5
CB900Fをモデルとして1982年AMAスーパーバイク デイトナ100マイルレースで優勝したフレディ・スペンサーのイメージカラーである。「スペンサーカラー」のSPモデル。2500台の限定車
2005年(平17)Z50J-6
3代目メッキモンキー。限定3000台の販売台数
2007年(平19)Z50J-7
40周年記念モデルで、初期型Z50Mのイメージカラー。30周年アニバーサリーとの違いで、特徴的なのは黒タンクで赤ホイール
2009年(平22)FIモンキー
30年ぶりのフルモデルチェンジを果たしたモンキー。タンクが新デザインとなっている
そして2019年(平27)誕生50周年 そして最後のモンキーが発売されます。
オートバイの部品を取り扱う卸問屋の営業をしていた27年前。今でいう「サードパーティー」と呼ばれるものを取り扱ており、その他自社ブランドをたち上げ、担当していたことも有ります。
当時はまだ社会人になりたてのころで、三度の飯よりバイクが好き!というほどでした。その当時、一大ブームを巻き起こしたオートバイがありました。 そう!モンキーです。 世界中で大ヒットしているオートバイですね。
スーパーカブのエンジンを使ったコンパクトレジャーバイクで、それ以前からも愛好家たちの手によってひそかにっカスタムブームが続いていましたが、私が勤めていた時には空前の一大ブームとなっていたのです。
会社の社長が大のモンキーフリークだったこともあり、会社でもカスタムが大流行。景気は悪くても、モンキー特需と業界ではそう呼んでいました。2017年4月。こんなニュースが飛び込んできたのです。
「モンキー生産終了」
車やオートバイにとっては、排気ガス問題は切っても切れない中。これまでモンキーは史上最強の低燃費のエンジンと呼ばれていた、スーパーカブのエンジンを搭載しておりましたが遂に…という心境でした。 ちなみに燃費は100km/l (半端ないエコの極地)
京都議定書
しかしなぜこの経緯に至ったかを調べてみたら、なんと! 「京都議定書」から来ていたんですね。「チーム-6%」「STOP!温暖化」がそれです。戦後日本は、復興に向けて工業立国として多くの工場を建て発展していきました。
そこで発生した問題が公害です。 水俣病やイタイイタイ病など未だに裁判をしている深刻な問題です。そして大気汚染!今の中国が問題視されていますが、かつては日本もそうでした。
以前より南極のオゾン層が破壊されてると言われており、紫外線がオゾン層で吸収されず、直接氷を溶かしている事が分かりました。そしてオゾン層はフロンガスが原因となったようです。(諸説あります)
フロンが増えると層が出来て、二酸化炭素が地球の温度が上げていくことで、氷が溶けて海面の水位が上がってくるかもしれない。(諸説あります)と叫ばれるようになり、良くないものは出さないように頑張ろう!となりました。
日本はここまで発展した背景に、先進国ならではの排気ガスをばらまき、これから経済発展する国は排気ガスを出さないわけにはいかないから、先進国が頑張ろうぜ!と出したのが「京都議定書」というわけです。
今までバイク法規制が緩かった理由
自動車の普及により排気ガスによる大気汚染も問題視され、排気ガス規制がかかっておりましたが、排気量の大きい車が対象でした。いわゆる省エネブームも排気ガス規制の一環で、今でも低燃費というフレーズは、車を売るときの常套句です。
燃費=排気ガス量ですからね。
排気量の小さいオートバイは自動車の販売台数と比較しても、対象から常に外れていました。 第二次規制である国際基準を導入した平成18年規制で大幅に変更せねばいけなくなり、4サイクル(4ストローク)エンジンの機械式燃料噴出機構であるキャブレターは、電子式燃料噴出機構であるインジェクションに変更されました。
もう設計からやり直しです。
それでも何とかシリーズ化していきましたが、2016年10月第3次規制とよばれた「平成28年規制」がかかり、環境に最もうるさいEUの規格「EURO4」と同等にしなければならなくなり、2020年には第4次規制がかかり「EURO5」と同等にすることが検討されています。 これによりメーカーは「開発できなくはないけど、一からやり直ししなければならず再開発コストを考えると…」とコメント。生産終了が決まりました。
いつかはまた出して欲しいものですね。
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