No.12『隣のずこずこ』
「村を破壊します。あなたたちは丸呑みです。ごめんね」二足歩行の巨大な狸とともにやってきたあかりさんはそう告げた。村を焼き、村人を呑み込む〈権三郎狸〉の伝説は、古くからこの地に語り継がれている。あれはただの昔話ではなかったのか。中学3年生の住谷はじめは、戸惑いながらも抗おうとするが――。恩田陸、萩野望都、森見登美彦が絶賛した、日本ファンタジーノベル大賞2017受賞作!
この本を手に取ったきっかけは本当に些細なことだった。別にTwitterで流行っていたわけでもないし、著者の大ファンだったわけでもない。初めて聞く名前だった。ただ表紙に狸が載っていたから、気になって手に取っただけ。でもまさかこんなに引き込まれるとは思わなかった。こんなにもアツくなって読んでしまうとは。帯に書いてある「恩田陸 萩野望都 森見登美彦 絶賛!」の文字だって、ハナから信じていなかったのだ。今時絶賛しない帯なんて無いんだから。
ただ手に取って最初に気になったのは、帯の下の方に書いてある「衝撃のディストピア・ファンタジー」の文字。衝撃のディストピア・ファンタジー?田舎を舞台にして?狸が出てきて?表紙だってこんなにも朗らかなのに?
でも読み進めていくうちに分かった。この本は本当に、ディストピア・ファンタジーだった。読みやすい文体で軽やかに始まるこの作品は、想像以上に緩やかな絶望がまとわりつく、苦しい世界だった。
山に囲まれた田舎の村「矢喜原」に住む中学3年生の住谷はじめは、ゴールデンウイークのある日友人の綾子から「権三郎狸が村に来ている」と電話が来る。…というところから話は始まる。
軽やかで読みやすい文章のため、最初の数ページ辺りだと「本当にこれがディストピアファンタジーなのかなぁ」と思う。僕が好きな作品は比較的重くてしんどいものが多いため、「あんまり好みじゃないかもなぁ」と。でも、そう思いながらも読んでいるうちにどんどん惹き込まれていく。ゆっくりゆっくりと、田舎特有のスローペースを崩さずに、空気が絶望的になっていく感じ。
権三郎狸が来て「村が破壊されてみんな死んでしまう」と知ってからの村人たちが少しずつおかしくなっていく、その描写がまた不気味で絶望的で、とても良かった。
まず権三郎狸のことをしっかり受け入れる村人がすごい。もちろん権三郎狸を直接見たから信じざるを得ないというのは分かるけれど、そこからの受け入れ方がすごい。「来てしまったものは仕方ない」と言って学校も閉じて仕事もしないで過ごしてしまうその感じ。そんなに受け入れられるもんなんだろうか。
それから、少しずつ狂っていく村人たち。おかしな言動を取る担任の先生と、高級肉を買い漁って毎日バーベキューをし始める綾子一家が特に不気味だった。ただでさえ怖いのに、田舎特有のスローで淡々とした空気で描かれるため、ますます不気味さを帯びていたなと思う。
少しネタバレになるが第3章ではじめが怒りに任せて行動するシーンがある。非常に気迫に満ちているシーンなのだが、それを難なくやってしまうはじめも充分おかしくなっていて不気味だ。
狸が来たからもうおしまいだ、死ぬんだということを、怖がってはいるだろうけれどあまりにもすんなり受け入れてしまう村人たち。もちろんその要素のおかげで最後に繋がっていくんだけど、それにしても。ああ、こりゃディストピアだ。ディストピアと言わざるを得ないなと思う。
最後まで読んだ後、改めて表紙を見ると「なんて絶望的な絵なんだ」と思う。ネタバレになるから言えない。言えないけれども。読む前は「爽やかな表紙だなぁ。十代向けの作品なのかな」なんて思っていたけれど、今見るとただただ絶望的な絵だ。
絵だけでなく、終わり方も絶望的で良い。言えない。ネタバレになるから何も言えないけれども。こんなに絶望的なのに、やっぱり最後まで田舎特有の、淡々とした感じがある。回収されずに残った伏線のようなものもたくさんあるが、回収できなかったのではなくしなかったんだろうなと思う。気になるところはたくさんある。でも謎は謎のままだ。それが良い。謎が残っていようがいまいが、権三郎狸が全て呑み込んで焼き尽くしてしまうのだ。それがとても不気味で、絶望的で、面白い。
この作品は、結局どういう意味を含んでいるのだろう、と読みながら考えていた。あとがきで森見登美彦さんもおっしゃっていたが、様々な解釈ができる作品だと思う。
例えば自分は、読みながら「権三郎狸が村を壊す=過疎が進んで村が消滅する」ということのメタファーなんじゃないか、というようなことを考えていた。権三郎狸がやってきて村を消し去ってしまうと、その周辺の集落に住んでいる人たちもみんなその村や村人のことを忘れてしまう。そんな描写が、現実の世界での限界集落にすごく重なるなぁ、と感じたのだ。
でも他にもいろいろな解釈ができるんだろうな、と思う。森見登美彦さんのあとがきでの解釈も非常に興味深かったし、面白かった。そして何より、森見登美彦さんの言う通り、この作品は、深読みしなくとも解釈しなくとも面白い。ただ目で文字を追いかけているだけで充分に面白い。
No.12『隣のずこずこ』
著者:柿村将彦/出版:新潮文庫