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多数決で選ぶデザインはデザインじゃない
THE GUILDの深津さん(@fladdict)がこのように書かれていたので、ちょこっとだけ書いていこうかと思います。
東京オリンピックの時に亀倉さんのエンブレムがなぜ選ばれたのか、今回のエンブレムがなぜあのような自体になったのかはDESIGN IS DEAD(?)の『エンブレム問題から現代のグラフィックデザインを逆照射する』(著:室賀清徳)に詳しく書かれていると思っているので割愛します。
多数決はデザインを理由のないものにする
個人的に多数決で選ぶデザインというのは基本的に好きではありません。というのも、そのデザインに至った背景や経緯、目的をデザイナー以外の人が説明することが出来なくなってしまう可能性が高いからです。
物は作った後に1人歩きをします。デザイナーがいつも側にいて、それが出来たストーリーや理由を人に説明してあげることは出来ません。そのため、作った本人がいなくても代わりの人が、きちんとその物がどのように作られたかを説明できるようになっている必要性があります。
例えば、声の大きな人が「こうした方が良いじゃん」と言って、ある商品の見た目が変わったとします。そうなると、そのデザインが形作られた理由は「あの人が言ったから」という理由に変わってしまうことが多いです。
多数決も同じで数の力で声を大きくして、その物が作られた理由や経緯、想いを全て「みんなが選んだから」に変えてしまいます。
その理由を他人に伝えたところで共感や感動が生まれることはありません。いわば、理由があってもそれは理由として利用することはできない=理由がない状態になってしまいます。
理由のないデザインはエンジニアやセールスも疲弊させる
多数決でも、その物が形作られた背景や経緯がきちんと共有された状態で「コストと時間がかかるけど、効果は高い」デザインAと「コストも時間もかからないが、効果はそれなり」のデザインBを多数決で選ぶというのであれば、まだ問題はないです。
しかし、今回のマスコット選びに関しては、おそらく背景や経緯が共有されてない状態で「好き・嫌い」という理由のみでデザインが選び出されてしまったことに問題があると思っています。
デザインは課題解決です。誰かの抱えている課題を解決するために、抱えているリソースやコスト、納期、クオリティのバランスを取りつつ、解決策を模索して作り出されるものです。
「好き・嫌い」、「面白い・面白くない」の軸は確かに存在します。それは大事な要素でもありますが、デザインの良し悪しを判断する一部でしかなく、制約や優先順位なども含めて総合的に判断した上で決定をしていかないといけません。
そのため、今回は親しみやすさなどが深く関わるマスコットだからまだ良いものの、今後作り出される物やデザインが「好き・嫌い」という軸だけで判断して良いという風にされる世の中になるのが自分の中で1番怖いと思っています。
先ほども書きましたが「好き・嫌い」で選ばれたものにはそれ以外の理由が存在しにくくなります。そして、それは理由が存在しないのに近い。
そうなってしまうとデザイナーだけでなく、その後の工程にいるエンジニアや職人の方、さらにはそれを売り込んだり広げたりするセールスやマーケターの方までもが疲弊する世の中になってしまいます。
それだけは避けたいなと思いながら、この記事を見て「デザインは好き嫌いで作られているものではないし、判断するものでもないんだな」ということを少しでも多くの方に感じ取ってもらえれば幸いです。
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