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No.11『あなたの頭を覗かせて』
「なんなの、馬鹿じゃないの、いい加減にしてよ」
そんな日常がひどく懐かしい。本当に、ただ眺めるだけ。
少なくともあの時、あの少女は死んでいた。
これは非常に大変だった。
「デュシャンのオマージュだよ」
※持ち出しの際は必ず保管管理者の許可を得てください。
(本文より抜粋)
あなたの深奥へ迫る、書厨たちの祝宴がついに実現。
2020年夏頃、Twitterで仲良くしてくれている人が「原稿を書いてくれる人はいませんか」と言っていたため何も考えずに軽い気持ちで挙手したところ「この画像に映っているものをテーマに何でもいいから文章を書いてください」と言われた。それが表紙に映っている不思議な赤い何かだった。
「なんかすごいものに参加しちゃったぞ」と思った一方で「面白いな」と素直に思った。そして自分なりに一生懸命書いて提出し、月日が経って、「完成しました」とこの本が手元に届いた。それが去年の12月上旬の話である。
他の人がどんな作品を書いたのかも気になっていたためすぐに開いて読みたかったが、それ以上に「自分の作品も載ってるんだ」と思うとなかなか読む勇気が出ず、今日まで大切に積み本入れに仕舞っていた。しかしこの度年も明けたため、勇気を出して読んだ。
どの作品もとっても面白かったし、自分の作品も、他の作品とはまた違った意味で面白かった。どれもとても良かったので、一つ一つ感想を書いておく。
「とりとめもないこと」千景
まず始めから素直に、この画像についてのシンプルな感想が述べられて、そこからスムーズに物語に入っていくのが綺麗で、すごいなと思った。
確かに「とりとめもない」物語で、それがまたいいと思った。素直で真っすぐな話。「抽象的なイラスト」を描いてきた後輩とのやり取りから、今の満足に外出のできない日々の一コマが、真っすぐに書かれていて、素直に「綺麗だな~」と思った。
一言で言ってしまうなら「エモい」で済んでしまうけれど、それで済ませるにはちょっともったいないなと思うような、真っすぐで「とりとめもない」話。
「僕らの秘密」ありよし
いつもTwitterで仲良くしてくれる、ありよしさんという人の作品。普段自分ではあまり読まない作風だったため、最初は「どうかな?」と思ったが、すごく面白かった。
主人公・神田大和は、ごく普通の高校生でありながら、裏の世界では正義の味方・ジェントルブラックとして活躍している。そんな神田の友人・代々木晃がある日、ジェントルブラックの敵が持つアイテム「ソウルシリンダー」を「拾った」と見せてきた…という物語。
途中までは真っすぐなヒーローものの小説といった感じで、ライトノベルのようにサクサクとしているな、と思いながら読んでいた。でも、最後がなかなか良くて、素直に「面白い!」と思った。こういうの、好きなんだよなぁ。タイトルの「僕らの」という部分が、こういう意味だったんだな、と後から響いて良かった。
「開く、流れる、閉じる」萌織
この人も、Twitterで仲が良い(と自分は思っている)人の作品。サラリと流れるようなエッセイだった。
画像から「蛇口を見ると、水道局員として働いていた父親を思い出す」というもので、暗くて痛くて悲しいけれど、水が流れるような美しい文章のエッセイだった。
萌織さんがたまにTwitterなどで家族や過去の話を少しだけしているのを断片的に見たことがあって、複雑な環境で育ったんだなとボンヤリ思ってはいたけれど、こんなに悲しくて切ない過去を持つ人だったんだなぁ、と思った。
酒乱で、酔って豹変してしまう父親。家族のためにはお酒をやめてくれなかった父親。他人ながら、酷い人だなと思う。でも、この父親のことを全て否定はしない。こうやって綺麗な作品を作り出す人をこの世に生み出した人なので。
「あまりに近くて遠いから」加川夏乃
この作品も、Twitterで仲が良い(と自分は思っている)人の作品。短くて爽やかな恋愛のエッセイだった。
中学校時代の淡い恋心が綴られたもので、とにかく爽やか。部活中、ウォータークーラーに水を飲みに来ながらも、片想い中のソフトテニス部の少年をチラリと遠巻きに見て一喜一憂する、本当に可愛らしい作品だった。
素直に「こういう爽やかな風景が頭の中で描かれるのって、いいな~」と思った。短くて文章も軽やかで、本当にただただ羨ましかった。自分の作品のすぐ後に載っているから余計にそう思った。良い。
「図書館の本は汚い」黒猫
この作品も、Twitterでとっても仲が良い(と自分は思っている)人の作品。図書館司書として働いている人が書いたもので、2020年から続く流行病と図書館の現状をうまく絡めた、過去図書館で働いていた自分からするとストレスでお腹が痛くなるような良い作品だった。
恐ろしい感染症が流行り出した中で、図書館では「アルコール消毒液で本を消毒できる機械」がたった5日間だけ設置された、という話。頭が痛くなるなぁ。
しっぽりと、派手とは言えない終わり方なのも、ものすごく良い。図書館ならではの厄介客を概念にしたような感じも良い。「図書館の本は汚い」って、よく借りる客こそ言うんだよなぁ、本当に。
「旅人アダンのさがしもの」一志鴎
この人が、この本を作り上げたまっどさんという人だ。
初めから途中までは、あまり自分が選んで読む作風のものではなかったため、少し慣れないな~と思いながら読んでいたのだが、終盤で一気に惹かれた。とても面白かった。
謎の奇病に悩まされている主人公のアダンが、奇病を治す手がかりを見つけるために訪れた「クスの町」という場所で、二人の姉弟と出会う。姉弟に強く勧められて止まった宿屋でアダンは、ゴーレムや灯台の話を聞く。その後、明朝にアダンは姉弟たちと共に、奇病の手がかりのために灯台へ調査に行く、という話。
途中まではRPGのような世界観なのに、最後急にジメッとした嫌な空気に変わるのが良かった。そしてそのまま、嫌~なしこりを残したまま終わってしまう。こういうの大好きなんだよ。途中までドラクエ5みたいな空気観だったのに。面白い。
「SCP-████-JP『ハイグロディルド』」肉蝮 静馬
順番は前後するが、これが自分の書いた作品だ。提出した時、まっどさんが素直に困っていたのを今でも思い出す。
この作品の原稿を書いたのがちょうど昨年4月~5月にかけての時期で、ドンピシャにSCPにハマりまくっていた時期と重なる。知らないSCP作品を1日に10本も20本も探しては読み漁っていたため、この画像が送られてきたとき「は?収容されてるやん」と思った。
物語の書き方もSCPの書き方も知らなかったため、プロットも下書きも無しにワーッと数日で書き上げた。内容は、簡単に言うと「何かしらの物に入れたら蛇口がついたアダルトグッズに変身して、物に含まれる水分を全部出しちゃうオブジェクト」というもので、収容プロトコルと説明、実験記録、インタビュー記録の順に書いた。
今改めて読み返してみると「もっとミーム汚染系にしたほうが不気味になって良かったかもな」とか「要注意団体出しちゃうのは初心者の失敗あるあるだな」などといった様々な反省点はある。けれど、初めて物語を書いたにしては、そこまで悪くないんじゃないかな、とも思う。何より、とにかく他の人たちよりも圧倒的に勢いと元気があるように見える。
あれから月日が経って冷静になって、SCPは別に書きたくないな、とも思っている。SCPに限らず、物語を書くにはまだ経験値やインプットが足りないな、と読み返した今改めて思っている。でも確かにこの作品を書いたときは、とにかく楽しくて、もっと色々書いてみたいと思っていた。そんなことを思い出した。
全て読み終わって、みんな一つの画像を見てよーいドンで書き始めたのに、ここまで個性豊かな結果になるとは思わなかった。自分なんかはこれを「アダルトグッズのメタファー」と認識したのに、他の人はこれを水道の蛇口やウォータークーラーの蛇口、消毒の機械等一人一人違ったように捉えていたんだなということが分かって、人ってみんな考えてることが違うんだな、と当たり前のことを改めて感じた。
文章の書き方も、綺麗だったり可愛らしかったり淡々としていたり元気だったりと様々で、本当に面白かった。
『あなたの頭を覗かせて』、本当に人の頭を覗いたような気持ちになるし、書き手としては覗かれたような気もする。普段からこんなことばっか考えてる奴だと思われてたら、ちょっとやだな。恥ずかしい。
No.11『あなたの頭を覗かせて』
著者:へびふくろう座/発行:へびふくろう座
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