世界中で都市型農業が当たり前になっている
世界中に野菜の屋内栽培を展開している「Infarm」が今年1月、日本にも上陸しました。最新のデジタル技術を搭載したファーミングユニットを持つ「Infarm」に着目し、日本法人の代表を務める平石郁生さんが今回のゲストです。起業家兼投資家として未来を見据え、成功をおさめてきた平石さんが「Infarm」に感じた魅力が、これからの農業を占っているともいえるでしょう。
平石郁生
ひらいしいくお Infarm – Indoor Urban Farming Japan株式会社代表取締役社長/株式会社ドリームビジョン代表取締役社長。コンサルティングファーム、外資系広告代理店等を経て1990年代よりネットビジネスに参入。以降、国内外で数多くの創業間もないスタートアップを発掘している。
農業のサプライチェーンにおける廃棄ロス、環境負荷を減らしたい
――農業の未来というとかならず「野菜工場」という言葉が出てきます。LEDを使った野菜の水耕栽培は以前から行われていますが、他社とInfarmとではどこが違うのでしょうか?
平石 Infarmが、まずはドイツ・ベルリンで生まれた会社であることは大きな意味を持っています。そもそもLEDを使った水耕栽培に対する考え方が日本と海外とでは若干異なるんです。日本で水耕栽培の野菜というと何が思い浮かびますか?
――・・・レタス、ですかね。
平石 その通り。レタスです。日本のLED水耕栽培の事業者の多くはレタスを栽培しています。なぜそうなるかというと、LED水耕栽培で野菜を作るという事業を、製造業的メカニズムで考えて行っているからです。事業なので当たり前ですけど、どうすれば利益が出るか? どうすれば製造原価を下げられるか? を考えます。そうすると、ひとつの品種あるいは少ない品種を大量に栽培したほうが、どう考えてもオペレーション効率がいい。そして大量に栽培するためには、大規模な施設が必要です。でも同じことを都会でやろうとすると、とんでもない不動産コストになります。そうなると、田舎のほうの、不動産コストが安くて人件費も安いところで栽培したほうがいい。
――だから、日本では巨大な「野菜工場」を田舎に作ってしまうというわけですね。
平石 技術的にいっても、今のLED水耕栽培やそれに付随する技術でもっとも需要があって安定的に作りやすいのは、やはりレタスや葉物野菜に行きつきます。ですから、製造業的なメカニズムで、スケールメリット、コストダウン、オペレーション効率、マーケットの需要と考えると、田舎でレタスをたくさん作って都会に出荷しようとなる。でもそうすると、土の畑で作るか、LED水耕栽培で作るか、の違いがあっても、結局は田舎から都会にトラックで運ぶ構造は変わらないわけですよね。ガソリンがたくさん使われて二酸化炭素が出る。それではInfarmの理念を実現させ、既存の農業サプライチェーンに対する問題意識は解決できない。
――Infarmの理念に関しては今年初めに上陸した際にメディアでも大きく取り上げられましたが、改めて教えていただけますか?
平石 Infarmは2013年、エレズ・ガロンスカ、ガイ・ガロンスカ、オスナット・ミカエリという3人のファウンダーがベルリンで設立した企業です。3人ともイスラエル出身で、エレズとガイは兄弟なんですが、兄のエレズがCEO(最高経営責任者)をしていて、弟のガイがCTO(最高技術責任者)を、オスナットがCBO(最高ブランド責任者)をしています。農業のサプライチェーンにおける廃棄ロスや環境負荷を減らしたいという理念から、小売店や飲食店の店内で野菜を栽培し、消費者に提供する「ヴァーティカルファーミング(屋内垂直農法)」にたどりついたんですね。
――平石さんはネットビジネスにおける起業家/投資家として長年活躍されていますが、今までとは少しカテゴリーの違う農業とどう結びついたのでしょうか? また平石さんがなぜInfarmに惹かれたのかを聞かせてください。
平石 実は私自身、25社ほどある投資先の中で、なぜInfarmにこれほどまでのめり込んでいるのか? その理由がわからなくて自問自答したことがあります。でも、Infarm日本法人を立ち上げる前から農業には関心を持っていました。2012年、前職の株式会社サンブリッジグローバルベンチャーズ(以下、サンブリッジ)でスタートアップへの投資を行なっていた時、これからどんな領域が成長する可能性があるか? を考えていました。私は法政大学経営大学院(MBA)で非常勤講師として教鞭をとっていますが、当時の担当学生が農業分野での金融のモデルを考えていたんです。また、サンブリッジで運営していた 「Innovation Weekend」 というピッチイベント(※スタートアップ企業が資金獲得のために投資家に自社事業を売り込むイベント)を通じて、農業スタートアップの株式会社テレファーム(現・楽天農業株式会社)の遠藤忍氏と知り合いました。その2人と一緒に、新しい農業ビジネスを考えようと2012年、企画準備会社「株式会社農業革新ラボ」を立ち上げました(その後、解散)。それから約3年後の2015年、初めてベルリンで開催した「Innovation Weekend」で、Infarmのファウンダー3人に出会ったんです。
――「Innovation Weekend」はベルリン以外でも行われていますよね?
平石 はい。ほかにニューヨーク、サンフランシスコ、ロンドン、シンガポール等で開催し、各地で優勝した会社が東京に集まって、そのシーズンの年間チャンピオンを決める「Innovation Weekend Grand Finale」に参加してもらうんです。Infarmはベルリンで優勝し、東京でも優勝して年間チャンピオンになったんです。Infarmの彼らの話を聞く機会はたくさんあって、いろいろと話し合ううちに、彼らの人間性と本気度にとても感銘を受けました。LED水耕栽培による「農場ネットワーク」を都市に構築し、都市を自給自足にするという、壮大なビジョンに本気で取り組んでいることが伝わってきたからです。当時は、パイロットファームが1台あるだけでしたが、彼らとしては、ドイツ、ヨーロッパ以外にも進出したい都市がいくつかあって、そのなかに東京、大阪も入っていたんです。日本は食品ロスが多いし、台風などの自然災害に見舞われていて、サステナブルな農業がむずかしい。さらに、農業従事者の高齢化という問題も抱えているので、Infarmのようなモデルはそうした問題解決の糸口となると語ってくれました。でも当時は東京なんて知り合いもいないし、カルチャーもわからないし、手伝ってくれないか、という会話からはじまったんです。彼らなら壮大なビジョンを具現化できるだろうと思ってInfarmに投資をすることにしました。
――まずは投資からだったんですね。そこから日本法人を経営する立場になられたと。
平石 国でいうと、Infarmにとって日本は10か国目ですが、都市単位でビジネスを考えていて、東京は世界のなかのちょうど30都市目でした。私は機能不全に陥った産業や業界をテクノロジーと新しいビジネスモデルで変革したい、イノベーションを起こしたいという欲求を持っています。そんな私の価値観やモチベーションに、Infarmが合致していたということでしょう。その対象がたまたま農業だったということです。増加し続ける世界人口と地球温暖化による自然災害の増大などを考えると、現状の食料システムでは立ち行かなくなるのは明らかです。Infarmなら、まったく新しい農業のプラットフォーマーとして、都市を自給自足にし、既存の社会基盤を大きく変える可能性がある。そこに突き動かされたのだと思います。地球のことを考えると、どうやったらエネルギー消費量をミニマイズできるかを考えることが必要ですから。
――野菜を輸送させなければいいという考え方に行きつきますね。
各都市にユビキタスファーミングの実現を
平石 都会の各スーパーマーケットの店舗に2㎡でいいから場所を貸していただければ、100店舗だと200㎡、1,000店舗2,000㎡という畑ができることになります。そういう風に、都会のなかにInfarmという畑を分散させるという考え方です。20年ほど前のインターネットビジネスでは「ユビキタスインターネット」という概念が提唱されていました。ユビキタスとは、いつでもどこでも存在するという遍在を表す言葉ですが、当時は概念としてあっても、現実的なインフラになっていませんでした。そこから20年経って、インターネットの世界では「ユビキタス」が現実のものになったわけです。Infarmとしては、「ユビキタスファーミング」を実現させたい。水と電気とインターネットが使えさえすれば、2㎡あればどこでも野菜が作れる。田舎まで行かなくても安定供給ネットワークが作れるという考えです。国連によると、2018年時点で、地球上の人口の55%が都会に住んでいるということですが、30年後の2050年は68%、つまり約7割が都会に住むことになるそうです。だったらなおのこと、都会で作って都会で消費する仕組みに、農業という産業を再構築しよう。そういう考え方のもと、試行錯誤して今日に至ります。
――現在はどこに展開されていますか? システムについても教えてください。
平石 今年(2021年)の1月19日に紀ノ国屋インターナショナル青山店でアジア初としてビジネスが始まりました。ファーミングユニットと我々が呼んでいる独自に開発した水耕栽培装置を用いて、屋内垂直農法によってハーブや葉物野菜を栽培し、販売しています。このファーミングユニットを入れていただいているのが、紀ノ国屋で合計4店舗、サミットストアで3店舗あります。ファーミングユニットの前に、Infarm独自の穴の開いた黒いボックスを設置し、そのなかに水を入れています。Infarmのスタッフが週に2回、店舗を訪問し、収穫した野菜をそのボックスに陳列して販売しています。野菜が生きたままの状態で販売していることが大きなメリットで、お客様は自宅に持って帰ったら、マグカップ等に水を入れ、購入した野菜を入れておけば、新鮮な状態を保てるわけです。味も香りも保てます。Infarmの野菜は店舗の中で作っているのが基本ですが、すべてのプロセスを店舗のなかでは完結させていません。種から苗まで育てるための設備も販売スペースに置くと、スタッフが種まきや苗の生育状況を確認するたびに店舗に向かわなければならず、オペレーション効率が悪くなります。そこでセントラルキッチンのような種から苗まで育てる設備を別拠点に集約させ、いついつまでにどの品種の種を苗まで育てて、今日どこどこの店舗に植える苗はこれですという風に管理します。この拠点を「Infarmプラントハブ」と呼んでおり、そこで育てた苗を、店舗に設置しているユニットに植えています。
――プラントハブも東京ですか?
平石 はい。23区内にあります。
――ファーミングユニットについてもう少し詳しく聞かせてください。
平石 ファーミングユニットにはIoT技術と機械学習技術が搭載されていて、室内の温度や湿度、光、pHなどが常時、最適に制御されています。クラウドに接続されていて、本社のあるベルリンのサーバにデータが集約されます。世界中どこからでも、自社のサーバにログインすることで、24時間、遠隔操作や管理が可能です。また、野菜たちが美味しくなるように適度なストレスを人工的に与えています。
――都内の電気代は高くありませんか? 水道代などはどうでしょう?
平石 ファーミングユニット内の環境制御などにエネルギーは必要ですが、LEDのコストは年々下がっていますし、水の使用量は従来の農業と比べ95%の節約になっています。化学農薬は使用していません。スーパーマーケットに届くまでの過程で発生する食材のロスも大幅に軽減できます。野菜の廃棄ロスの問題はInfarmの出発点でもありますから、真剣に取り組んでいますね。また、台風や地震などに加え、大雨による水害も近年では多く発生していますが、栽培から収穫までを屋内で行うことで、自然災害のリスクを最小限におさえながら生産することができます。つまり一年を通じて安定した価格で提供できます。現在、日本ではハーブや葉物野菜の15品種を栽培していますが、Infarm全体ではトマトやキノコ類など75種類の栽培に成功しています。今後も研究開発が進み、Infarmのファーミングユニットで育てられる品種はもっと増えてくると思います。
――水耕栽培は味や香りなど露地栽培つまり土で育てたものとの比較を必ずされると思うのですが、おいしさに関してはどうでしょうか?
平石 個人の感想ですが、かなりおいしいし、香りもあります。また、客観的な意見として、水耕栽培事業に関する国内の研究機関の方が、Infarmの野菜を食べてくれたんですが、かなり味が濃くて香りがあるという評価をいただきました。土を使った土耕栽培との比較においては、これから品種を増やしていくにあたっていくつか課題はあると思うのですが、葉物野菜に関してはかなりのレベルにいっていると思います。とはいえ、弊社は露地栽培の野菜と競争するつもりではなく、新たなフードシステムを構築したいと考えています。
野菜もパーソナライズ化され、人々が食べる主導権を持つ
――具体的に教えてください。
平石 この図を見てください(上記図)弊社の次世代型栽培施設Infarm Growing Center(以下、IGC)です。種まきから収穫、パッケージ包装まで、ほぼすべて工程の自動化を実現させる大型栽培、配送センターです。そこに設置するファーミングユニットは1台の高さが最大18m、設置面積が約25㎡で、1台で最大1万㎡の土地相当の生産が可能です。自動化によって農作業に要する時間を90%削減できます。まずは、首都圏に日本初のIGC建設を目指すとともに、首都圏に加えて、札幌、仙台、名古屋、関西、広島、福岡の7大都市圏での事業展開を計画しています。
――今後30年後をイメージすると、移動型(モバイル型)野菜工場なども登場してきそうですね。たとえば、今はスーパーマーケットですが、マンションなどに無人のモバイルカーで野菜を売りに来るというやり方はありませんか? 移動型(モバイル型)野菜工場なども登場してきそうですね。
平石 それはおもしろいですね。コロナによって人々は自宅にいることに対して抵抗がなくなってきましたから、住まいに届けるというモデルはありますね。
――レストランに届けるのもおいしそうです。
平石 モバイルカーでレストランまで届けるのもいいですね。レストランとのシェフとのコラボレーションでいえば、青山のサステナブルグリル「The Burn」の米澤文雄シェフがうちのイタリアンバジルを使用したヴィーガン・ジェノベーゼを開発し、お店で提供してくださっています。豊かな香りを生かした新鮮な野菜の加工も進んでいくでしょうね。
――野菜の種類を増やしたり、野菜を改良したり、というお考えはありますか?
平石 もちろん、あります。今後30年を考えたとき、野菜もパーソナライズされた時代になっていくと思います。食べる人のすぐそばにファーミングユニットを置くことは、新鮮で栄養価の高い食材へのスムーズなアクセスが今までにないほど進むというメリットだけではありません。育っている作物を直に感じ、それを見て何をどのくらい食べるかを考え、量を決めるとなると、自分たちが食べる主導権を握ることができるわけです。未来の食といえば、ヴィーガンも今以上に増えて野菜のニーズも増えていくでしょう。となると、どういう野菜が好みか、といった人々のニーズにあった種類等の提供も必要となってくるはずです。自分が食べたい野菜をスマートフォン等の端末から注文し、それをモバイルカーでデリバリーしてもらう、というようなことも可能になると思います。また、日本には京野菜など各地にいい野菜が育てられていますから、そうした野菜をLED水耕栽培で育てていくこともおもしろいですね。技術的には葉物野菜だけではなく、根菜類などもできるようです。そうしたものの改良も進んでいくと思います。
インタビュー・吉川欣也 土田美登世(構成)