ある夜の話。
白い何かを拾った。
夜道に浮かび上がるそれは、空から降ってきた星かしらと一瞬胸を躍らせたが、どうやら違うらしい。意識をしないと感じ取れないほどの重さで、ふわふわとしている。暖かく、かすかに動いている。
「ねえ、ぶつけたところが痛いの、さすってくださらない?」
「ここ?何かにぶつけたの?」
可愛らしい声にこたえながら、左側の羽を親指でさすった。血は出ていない様子だ。
「切れてはいないみたいだよ」
「ほんとう?ああ良かった、傷ついた羽で挨拶だなんて、こんな恥ずかしことはないわ」
「なにがあったんだい、」
暗がりのなかで傷がないか調べながら白い彼女に訊ねる。
「お月さまよ。今夜の三日月はきっと、初めての人が作ったんだわ。まったくやんなっちゃう!」
彼女曰く、今日の月は切り口のやすりがけを怠っていたらしい。近くを飛んでいて危うくひっかけそうだったところを避けて、月の表面に勢いよくぶつけてしまったのだ。
「三日月を作る時はやすりがけを丁寧にって、常識じゃない、ねえ。しかもあんな歪な形に切ってしまって!あれじゃあただの歪んだ棒きれだわ!」
たいそう怒っている様子で、白いかたまりはホカホカとしてきた。…それよりも。
「…月を、つくるの?」
羽を撫でる手が思わず止まった。
「そうよ、今夜から三日月だもの。・・・そうは見えないけれどね。わたし達の仕事。聞いたことはない?お月さまを管理している者たちのこと。」
管理?月を?初めて聞いた。
「あら、アナタあんまりものを知らないのね。お月さまはわたし達が管理しているのよ。満月や半月や三日月、毎回作って綺麗なものを付け替えているの。ほんとうに知らないの?」
「、、知らなかった」
可愛い声に呆れたようなため息が混じった。
「同じ満月や三日月でも、いつも少しずつ形が違っているでしょう?手作りの証拠だわ。それに、管理していなかったら、すぐに煤だらけになって夜空に埋もれてしまうの。少し考えれば分かりそうなことだけれど。」
少し小馬鹿にするような目つきで話しながら、羽を動かし撫でろと催促をしてくる。再び羽に指を流した。
「君はこれから、月を作りに行くの?」
「そうね。ほんとうは星の付け替えを担当する予定なのだけど、あの様子じゃ、まずはお月さまを確認しなくちゃダメみたい。」
大変だね、と云って、しばらく羽を撫で続けた。心地よいのか、白い彼女は僅かに見え隠れしている目を細めて気持ち良さそうにしている。
「さて、わたしそろそろ行かなくちゃ。お星さままであんな調子で作られたんじゃ、のんびりと空も飛べなくなっちゃう」
「何処まで行くの、」
「この丘の上にある学校よ。理科室で作業をしているはずだから、お星さまが空にかかる前に着かなくちゃ!」
もそもそと手の中で動く白い彼女は今にも飛び立ちそうだ。
「明日の夜空、楽しみにしていてね。すっごく綺麗な星空と、なめらかなお月さまを見せてあげる」
たっぷりと自信を含ませた声は、もう行く先に向いている。
「アナタ、ものは知らないけれど撫でるのは上手ね、すごく気持ちよかった!」
ありがとう、と云って白い彼女は暗闇へ飛び立った。
彼女の飛び去った先には少し歪に見えなくもない、けれども矢張り綺麗な三日月が浮かんでいた。
ほんの少し残る手のひらの温もりを握りしめて、再び家路についた。