元彼Y⑩着地責任
いくつかある部屋に一通り案内されて
彼のプライベートをはじめて見て知った。
活字だらけの難しそうな書籍が壁のラックに並んでいて
仕事に関する膨大な資料がデスクに積み重なっていて
開きっぱなしのデスクトップとノートPC
どこを見ても仕事だらけだった。
家に帰っても仕事しながら寝落ちしてるんだろうな。
こんなに広い部屋に住んでるのに
ここでのんびりする事なんて無いんだろうな。
自炊はしないだろうし洗濯とかどうしてるんだろう。
ぼんやりと、部屋で過ごす彼の姿を想像しながら色々思うことはあったけど深くは触れなかった。
“何にも無いでしょ?”
『うん、生活感は無いかもね』
“違う”
“女の人の物は何も無いでしょってこと”
“何か出て来たら言って”
“すぐ捨てるから笑”
『そんな連れ込んでるの?笑』
“いや僕がじゃなくて、ここ寮だからさ”
“あぁちゃんが不快に思うようなもの無くすから”
何のために?笑
彼の昔の写真とか見ながら
いつもとは違う話題でその日は盛り上がった。
途中でレンタル期限の迫ったDVDが残ってる事を思い出して一緒に観る事になった。
私が彼に教えた切なくて哀しいドラマ。
好きで何度も観てるけど
何回観ても泣ける良い話。
彼には似合わない気がしていたけど、
意外とハマって観てたみたい。
あ、やばい。
泣いちゃうかも、わたし。
このあともっと哀しいシーンが来るんだよな。
泣きたくないな。
一緒に観ない方が良かったな。
なんて思ってたら
横で見ていた彼が私の背後に回って、
私を包み込むように抱いて肩の辺りに顔を乗せて来た。
ふいに距離を詰められてびっくりしたけれど、泣きそうな私を和らげようとしてるんだと思ってしばらくそのままでいた。
なんとなく気になって腕を掴んで肩の上にある彼の顔を見ようとすると、それを阻止するかのように一瞬グッと腕に力が入った。
その瞬間、私の視界にポタっと雫が落ちるのが見えた。
え?
顔を見ようとしてみるけど
腕で押さえられて振り向けない。
私の胸にまた雫が落ちる。
え?
泣いてる?
泣いてるよね確実に
嘘でしょー
抱きしめたのは
私じゃなくて自分の為だったの?笑
抱きしめる力が時々強くなる。
鼻をすする音が聞こえる。
私の胸に落ちた涙が服に滲んでいく。
ちょっと待って
本当に泣いてる
ガチで涙流してる
この人こんなに純粋だったの?
こんなにポロポロ泣くなんて
確かにこのドラマは最高に泣けるけど
そんなに感受性強かったの?
めちゃくちゃ意外なんですけど
彼の腕を抱えてじっとしてた。
手を撫でながら彼の感情が治まるのを待った。
恥ずかしいのかなやっぱり
男としてはこの後どうして欲しいものだっけ?
気が済むまでこのままでいてあげるべきだよね
何分そうしてたかな。
画面からはもうドラマの音は消えて
部屋は静かになっていた。
“泣いちゃった”
そっち向いてもいい?
言葉にはしなかったけど
腕を緩めて彼の顔を見た。
こんな至近距離ではじめて見たけど
キレイな目してたんだね。
この時、第一声が出て来なくて何だか見つめ合っちゃったけど、笑う空気では無かったよね。
キスされそう。
この”間”は流れ的にそうなりそうなんだけど。
どうしよう。
流した方がいいよね。
一旦、落ち着こ?
どうして欲しいかな。
とりあえず
顔が近過ぎるから抱きしめるしかないか。
私なりの精一杯の着地点笑
その時彼がどう感じたかは分からない。
想定外だったかもしれないし
勘違いさせたのかもしれないし。
ギュッと抱きしめ返して来た彼を感じて
一瞬、あれ?間違えちゃったかな?
って思ったけど、感動して涙を流した彼を愛しく感じたのは本当だし、あの空気はそうするしか無かった気がする私としては。
だけど結局、長い沈黙の後、私達はキスをしてしまった。
壊すつもりが新たな流れを生んでしまって、
誤解を招いた私が責任を取る羽目になったと思ってる。
完全に間違えた笑
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