【論文】量子もつれが解き明かす「時間の矢」：不可逆の謎に迫る
カテゴリー：科学・技術
読むのにかかる時間：約6分
以下の論文が面白かったので、まとめてみました
タイトル: The Decoherent Arrow of Time and the Entanglement Past Hypothesis
著者: Jim Al-Khalili（サリー大学数学物理学部）、Eddy Keming Chen（カリフォルニア大学サンディエゴ校哲学部）
発表機関: サリー大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校
公開日: 2024年5月7日
導入
時間はなぜ一方向にしか進まないのでしょうか。これは「時間の矢」と呼ばれ、私たちが日常的に感じる現象の一つです。この問題は物理学においても長年未解決のテーマでしたが、最近の研究で量子もつれが時間の不可逆性を説明する鍵となる可能性が示されています。本記事では、最新の研究成果を元に、量子もつれと「時間の矢」について詳しく解説します。
本文
1. 時間の一方向性と「時間の矢」
私たちが日常生活で当たり前に感じることですが、時間は常に過去から未来へと一方向に進んでいます。これを物理学では「時間の矢」と呼びます。しかし、物理の基本法則は、時間が逆転しても成り立つという性質（時間反転対称性）を持つため、なぜ実際には時間が一方向にしか進まないのかは謎の一つです。この疑問は、宇宙の始まりやその進化とも密接に関係しています。
2. 量子もつれとは？
量子もつれは、2つ以上の量子がどれほど離れていても、互いの状態が瞬時に決定されるという現象です。たとえば、片方の粒子のスピンが上向きだと決まると、もう片方の粒子は瞬時にスピンが下向きと決まるような相関関係を持ちます。この現象は量子力学の最も奇妙な特性の一つであり、通常の常識では説明しきれないものです。しかし、この量子もつれが「時間の矢」を理解するためのカギとなるかもしれません。
3. デコヒーレンスと時間の矢
量子もつれが壊れる現象、すなわちデコヒーレンスは、量子システムが外部環境と相互作用する際に発生します。これによって、もともと重ね合わせ状態にあった量子状態が明確に分離し、古典的な振る舞いを示し始めます。この過程が不可逆であるため、時間が過去から未来へしか進まないという「時間の矢」の説明に直結します。
このデコヒーレンスが起こることで、時間が一方向にしか進まないように見える理由が浮き彫りにされます。つまり、量子状態が絡み合うことで、時間の流れが固定され、過去に戻れないプロセスが確立されるのです。
4. 「量子もつれの過去仮説」とは？
最近の研究で提唱された量子もつれの過去仮説（Entanglement Past Hypothesis, EPH）は、宇宙が始まった時点で、量子もつれが極めて少なかったとする仮説です。時間が経つにつれ、宇宙は膨張し、物質が複雑に絡み合い始め、量子もつれが増加していきました。このプロセスはデコヒーレンスを伴いながら進行し、時間の矢を形成していったのです。この仮説は、従来の熱力学的時間の矢（時間が進むにつれてエントロピーが増加する現象）と類似した概念ですが、量子力学的な視点で時間の一方向性を説明する新しい理論です。
5. 量子コンピュータへの影響
この理論は、量子コンピュータの開発にも大きな影響を与えます。量子コンピュータは、量子もつれを利用して情報を処理しますが、デコヒーレンスが進むと計算能力が低下します。実際、デコヒーレンスを防ぐための技術は、現在も研究が進められており、量子コンピュータの実用化に向けた最大の課題となっています。この研究が進めば、量子もつれの制御やデコヒーレンスの抑制方法が明らかになる可能性があります。
6. 今後の研究と展望
量子もつれの過去仮説は、まだ提唱されたばかりの仮説であり、今後の研究でその検証が進められるでしょう。例えば、実験的にデコヒーレンスがどのように発生し、それが時間の矢にどのように影響を与えるのかを解明することが、今後の重要なテーマとなります。また、量子重力理論などの他の物理理論と結びつけることで、時間の本質に関する理解がさらに深まるかもしれません。
まとめ
「時間の矢」についての新たなアプローチとして、量子もつれの増加が時間の不可逆性を説明する「量子もつれの過去仮説」が提唱されました。この仮説は、宇宙の初期状態が低い量子もつれエントロピーを持っていたことを前提とし、デコヒーレンスがその後の時間の流れを不可逆にする要因となるという考えです。この新しい理論は、量子コンピュータの発展や、時間の本質に対する理解をさらに深める重要な手がかりとなるでしょう。今後の研究の進展に期待が寄せられます。
いいなと思ったら応援しよう！
