自殺未遂。

※当然そんな感じの話なのでメンタルが弱ってる人は読まないでください。とりあえず全然無事です。また、そこそこに具体的な話が書いてありますが、見ての通り全部死ねなかった方法であるし、それはたまたま僕の身体が丈夫だからそうだった、という可能性もあるので真似をしないでください。責任は取れません。

どこからどこまでを未遂、どこからどこまでを願望、どこからどこまでをかまってちゃんと呼ぶのかはわからないが、とりあえず今回は未遂に投げ込んでおこうと思う。どうもこんばんは。彗月はづき 漣太郎れんたろうです。してきた。


n回目の未遂。

一応これまで自称としては3回の未遂を行なっているが、明確に致命的になるのを見越しているのは一度きりである。ので、まあ〜人によってはその他全て(いやその一度も含めて)病みアピール判定にはなると思っている。が、私の中で『死のうと思って行動を起こした』という行為を未遂とカウントすると、3回は超えていると思っている。

恐らく一番危険だったものは酒+ODで、総数としてはもう数十錠多かったとは思うが(なにせ目に付いた薬を片っ端から飲んでいたのだ)数えていた分だけでいえば80錠の解熱鎮痛剤を飲んだ。まだストゼロが出る前だったと思う。薄くてまずいいちごミルクサワー500mlで、70錠を超えた辺りで身体が反射的にえずき始めたのを覚えている。(ちなみにこれ以降2年ほどいちごミルクサワーと糖衣錠を飲むとえずくようになったが、今は割と落ち着いている)当時は毎日40錠前後を酒と共に常飲しており、当然100錠程度で死ぬとは思っておらず、とはいえ、めちゃくちゃに飲み散らかして、家族も気付いていないので、ゲロが喉に詰まるかなんかすれば死ぬ程度か、と思いながらぶっ倒れた。カバンや机の下にビンカンを投げ込んで、学習机(私の勉強部屋は女3人の寝室の、一番カビている、風が吹き込むような窓の横だったのだが、個室(個室か?)であるのでこれでも高待遇なのである)(まあ机なんてほとんど物置になっていたのだが)の大きな引き出しに持たれてぼんやりとしていた。

当時はまだ暁人たちともそこまで腹を割って話していなかったと思う。それなりに付き合いの長い客にかまちょコールをするが当然どいつもこいつも本妻がいる家庭内でケータイなんて見ることもなく、まして病みメールなんかすれば速攻縁切りなんていう薄情な関係性であるので、とにかく誰でも話がしたくて他愛無い話題を振ったのだがついぞ返事は誰からも来なかった。と思う。来たかもしれないが、覚えているほど熱心に話を聞いてくれる人はいなかったと思う。

恐らくはそのうちに気を失って、明け方に目を覚ました。普段と垂直、やや足元寄りに寝ていた。母と妹も多分寝ていた。5時半だがそこらだろうか。朝日が昇り始め明るかった。それから瞬きをしたら、7時になった。どう考えても体感時間がおかしい事に気付き焦りを覚えると同時に、自発的な呼吸をしていない事に気付いた。(錯覚かもしれない)身体がほとんど動かせないまま慌てて必死に呼吸をするが、目を瞑るたびに20分30分と経っていた。

はっきりと覚醒してからは大したことがなかった。吐きもしなかったし病院のお世話にもならず、いつも通りの黒いおしっこが出て、喉が乾いて空咳が続いて終わった。それだけだった。

あとの未遂は大したことがない。

パワハラで追い詰められ精神と耳を壊し、3ヶ月前から退職を伝え、両立は無理だし一人でいきなり決算期に立ち向かわせるには物量的に無理があるから絶対に避けてくれと言っていたのに反故にされ、決算期+引き継ぎを人が見つからないという理由でかぶせられたので決算作業をしながらどうにかこうにか研修し、退職一週間前についに精神が限界を迎えた。

帰りの電車のベンチに座り大号泣でストゼロ500ml4本を空け、そこに勤め始めた初日から最終日まで毎日命の支えにしていたクソデカ唐揚げ2パックを貪り、もちろんODもして、5本目を空けて、この缶を飲み終えたら電車に飛び込もうと思っていた。場所も確認し、電車が止まりきらず駅員があまり顔を覗かせない場所に目処を付けて、足をブラブラしてシミュレーションしていた。鞄を先に投げ込めば事故扱いになるだのという噂を見かけたが、正直家の中にも居場所はなかったので、あえてそれを避けるかどうか考えていた。遺書をスマホに残し、そこでふと、事前に暁人から『死ぬ前にまず一報は寄越せ』と言われていたのを思い出し、号泣しながら小一時間電話したのだった。今から行くか?と聞いてくれ、まあ遠いし、落ち着いたし、家まで数駅だし、と断って事なきを得た。

もう一つは、どうしても仕事に行けなくなって海に行った。これは正確には未遂ではない。真冬の海で入水自殺未遂と嘯いて、びしょびしょで帰ったら少しはあの親も考えを改めるだろうか、という打算的な部分があった。が、その気になったら死ぬのもいいか、といった感じだった。帰るつもりはまあまああったので、濡れたら困る貴重品は浜辺に置いて、服を着たまま、1月かそこらの海にざぶざぶと沈んだ。思ったより水温に慣れるのは早かったので、とりあえず腰まで浸かってしばらくぼんやりしていた。野球部かなんかがマラソンをしていた。まだこの時までは親にも人の心があるものだと思っていたので、地平線と波の音と、ずぶ濡れの服が楽しくなったので満足して帰った。水が滴ったままバスに乗るのは楽しかった。座席に座るのはさすがに遠慮した。

帰ってから1,2時間、びしょびしょのまま、仕事に行かなかったことをいつも通り詰られた。どれほど追い詰められているのか説明しようとしても怒鳴られたし、ビンタされた。死のうと思った、といっても特にびしょびしょな事には触れられなかった。ひとしきり怒鳴りつけた後、服が乾き始めた頃に風呂に入るように言われたので入った。服を着て、さらに3時間ほどビンタされ、怒鳴られた。過呼吸を起こしながら、ほとんど人生で初めての反撃をした。腕に、駄々っ子パンチで。二発かそこら。何を話しても本当に聞く耳を持ってもらえなかったので、もう話す意味がないと判断したのだ。過呼吸が限界を迎え、ひっくり返ったところで話は終わった。

翌日、いつも通りに笑いながら朝ごはんを食べている時、「海に人いなかったの?」と聞かれた。あぁ一応聞こえてたんだと思いながら、「部活の走り込みしている人がいたよ」と答えた。だってその人たちが止めに入らなかった事への、親としての何か思うところとか、あったのかなと思って答えた。母親は爆笑しながら「人がいたのにそんな事して恥ずかしいとかなかったわけ?」と手を叩いて笑っていた。もうこの人に理解を求めるのは無理だ、と思った。

この3回を大雑把に未遂の経歴としている。まあその他にも、道路で寝そべってみたり、ハプバーでボコボコにしてもらったり、バファリン一気してアレルギー起こしたり、首に延長コードをきちんと首吊り結びで結えてうろうろと吊る場所を探したり、手首をミンチにしたり手当たり次第に薬を飲んで立ち上がれなくなり、ベッドから転げて頭から落ちたりとまあ色々とやっているが、確実に死を目的とした自殺未遂はおおよそ3回だ。いやまあ引っ越してから薬を一気したからその辺りは含めてもいい気がするが。

n+1回目。

今の住処はそれなりに買い物に行くのが面倒で、酒を買いに行く元気もなく、変にドカ食いもせず(どちらも可能だがデリバリーやら宅配やらで人間と顔を合わせるのも、もうしんどいのだ)タバコは火気厳禁なので吸えず、一応治療の意思だけはあるのでOD用の薬も買わず、処方薬はODを繰り返していたら訪問看護の預かりになってしまい、自傷行為は規約上NGで、セックスの相手を探しに行く元気も当然ない。まあまあの依存症であり診察拒否もされた身なのだが、そんな依存症患者から全てを取り上げたらどうなるかというと、死ぬかあ〜!となる。ふはは。

ということで、気分は地の底まで落ちているのに変に寝てしまい(あまりにも眠れない日が続いたのでドカ食い気絶をしたのだ)目を覚ましたのは夜中の0時。身体は元気!ただ喋ると口からは怨嗟しか漏れず人と会話することも出来なくなり、Twitterも荒んでいるし、ゲームとかそういうものになんて気が向かない、となった瞬間、今なら死ねる!と思い付いた。驚くほど爽快な気分だった。どこに何か呟いても反応もなく、ちょうど止める人もいない。訪問看護も大家さんも営業時間外。首吊り縄がなく、手頃なコードもなく、ダンボール紐は細くて痛そうなので、近くの100均まで買いに踊りながらダッシュした。(※当社比)夏用の薄いハーフパンツと半袖の寝巻きにコート、くるぶし靴下で、財布に残っていた1,000円と充電器と、自分の身代わり、且つ、唯一、私の半身として魂入れをした、15年暮らしているぬいぐるみの『はすたあ』を久々に連れてダッシュした。

普段ならバスで数駅分の距離なんて走らないというか、歩くのも億劫なのだが、この日はめちゃくちゃに爽快だったので走った。当然ながら着いたら営業時間外だったので、じゃあコンビニで探しながら、見つからなければ海まで歩いて飛び込もうと思った。はすたあを連れて行くための鞄をひっくり返していたら、何かの折に飲みそびれた薬をそこそこな量見つけてしまい、それも後押ししたかもしれない。酒を買い足しては薬を飲み、タバコを吸い、暇だったので根性焼きをしてみたりしながら知らない夜道をずーっと暗い暗い方へと歩いたり、海がどこだかわからなかったので国道の看板に駆け寄ったりしながら10時間歩き続けた。

酒を買ってしまったので途中から電子決済をインストールしたりしてそれなりのロープを探したが、いい感じのものが見つからなかった。もしあったら、ちょうど人がいなくて体重もある程度支えられそうで、地面も掃除が楽そうで、足がつかないところまで登れそうなフェンスがあったので、そこで終わっていたかもしれない。まあ、結局生きているのだが。

6時ごろにお世話になっているフォロワーさんにお電話いただき、4時間も通話に付き合ってもらい、千鳥足で海に向かったり、地べたに落ちている汚ねえスプーンを拾ったり、踊ったり、変なメダルみたいなものを拾おうとして土下座の姿勢でずっこけて道ゆくおじさんに「大丈夫かー」と声を掛けられたりと色々しながら、陽が登って、さすがにコンビニ寄りながらでも10時間歩いていれば海に近づいているかなと思ったところで、日当たりのいい公園に座り距離を確認したらあと40キロ近くあったので、ゲラゲラ笑いながら諦めた。座ったら一気に疲れちゃったのだ。人もいなかったのでそのままタバコを吸い、根性焼きで消し、携帯灰皿にきちんと吸い殻を収めながら話しているうちに、訪問看護の担当から今日の予定の連絡が入った。

予定より2時間ぐらい繰り上げて来るとのことだった。(時間はだいたい向こうに任せている)もう動く気力もないし、どう説明したもんかな〜と思いながら、まあ午後まで酒でも買い足しながらだべるか〜と現状をそのまま伝えたらすっ飛んできた。なんか偶然近くの人の訪問が直前にあったらしい。思ったよりだいぶ早かった。通話を切ってそのまま1時間ほど奇行についてと、なんか話して……なんだったかな……多分、世間の暴力性とかそんなものとか、自分を含むエロ本作家の倫理観の健全化とか、死というものがとても魅力的に見えた話とか、そんなのを話していた。と思う。それで、家まで送ってもらった。ついでに泥酔と薬でぶっ倒れる可能性があったので風呂に入るまで部屋に待機してもらっていた。見送った後に食事を食べてから寝ようとしたが、食べようとしたパンを抱え夜までひっくり返っていた。

ちなみに10時間歩いていたのだが、当てずっぽうに歩きすぎて家の周りをぐるぐると回ったり、住宅街をぐるぐると回っていただけだったので、直線距離では徒歩1時間半程のところにいた。草。

また生きた。

大体こんな感じである。また死ななかった。ただ、はっきりと、明確に、死ぬために爛々と走ったのはこれが初めてだと思う。

これまでは躊躇があった。命の危機は回避するに越したことはないからな。ただ、今回ばかりは本当に、死というものへのたまらない、ギラギラとした魅力を感じた。普段ならば途中で正気にかえり、まあ恐らくは夜中でも電話で大家さんか誰かを叩き起こし、罪悪感でべそをかきながら謝って、なんだかそれで満足して終わっていたと思うのだが、今回は違った。いや申し訳なさは多少ある。手間をかけたのは間違いないのでそれは流石に理解している。大反省。

ただ、もう多分これは戻れないな、と思った。死に向かう事への興奮を感じてしまったし、今度は上手くやらないといけないな、と考えてさえいる。何も後悔していないのだ。しているとしたらそれは完遂できなかった事だけで、確実に一つの線を踏み越えたと感じた。楽しかった。楽しかった。こんな最高の感覚はいつ以来だろうか。受験合格した時でも仕事で副部長に任命された時でも、中編小説を入稿した時でも担当編集が付いた時でも研修を評価された時でもブランド鞄をもらった時でもフルコンプ商法時代にフルコンプしてアリス衣装を手に入れた時でも、これ以上に興奮したことはなかったと思う。創作文……そうだな、学校の授業で、退屈な、環境問題とか偉人への尊敬とか親への感謝とかじゃないものを書いていいと聞いた時……多分、その時以来の興奮じゃないだろうか。

どうせまたしばらく死なないだろうけど、これ以上の興奮をもう人生で見出せる気がしないとさえ思う。なんの幸福もない人生ではなかったし、私はド腐れながらも恵まれている人生を歩んできた方だ。それなりにまあ文化的には恵まれた家庭だったし、専門学校まで卒業している。資格もいくつか取った。金はないし正社員にもなっていないが複数の大企業に勤めていた(残念ながら業務委託なので、正確にはその企業の経歴はない)。脱出して人にも恵まれ、推しも出来て、最高の親友も大切なフォロワーにも恵まれている。でももうこれ以上の楽しい夜は二度とない確信めいたものがある。これは確かに、死に惹かれる人間がいてもおかしくないと理解した。もしかしたら、今後本を出したりしてもこの興奮には至らないかもしれない。罷り間違って結婚したり、億万長者になったり、大豪邸を建ててもこの凍えた夜が超えられないかもしれない。真っ暗な道が美しかったし、静かな道が楽しかった。

そういえばタバコを吸おうとしたのだが、今時ってほんとに道端に吸い殻落ちてないんだな。(なので喫煙所か携帯灰皿がない場所では結局吸えなかった)

まあ死なないが。

私が死を肯定して実行してしまったら、私がこれまで必死に保ってきた、誰か色々な人への、死なないで欲しいというメッセージも、死ぬ前に助けを求めて欲しいと唱え続けた話も全部が胡散臭くなる。一人の人間を誰も救えない世界を認める事になる。それは多分だいぶよくない。よくないし、安楽死は相変わらず否定していく。そこのスタンスは一切変えるつもりがないが、死への憧れがより一層具体性をもって感じられた。すごく楽しかった。夢の国より新幹線より、LUSHの大人買いよりずっと楽しかった。楽しかった。

あと根性焼きは思ったよりも熱くなかった。場所や回数ややり方にもよるだろうが、とりあえず適当にやる分にはあづー!で終わったし、まあ傷は残りそうだがひどく痛むようなこともない。滲出液は止まらないがそのうちなんとかなるだろう。ここから派生する肌の異常とかは知らない。これはいずれリョナラーとして試してみたかった事なので今回の件がなくてもそのうちなってた事である。うん。次は乳首ピアスかな。

次回予告。

書けると思うか?

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