元彼Y⑯壊したくない
“あぁちゃん、ここ何人目?”
“この部屋入ったひと俺で何人目?”
『私、引っ越して来たの最近だよ?』
『業者以外誰も来てないよ、まだ』
“じゃ、俺がはじめて?”
『そうだよ』
『部屋も家具も全部新品』
『オレが初』
そういうことでしょ?
自分が初めてじゃないと嫌なんだよね
段々分かって来たよ独占的なところ笑
この日、
彼を家に入れる事は全く考えて無かった。
夜、彼が来る前にシャワーして
帰ったらすぐ寝れる様に準備しておこうって思ってただけだった。
でも、車の中にいた彼の顔を見た時、
ふと我に返ったというか。
車の中で話す事が習慣になってたことに
突然違和感を感じて。
部屋はどこか分かってるのに
一度も入れてって言わなかったよね。
私は何度も彼の部屋に入ってるのに。
自分からは言わないって決めてたんだよね?
一度決めたこと撤回する性格じゃないもんね。
部屋に入れないことを条件に逢ってた訳じゃないし、頑なに拒んでいたつもりでも無かったのに、ずっと彼のことを蔑ろにして来た様な気がして、私から言わなきゃって思ったんだ。
突然部屋に入れる事が決まったし
私は料理が苦手なので食材の蓄えも無いし
結局ピザを注文して食べた。
彼は平気で寛いでいたけど
スーツのままだし可哀想だなと思って
着替えを用意しようとした。
“脱ぐついでにシャワー借りてもいい?笑”
でしょうね、そう言うと思った笑
私の家着はメンズものが多かったから
どれかは着れるだろうとあれこれ探していたら
浴室から呼び出し音が鳴った。
なんかボタン押したな?
『なに?』
“さみしいから、そこに居てよ笑”
勝手にお湯ためて
バスソルトもちゃっかり入れて
堂々と湯船に浸かってる
ねぇ、今日、ほんとにうちはじめて?
とことん一見じゃないよね笑
私は脱衣所に小さな椅子を持ってきて座り、
湯船に入る彼の話相手をした。
かれこれ1時間。
ねぇねぇ、あなたあったかいだろうけど私寒くなって来たからそろそろ出てくれない?
そんな私の気持ちを察知したのか
いきなり立ち上がって湯船から出て来た。
『見ちゃったよ笑』
隠す素振りも見せず
悠然と裸を晒して来た彼に爆笑していると
“俺、あぁちゃんに隠し事しないから笑”
なんだよ隠し事って笑
やっぱ天然だな、自然児だな、
羞恥心のかけらも無い男だなと思った笑
二人して寝そべりながら笑って話をしていると
仕事の電話が彼に掛かって来た。
私は音楽を消して、寝室に掛けてある彼のスーツにアイロンを当てに行った。
彼の匂いがする
この香水の匂い慣れたよね私
あんなに嫌悪感あったのに
家にも残りそうだな
これから増えて行くのかな
彼の痕跡がこの部屋に
ぼんやりとそう考えてた。
しばらくすると電話をしながら
彼が部屋に入って来た。
私を後ろから抱きしめて耳元で話してる。
『誰?電話』
“社長。もうすぐ終わるから待ってて”
アイロンを片付ける手を止めて、
繋ぎかけの彼の手をじっと見ていた。
電話を切るなり
“またさっき悲しい顔してたね”
『いつ?』
“アイロン掛けてた時”
“あ、今日、下に来た時もそんな顔してたよね”
“なんか考えてるからそういう表情になるんでしょ?”
“俺のせい?”
『そんなことないよ、だって自分じゃわからないもん、悲しい顔がどれなのか』
『そんな顔してるなんてYにしか言われた事ないし、自覚も無いよ』
“じゃあさ、今日なんで家に入れてくれたの?”
“急に決めたでしょ今日”
『うん、急だったね』
『でも、ずっと思ってる事はあったから』
“何を?”
『我慢させてるなって』
“何の我慢?”
『色んな欲求とか』
何気なく言ったその言葉に一瞬固まり、
なんか空気を変えてしまったような気がして彼の顔を見た。
言葉にしない方がいいこと言っちゃった。
これじゃ余計刺激しちゃう。
『ごめん、私、変なこと言っちゃ、、、』
いきなり押し倒されてキスされた瞬間
私がそうさせたんだと確実に思った。
そりゃそうなるよね。
これまで何度か危ういムードになる事はあったけど、私達はキス以上のことはしなかった。
いつも彼が必死で自制していたし、
私の気持ちに配慮してずっと我慢して来たことは痛いほど分かってる。
それをこのタイミングで私が着火させてしまうなんて、罪だなと思った。
どうしよう。
心の準備してないのに
まだ覚悟出来てないのに
このまま進んじゃったらどうしよう。
でももう、さすがに限界だよね。
私も限界だな。
いつもと違う彼の圧に焦りながらも
自問自答した。
流れだけど流れじゃないよね。
これは自然なことなんだと受け入れて。
彼を解放させてあげたいという想いはあるし
私も拒絶する気持ちは無い。
これでいいんだと。
間違いじゃないはずだと。
だけど、
やっぱり彼は最後までしようとしなかった。
何度もやめようとして、落ち着こうとして、
私の様子を伺いながら必死で戦ってたね。
“ごめん、あぁちゃん”
“俺、やばいわ”
はじめて見る忘我の表情の彼を見て、
自分がしようとしている覚悟が無意味に思えた。
こんなに辛抱させてまでしなきゃいけない私の
覚悟って何だろう。
誰のための覚悟をしなければいけないんだろう。
私が今見なきゃいけないのは目の前にいる彼なのに。
手を止めた彼の目を見て無言で目を閉じた。
彼は私の胸に顔を埋めながら、
しばらく黙っていた。
激しい胸の鼓動が彼に伝わっていて、
私は緊張で震えそうだった。
“やっぱよくない”
“俺の欲求で、流れで、やりたくない”
“壊したくない”
『なにを?』
“あぁちゃんの心”
脱がしかけの服を私に着せながら
真顔で彼が言った。
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