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グラニス

 扇風機やドリルに性器を模した軟質樹脂のおもちゃをつけた人類が、『グラニス』にする事に躊躇はなかった。メーカー側も専用のアタッチメントとしてそれらの機能を販売し、最初の数ヶ月こそアンドロイド人権団体による抗議デモがあったものの、グラニスは自立行動可能でなく、プログラミング制動のみの機種であることから、アンドロイドではなくロボットであると結論付けられ、それらは法で明確に区分で分けられたため、程なくしてロビー活動は収束したのである。

 グラニス。正式名称を「Gents Refresh Andro NI-072S」は、全自動の小型水洗トイレであり、本来の使途としては、男性介護者の介助用ロボットである。もちろん女性用もある。(こちらはラニーと呼ばれている)真っ当な医療機器であり、アタッチメントが付いていない場合は機能美とメンテナンス性を追求した流線型の機械である。しかし専用アタッチメントを付ける場合には、精密動作性と転倒防止の観点から、アヒル座りや、膝を抱えて丸くなった子供の形となる。

 本来の医療機器としての顧客よりこちらの目的で購入する者の方が明らかに多いが、子供への性欲を悪しきものとした旧世代の人間がほとんど死に絶えていたこともあり、また企業側としてもクリーンなイメージを維持するよう心がけていて、子供への性欲を善きものと唱える街頭広告すら出す始末で、且つ、人間の権利能力は満15歳以上から発生すると、近年、民法で定められたため、その点についての抗議活動はほとんどなかったように思える。子供の人権をしぶとく守ろうとする団体はあるものの、所有物としての肉塊を求めた大人によって無尽蔵に増やされた子供に人権を持たせる事は国内の財政を圧迫し、不法投棄による伝染病や感染症の流行を意味するため、悪とされた。

 グラニスやラニーには音声入力と返答の機能が付いている。初期設定は機械的で味気ないものだが、カスタム可能であり、大抵の人は公式サイトでダウンロードが出来る、声優による気合いの入った音声がインストールできるのだが、機械的な音声に性的興奮を得る人間も少なくない。

 店頭見本として置いてあるグラニスが、手垢で黒くくすんだ挿入口をひくつかせながら並んでいる姿は圧巻である。ある個体は可愛らしく甘える子供として、ある個体は怯えながら許しを乞う子供として、すっかり使い古されひねくれた子供として、使用者を罵倒する子供、または架空の言語の悲鳴、ただただ泣くだけの雑音。その中でも機械的な音声のグラニスがある店は、その地域での治安もいいと言われている。

 機械音声のグラニスは愛好家も多いものの、やはり機械であるという認識であるせいか、大抵の場合は他のグラニスに比べ乱暴に扱われることが多く、店頭見本の場合はそれが顕著で、無残にちぎれた軟質樹脂から機械が露出し、ジコジコとグロテスクに蠢いていることも少なくないのだ。ただ醜悪なだけならばそれでも並べておくことが出来るが、残念ながら駆動部に指を突っ込み怪我をする馬鹿者が耐えないので撤去せざるを得ない。

 グラニスを購入した際、ローションを挿入口へ満遍なく塗布するための専用器具が付属している。性器や手で塗布する事も可能だが、器具はグラニスの内部構造と上手く噛み合い、抽送する際に軸が適度に回転するようになっているため効率的である。人体にも使用出来ないことはないのだが、一番太い部分でグラニスの挿入口の最大径である直径20センチを超え、また形状も、先の丸いかぎ爪のような軟質樹脂が互い違いに密集して植え付けられ、激しくうねるため、メーカーでは非推奨としている。無闇な事故や事件を防ぐため、あるいは衛生的な面から、グラニスにのみ正確に使用されることを目的とし、器具を挿入した時に流れる特別な音声が設定されている。この音声はグラニスと器具が咬合する事によりセンサー感知して流れるものだが、人体の中にはセンサーがないため、人体に挿入されたというデータが器具に記録されるのみである。人体に挿入された形跡がデータ上に残った器具と対になるグラニスは特殊音声を再生しなくなるという仕組みだ。ただし、何事にも無茶をする者はおり、この器具を抜き取られたセットが転売されることも多い。

 グラニスを性的な目的で使用する事を自称する男性を『グラニスト』、ラニーを性的な目的で使用する事を自称する女性を『ラニスト』と呼び、これを忌避する風潮がある。なぜならグラニストやラニストを自称する人物は大抵の場合、自身の所属性の性的なアピール、あるいはグラニスやラニーへ向けた加害欲のアピールを目的としており、ひいては人権を有する他者への加害である事を自覚していないからである。

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