運命じゃない人と また乾杯しよう
先輩とは何度もお酒を一緒に飲んだ。同じ研究室に所属していたからだ。
教授はワインが好きで、少なくとも月に一度は大勢で乾杯してた気がする。教授はRNAワールド説と恋愛話が大好きだった。世界はRNAから始まったことと、この研究室には碌な男がいないから女学生は可哀そうだという事を同時に話す、愉快な教授だった。この教授のことを私は大好きだったが、先輩はそうでもなさそうだった。
先輩と二人きりで乾杯したのはたった一度だけ。
京都の鴨川近くのお店だった。
私が大学の卒業旅行で京都を訪れた際、奈良の研究室に進学していた先輩から誘いがあったのだ。
精一杯の一張羅を着て、何日も前から胸がドキドキしていたのを覚えてる。初恋でもあるまいし。その時、先輩が予約してくれた店は、確かフレンチだった。
ドリンクメニューに何が書いてあるかわからなくて、二人でひそひそ話し合ったっけ。
結局、二人ともビールで乾杯したな。先輩はお酒が飲めなかったのに。
でも、もう食事の味は覚えてない。
「おいしいね」って言いあったことは覚えてる。
別れ際、ジャケットの胸ポケットから下鴨神社のお守りを取り出して
「君にはずっと、このままでいてほしい」って言ってくれましたね。
私はあの日から、先輩に誇れる自分でいようと決めたのです。
あれから、10年。
忘れられない先輩と
叶うなら
また 乾杯したい。