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【小説】ひまわり
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あたしはかわいい。
星をとじこめたような瞳、バラ色の頬、ぽってりとした唇。ワンピースからすらりと伸びた手足には薄い桃色がにじむ。まるでお人形さんのような容姿は、周囲の目を奪ってきた。
その上、性格だって良い。
悪口は言わない。そういうのが好きな人には、適当な愛想笑いをぶつけるようにしてる。
絶対に裏切らない。信じた人のことを誰かに売るような真似なんて、考えたこともないわ。
自分でいうのもなんだけど、相当いい女だと思う。
東京にいた頃はよくスカウトされたなあ。小さいときのあたしは、芸能界のことなんて知らなかったから全部断ったけど。あのとき、スカウトマンの手を取っていたら何か変わったのかな。
パパとママが離婚して田舎に引っ越したときも、「超かわいい転校生が来た」って騒ぎになったっけ。
色んな人がひっきりなしに話しかけてくるから、なんか面白かったな。
ママが仕事で忙しくて寂しいときもあった。でも、ちやほやしてくれるみんながいる。いたるところで好意を向けられて、ちょっと調子に乗っちゃってたのは恥ずかしい思い出かも。
まあ、仕方ないか。あたし、かわいいし。
そんなかわいいあたしは、わがままな人間だと思われるらしい。
そんなことはない。だって、あたしは尽くすタイプだから。
好きな人ができたら、その人の好みの女の子になる。
恋人ができたら、その人が求めることをなんだってしてあげる。
結婚したら、いつまでもかわいいお嫁さんでいてあげられると思う。
かわいいあたしは完璧だ。
あまりにもいい女すぎて、付き合った人はみんなあたしに夢中になるに違いない。
それなのにどうして?
あたしはいつも飽きられちゃうの。
みんなあたしのことを好きなはずなのに、最後はいつもあたしを捨てる。
なんで?
あたしはこんなにかわいくて、いい子なのに。
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初めて付き合ったのは中学生のときだった。
サッカー部の男の子で、焼けた肌に笑顔が似合う元気な子。
おそろいのミサンガをプレゼントしたり、試合の日には手作りのスポーツドリンクを持って行ったり。彼のためになるならって、色んなことをしたな。
でも、好きな子ができたからって振られちゃった。
高校のときは茶道部の先輩と付き合った。
先輩は女の子だったけど、好きだって言われたとき、あたしは嫌な気持ちじゃなかったからいいかなって。
先輩が喜ぶと思って、部活がある日は毎回手作りのお菓子を持って行った。お抹茶に合いそうな少し甘めのお菓子とか。
女の子同士だから抱きついても変じゃないかなって思って、先輩を見つけるたびに甘えてみたりもしたな。
でも、なんか疲れたから別れたいって言われちゃった。
それからも色んな人と付き合ったけど、いつもあたしが振られちゃう。
好きな人ができた、疲れた、なんか違う、重い、しつこい。
どの理由にもあたしは納得することができなかった。
だって、あたし悪くないから。
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すこしの間しか愛してもらえないあたしは、いつのまにか大学生になっていた。
勉強は得意じゃなかったけど、ママを安心させたかったから、そこそこの大学に入るために頑張って好きになった。でも、大学の入学式にママは来てくれなかった。仕事が忙しかったみたい。
大学の構内を歩けば人の視線が刺さる。まあ、慣れているからいいけど。
そう思っていたとき、前から歩いてくる女の子に目を奪われた。
――綺麗な子。
明美 「あの!」
ゆりな「え?」
明美「えっと……お昼、もう食べた?」
ゆりな「まだだけど」
明美「よかったら、一緒にご飯食べない?」
まさかあたしがナンパするなんて、我ながらびっくり。
ゆりなとは学部もサークルも違ったけど、大学生活のほとんどを一緒に過ごした。
特に、お互いの近況報告をするために夜中に集まったカフェはいい思い出。
ゆりな「期間限定のスイーツまだあってよかったね~」
明美「うん」
ゆりな「うわ。明美、またそんな甘そうなやつ飲むの?」
明美「うん」
ゆりな「スイーツに甘い飲み物ってしんどくない?」
明美「うん」
ゆりな「はあ……今度はどんな人なの?」
明美「え? ああ、アプリの人」
ゆりな「また? もうやめなよ」
明美「だって大学の子ってなんか子供っぽいんだもん」
ゆりな「それでもさあ……」
明美「いいじゃん。ほら見てこの人、高校の先生なんだって」
ゆりな「先生ねえ……」
明美「大丈夫だって。ちょっと会って話すだけだし」
ゆりな「うーん。相手が女の人とはいえ、気をつけなよ?」
明美「心配しすぎだって! そういえば、このあいだサークルの先輩に呼び出されてたでしょ?」
ゆりな「ああ、あれね」
明美「また、『彼氏取らないで!』みたいなやつ?」
ゆりな「そんな感じ」
明美「うわ、お疲れ」
ゆりな「男子って意味わかんないよね。彼女いるのに私のことが好き、みたいな」
明美「ほんと、最低」
ゆりな「そもそも男が悪いのに、私に突っかかってくんなよって感じだし」
明美「確かに。考えてみれば、お互い被害者じゃんね(笑)」
ゆりな「ほんとやめてほしいわ」
一生懸命勉強して入った大学でも、愛だの恋だの話していたのは、なんかおかしかったな。ひとりぼっちの夜は、“いい女”でいることに必死な自分に呆れちゃったりして。自分の芯がどこにあるのか分からなくなっちゃうこともあった。
こんなんで立派な社会人になれるのか不安だったけど、面倒見のいい友達とアプリの人が慰めてくれたから、なんとなく卒業まで頑張れた。
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神父「新婦明美。あなたはここにいる蓮を、病めるときも健やかなるときも――」
たくさんの人に見守られながら、結婚式がとりおこなわれる。
神父「――誓いますか?」
明美「誓います」
白いヴェールを上げた蓮は、優しい笑みを浮かべている。
ああ、この人と出会えてよかった。
大学のゼミ飲みでたまたま隣の席になった先輩――それが蓮。
あのときは、よくしゃべる人だなあとしか思わなかった。でも、何度もデートに誘われて、夜景の見えるレストランで告白なんてされたら、好きにならないわけない。
蓮は本が好きということだけで文学部にいた。そして、今は出版社に勤めている。
こんなに好きなことに一直線になれる人は見たことがない。
そんな彼があたしを選んでくれたなんて、嬉しくなっちゃって当然。
蓮はあたしが何をしても笑って受け止めてくれる。
蓮が就活で忙しくしているときは、彼の部屋に泊まりこみで家事をした。
蓮の卒業式には出席したし、彼が友達と卒業旅行に行くと聞けば私も一緒に行った。
蓮が仕事で忙しいときは、頼まれなくても彼の最寄り駅まで迎えに行った。
初めてあたしの全部を受け止めてくれた人。
あたしに「飽きた」なんて言わない人。
今が幸せの頂点なのかもしれない。
こんなに幸せになっていいのかな?
ゆりな「いい式だったね」
明美「ありがとう!」
ゆりな「あの……」
明美「どうしたの?」
ゆりな「ううん。なんでもない」
明美「なに? もー、水臭いって(笑)」
ゆりな「……いや、どうやったらいい人を見つけられるのか、永遠の愛のセンパイに聞きたかっただけ」
明美「なんだ、そんなこと?」
ゆりな「うん」
明美「そうだなあ。うーん……最後まで信じることかな」
ゆりな「信じること?」
明美「うん。愛してくれる人が現れるって信じること!」
ゆりな「そっか……そっか」
明美「うん!」
ゆりな「本当に、お幸せにね!」
明美「ありがとう!」
ゆりな「なにかあったら呼んでね。すぐに行くから」
明美「分かった。蓮と喧嘩したらすぐ呼ぶ(笑)」
ゆりなの心配そうな様子が気になったけど、たぶん大丈夫。
蓮「明美―? 今、大丈夫?」
明美「はーい!」
今のあたしには、蓮がいるから。
明美「じゃあ、蓮が呼んでるから」
ゆりな「うん」
明美「今日はありがとうね!」
ゆりな「こちらこそ」
明美「ゆりなも早く幸せになってね!」
ゆりな「うん」
蓮「明美―?」
明美「今行くー! じゃ、ゆりな、本当にありがとうね」
ゆりな「うん」
明美「また飲みいこ!」
ゆりな「うん、じゃあね」
結婚式はすごくドタバタしたけど、本当に幸せだったな。
みんな笑顔で祝ってくれたし、愛されてるって実感した。
これから色んなことがあると思うけど、蓮と一緒ならきっと大丈夫。
彼はあたしのことをずっと愛してくれるから。
作者:明坂凉汰