初めての英会話で泣きそうになった話

皆さんは英語って話せますか? 僕は無理です。リスニングもスピーキングも全く自信がない。外国人に英語で道を聞かれても上手いこと案内できる気がしない。多分「えーと、えと…アソコ!」って言いそうな気さえする。

そんな自分にも夢(というか目標)がある。
それは、英語でコミュニケーションが取れる人間になること。そして、英語を活かせる仕事に就くこと。
自分はコミュ障なので話すのは苦手だが、でも話すこと自体はまあまあ好きという実にめんどくさい人間であるので、単純に海外の人と気さくに話せるようになりたいという願望が昔からある。

それに全くもって日本の女子から相手にも必要にもされなかった私でも、広い広い海外には私にいい印象を持ってくれる女性が一人ぐらいいるのではないか。ならば英語の一つくらい話せるようにならなければアカンのではないか。
まあ同じ女性である以上そんなことは万にひとつもないのだろうが、せめて可能性を0%から0.01%にはしたい。だから英語はいつか話せるようになりたい。

そしてもうひとつ。英語が話せるようになれれば仕事の選択肢が広がる。スキルがないばかりに転職や就職先できつい仕事をせず、安定して働けるのではないか。
実はこっちの方が切実である。自分の豆腐メンタルやその他のスキルの凡庸さを鑑みると、今から何かしらのスキルを身につけないと将来食いっぱぐれれるかもしれない。
令和の御代でさえも、英語を話せる日本人というのはそれなりに貴重な人材である。誰もが持っているわけではないスキルを持てば、それは大きな強みになる。

だから英語なのだ。というわけでアマゾンで一冊の本を買った。

難しいことを理解できる頭じゃない男なので、タイトルで惹かれて表紙買い。
内容は「とにかく英語を最短で話せるようになるにはどうすればいいか」で貫かれていた。英語学習によくある文法やイディオムの解説などは殆ど載っていない。今まで自分が読んできた英語関連の本とはおよそ一線を画しているのが新鮮だった。

本書が伝えたいことは「英会話を始めろ。しかるのちスピーキングテストを受けろ」。それだけ。
英会話を始めるなら、手頃な値段で好きな時間にマンツーマンで受けられるオンラインが一番良い(書内ではDMM英会話が紹介されていた)。毎日でも生の英語に触れ、英語で喋る機会を重ね、次はテストで自分の英語力を測る。その繰り返しで必ず英語は話せるようになる――。

腑には落ちた。本の内容も頷けるものばかりだった。
例えば、戦前の日本では教育機会の関係で読み書きができない人は少なくなかった。それでも、彼らは日本語で周りとコミュニケーションをとることについて、何も問題がなかった。
読み書きができても話せるわけではないなら、その逆も然り、というわけだ。

しかし、英語が話せない人間がいきなりオンライン英会話で外国の人と英語でコミュニケーションを試みるのは、自動車教習所内の訓練場から初めて市道に出る時にも似た恐怖心があった。
実際本を読み終えてから数ヶ月、私はしばらく英会話のことは忘れていた。

それから7月になり、今の職場でメンタルをやられる出来事が重なり、「転職したい」と考えるようになった。帰宅し、鬱屈する私の視界に、あの本が映った。

帯のソレイシィ先生が「英語を話せるようになりたいんだろ?」と語りかけてくる。「転職、したくないの?」

スティーブンテンテンテンテンテンテン、英会話の仕方を教えてくれませんか?
数日間、もう一度本を読み直して頭に叩き込んだ。DMM英会話に無料登録だけした。無料の体験チケットが2枚付いた。期限は一ヶ月。お盆休みでやればいいやと思った(怠け者特有の引き伸ばし)。

程なく、DMM英会話からメルマガが届いた。オレンジ色のフクロウが「3日以内に有料登録すれば初月半額!!」とぬかした。

「どうせやるなら今せな損か…」
結局、半額に負けて有料登録を行なった。これで元を取るためにはレッスンを受けるしかなくなった。こういう時、金がかかると無理やり背中を押されることになる。良くも悪くも。

とりあえず初心者向けを条件に検索する。ヨーロッパ出身の実に綺麗な先生が目に留まった。評価もべらぼうに高い。迷わず予約をした。

当日。レッスン時間が来るにつれ、形容がたい緊張に襲われた。
「今から俺は日本語の通じない相手と25分間会話をしなければならない。しかもタイマンで。おまけに同年代の女性と」
考えるだけで目眩がする思いだった。「じゃあ男の講師を選べよ」というツッコミが来そうだが、筆者は渇ききった日常を送る独身弱者男性である。どうか見逃してください。

落ち着かないながらも、Macのモニタ中央にレッスンページを開いたタブ、左にGoogle翻訳、右に本で紹介されていた汎用フレーズや事前に考えた問答集などを準備して備えた。

コールが来た。震える手でボタンを押した。一瞬の沈黙ののち、繋がった。
「ハロゥ?」
ブロンドの女性がいった。
「は、はろー」
俺は言った。多田野挨拶で声が上擦った。気が動転しそうになった。写真よりも綺麗な女性だったのだ。

女性講師がまず自己紹介を行なった(以下、ディーナ(仮名)とする)。
ディーナは明らかに英語初心者な私に、ゆっくりと確認するように話した。その後、自己紹介を促された。
「ア、アイムタツオ――」
ここまでは良かった。誰だって自分の名前と"Nice to meet you"くらいは言える。

それからだ。
「なぜ英語を学びたいと思ったの?」
彼女が問うた。

「・・・・・・?」
自分でもびっくりしたが、聞き取れなかった。
何も難しくはない。だが、少し鼻のかかった(マイクの関係上仕方ない)ネイティブな発音を、自分でも驚くくらい聞き取り、意味を解することができなかったのだ。
この時点で泣きそうになった。なりながら、「Sorry?」と聞き返した。
ディーナは”OK”と快くいい、もう一度――今度はより遅く聞いてきた。洋画を0.5倍速したぐらいのスピードだろうか。

(え・・・・・・何?)
やはり聞き取れなかった。自分が信じられなかった。本当に泣きそうになりながら、"Would you type chat?"と頼んだ。
"OK, Off course"
すぐに、ものすごい勢いでキィボードを叩く音が聞こえ、チャット欄に文章が表示された。

”Why are you learning English?”
「あー…ジャストアモーメント」
消え入りそうな声でソーリィといい、Google翻訳に日本語を打ち込んだ。翻訳された英語を辿々しく返した。
今日日小学生同士でやってそうな質問すら答えられない自分が恥ずかしくて仕方なかった。

ディーナは「こいつはアカン」と思ったのか、すぐさま初心者向けテキストで私を巧みに英語学習に誘った。この辺りは百戦錬磨という感じがして頼もしいと思うと同時に、簡単な会話ひとつできひんのかと心の中で落胆した。

テキストでの学習は、彼女の発音を真似て英文を読み上げたり、簡単なリスニングテストを行うものだった。流石にこれは簡単…とは問屋が卸さなかった。

「私の後に続いて読んでね」「私が(登場人物の)女性のセリフを読むから、あなたは男性のセリフを読んでちょうだい」「今の文章をもう一度読みましょうか?」という問いやフォローも、当然ながら全部英語である。
これを、”Why are you learning English?”すら聞き取れない馬鹿がリスニングできるわけがなかった。まして、勝手に気落ちして脳が全く働かない。

フリーズしたり、的外れな返答をしたり、彼女を困らせるだけ困らせた。彼女は動じず、逐一チャットに書くなどして私という厄介を見事に乗り切ってみせた。まるでピンチに強いリリーフエースのような頼もしさ。

25分が終わった。ディーナは最後に私を励ました後、「ありがとう!」と日本語で言いながら手を振った。片言だが、私の英語の1000倍は綺麗な「ありがとう」だった。

通話ボタンを切った後、私は打ちのめされていた。ここまで自分が英語力マイナスワン・コミュ障・低スペCPUだとは思わなかった。
学生時代に受けてきた英語の授業、予備校での受験英語の講義などとは何もかもが違った。これが、英語でコミュニケーションをとるということなのだ。
そうしてひとしきり頭を抱えたのち、「次はもう少し上手くやりたい」「これ以上彼女に迷惑をかけてはいかん」「いつか楽しくおしゃべりするんや」などという感情が沸々と湧き上がってくるのを感じた。

泣きたくなるぐらい壊滅的なファーストレッスンだったが、英語しか通じない相手とのコミュニケーションは未知の体験で、嫌ではないなと思った。

そして少し時間が経ったのち、「実験しよう」と考えた。
ここまで英語に不得手な男でも、英会話をやり続ければ本当に英語が身につくのか。センテンスのひとつ一つが頭の中で意味を成し、最適な返事が口をついて出るようになるのか。脳が勝手に英語を求め出すようになるのか。
悪くない"実験"ではなかろうか。私が小学生ならこれを夏休みの自由研究にしているだろう。

この災害のような猛暑が和らぐ頃には、俺の英語力はどこまでマシになっているだろうか。そう考えながら、明日のレッスンの予約をしに講師を探し始めた。

いいオチが思いつかなかったのでこの辺で終わり。こんな長文を読んでいただきありがとうございます。あ、Thanks for reading my note!


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