My favorite 100 #33 アクセサリーと腕時計をつけるという行為。

はじめまして、こんにちは、なぁこと申します。
ただただすきなものを紹介していくという連載を昨年からやっています。2021年は「継続する」ということが目標だったため、毎週更新を目指していましたが、現在はもはや毎週でもなく、書き方すら変わってきている、でも気にしない。すきなもの多すぎて毎度テーマとっ散らかってんな~と思いつつ、つづけるのが大事!というスタンスでやってます。
ランキングではなく、リストから気分でピックアップしてテーマを決めております。
このnoteを偶然見つけ、読んでくださった方のなかに、おなじものがすき!って方がいたらうれしいな〜!という気持ちで更新中です。

My favorite 100 #33 アクセサリーと腕時計をつけるという行為。

「腕時計って、必要なくない?」
よく言われる。職場には掛け時計。どこに行くにも持ち物はまずスマートフォン。時間を確認するだけなら、もしかしたらなくても困らないのかもしれない。時間を知りたいと思ったときに手元で確認するのはもう癖になっていて、壁に目をやる行為もスマホを取り出す行為もわざわざしようと思わないが、いっそそっちに全振りすればいつかその行為にも慣れて「時間」のために腕時計を必要としないのだろう。
すべてを「慣れ」と片づけてしまうこともできるので、長くつけている感覚も結局のところそれなのかもしれないが、わたしは手元に重みを求めている。なんか重心みたいなもの。落ち着く。うっかりつけ忘れることはめったにない。だけど電池が切れてしまって交換にすぐ行けないときはそわそわして落ち着かない(替えを持っておけば解決するのだが、何本も持とうという欲がないのが裏目に出ている)。
「アクセサリーの代わりです」
よく使う返答。実際のところ、それが大きいような気がしている。わたしはネックレスよりはブレスレットやバングル、リングがすきなのだけれど、さすがに職場でじゃらじゃらとさせるわけにはいかない。デザインによってはときに凶器にもなりえるからね。だから代わりに腕時計。
アクセサリーをつけるのがすきなのは、おしゃれのアクセントのためというファッション的な理由は大前提であるのだけれど、それともうひとつ「結界」的な意味を持たせていることもある。や、べつに結界って言っても、宗教とか信仰とか呪術とかそういうものと直接つながっているわけじゃないので、そこは明確に否定しておきたい。
なんていうかな、わたしの意識的なものなんだけど、わたしの肉体と、すべてがカオティックに溶け合っていてあいまいな世界というもののあいだに境界線を引く行為に近い。身勝手に侵入されないように。
そのあいまいな世界のなかに、愛しているものはたくさんあるし、そこから受け取るものもたくさんある。受け取ろうって構えていなくても自然に振ってくるものもある。うれしいもの。目に見えようが見えなかろうが、自分の肉体以外はすべて異物であり、その異物こそが外側から五感あるいは感情なり思考なりに働きかけるものであることは明白にせよ「それはいらねーよ」って逆にうれしくないものが来ることもあるじゃないですか、この玉石混合、魑魅魍魎な世界。と言っても、自分自身もその世界の一部、群衆、モブのひとりであることもわかってはいるんだけどね。
たとえば、わたしは「御しやすい」って思われることが苦手で、その方向性は目指していないし、それを貫こうとすると、ときに性別や年齢に無邪気にネガティブさを纏わせて、確信犯的に、あるいは無意識的に悪意を放たれる、傷つけられるというイベントが発生するときもなくはない。それがここで言う身勝手な侵入。
自分の存在を流れるままにあいまいにしていると、侵入を許してしまう気がして、そのリマインドやスイッチとしてアクセサリーを身につける行為がある。「ここからがわたしの肉体です」みたいな。単純に自分の意識の話なので、いまだに喰らうことはたまにあります。でも減ったかも。そういう気持ちでいるから流せているのではないかと思う。シンプルにまわりのひとの優しさや人間力の高さ、もしくは無関心に救われたり助けられている面も大きいと思うので、そこはアクセサリー云々ではないけど。
アクセサリーや腕時計を外すのは、家族の前、あるいは好きなひとの前、それだけでいいと思っている。
ちなみに仕事では腕時計以外にピアスは必ずするようにしている。
デザインはなんでも。すきなもの。その日のファッションに合うもの。大振りなものからミニマムなものまで。カラーはほとんどゴールド。そこはすきと可愛いを最優先。結界、それはそれとして、結局のところまず、気分の高揚は大切です。

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