「多拠点生活」「空き家活用」注目トピックとの“かけ算”が、高齢者賃貸のヒントになる ーー株式会社イチイ・荻野氏
「団塊の世代」が後期高齢者となり、2025年には国民の4人にひとりが75歳以上になると言われている今。
高齢者世帯のうち約7割が単独世帯もしくは高齢夫婦だけの世帯で、介護や看取りを行ってくれる同居家族もいないまま、孤独死する人の数が増加傾向にある。
そこで深刻な社会課題となっているのが、高齢者の住居問題。
住居となる物件が不足しているわけではなく、高齢であることを理由に入居を拒否されるケースが後を絶たない。
そんな問題の解決に向けて、65歳以上からのお部屋探しに特化する不動産管理会社「R65不動産」では、高齢者の入居推進を共に行うパートナー企業との提携を昨年より開始。
本連載では、R65の代表・山本自身が、提携するパートナー企業と意見を交わし、高齢者の入居をめぐって生じる様々な課題の解決への糸口を探っていく。
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連載1回目である今回は、東京・神奈川・埼玉を中心とした不動産管理・仲介をおこなう株式会社イチイ・荻野 政男氏にインタビュー。
不動産賃貸40年の実績、シニア向け不動産仲介事業「グッドライフ シニア」を展開するなかでみえた、高齢者の住まいをめぐる現状とこれからの課題をうかがった。
目指すは“福祉大国”と同水準。「日本はまだまだできることがある」
ーーはじめに、荻野さんが高齢者向け賃貸住宅紹介「グッドライフ・シニア」や外国人対応賃貸住宅紹介「Live In Japan」をはじめた経緯を教えてください。
荻野:実家がアパートの借上業を営んでおり、訳ありの方たちを見て育ったことがきっかけです。
そのアパートには高齢者や母子家庭の方などが入居しており、入居者のお世話をする母の姿を見て育つうちに、しだいに高齢者や外国人向け賃貸事業に関心を寄せるようになりました。
また、大学生のときアメリカ留学で滞在したゲストハウスも大きなきっかけです。
ロサンゼルスにて3週間ほど滞在したゲストハウスは、単身高齢者をお世話する老人ホームのようなところでした。
高齢者だけではなく旅行者、留学生も住んでおり、なんと朝晩食事つきで一泊5ドル(1500円)で住んでいたんです。
当時は1975年。現代ほど社会的マイノリティの存在が許容されていない時代にも関わらず、多様なライフスタイルが認められた住まいが存在していたのは衝撃的でしたね。
ーー家業や留学を通して、「高齢者の住まい」に関心を寄せていたのですね。
荻野:そうですね。特に社会保障、福祉レベルの高さで知られるスウェーデンへ訪れたときは、高齢者向けの住まいも見学しましたが、1977年にも関わらず今イチイで扱っている高齢者住宅と同レベルのサービスが提供されていたのは驚きましたね。
そして、痛感しました。「日本の高齢者福祉・住まいはまだまだ改善の余地がある」と。
いずれ高齢者向け賃貸事業を展開しようと考えているうちに、「府中の物件を高齢者向けサ高住としてオープンしたい」と相談を受け、そこを第1棟目として「グッドライフ・シニア」をスタートしました。
多拠点生活が老後の暮らしを彩る
ーー荻野さんが関心のあるテーマは何でしょうか?
荻野:高齢者のマルチハビテーション(多拠点生活)ですね。
近年、アドレスホッパー(※1)と呼ばれるライフスタイルが注目されていますが、実は私の地元である福島県いわき市は震災前から二地域居住促進のための取り組みを行っていたんですよ。
数あるマルチハビテーションのなかでも、特にいわき市と東京都の二地域居住は人気があったんです。
(※1 固定の住居を持たず、全国にある拠点を移りながら暮らしている生活者のこと。多拠点生活。)
ーーなぜ、いわき市はマルチハビテーションの拠点として人気があったのでしょうか?
まず、いわき市出身者からの人気です。いわき市民は地元愛が強い方が多く、帰省を兼ねて二地域居住する方も珍しくありません。
次に、移住先としての人気です。のんびりした現地住民の人柄、海の幸の美味しさや物価の安さなどの魅力から、いわき市出身者以外からも生活の拠点として人気を集めていました。
その人気から、イチイでも東京からいわき市の老人ホームへ移住したい高齢者のサポートを行っていましたが、現在は東日本大震災の影響で休止しています。
しかし、どうしても「地方への高齢者のマルチハビテーション」は諦めたくなくて。
先日、地方にロングステイしたいご夫婦向けに、京都のサ高住に半年間住まうプランをご紹介しました。
ーー半年ごとに行ったり来たりするのは、タイミングもちょうどよく、楽しそうですね。
荻野:観光地であればなおさら楽しそうですよね。
そのご夫婦はうちの大家さんだったのですが、実は以前にも京都に一年間住んでいたらしいんですよね。
すでにリタイアして時間もあり、また奥さんがお寺好きということで、当時は一般的な賃貸マンションに家具家電をリースしていたそうです。
しかし今回はもう高齢なので、イチイで展開していた食堂・提携病院付きの高齢者住宅を紹介しました。現在は岩手・八幡平の高齢者施設とタイアップで1ヶ月4万円の体験入居を薦めてます。
ーーいいですね。最近では、HafHやADDress(※2)など、コリビングサービスが続出しているので、気軽に旅行も行きやすくなりましたよね。
荻野:むしろ、自分がそういう生活したいですよ。若いときに50カ国ほど行ったので、早く仕事終わらせて、死ぬまでにはあと50カ国巡るのが夢ですね。若い時だと野宿もできましたが、やっぱりさすがにね(笑)。
(※2)HafH:敷金・礼金・保証金、光熱費など一切なし、1ヶ月~定額で、世界を「旅して働ける」定額制住み放題サービス。
ADDress:日本各地で運営する家に定額で住める、定額住み放題サービス
“移住サポート” はもっと注目されるべき
ーー今後の高齢者問題考える上で、これからの大家さんがもっと考えていかなければいけない課題があれば、教えてください。
荻野:今いる賃貸住宅から住み替えを検討する高齢者に対してのセーフティネットですね。
ーー国の統計では、賃貸に住む高齢者は現在400万人いるそうですが、それまで住んでいた持ち家を手放して賃貸物件を探し始める高齢者の方も多くいると聞きます。
荻野:セーフティネットを提案しなければいけない高齢者は、大きく2パターンに別れます。
まず、一般的な賃貸物件に住んでいるため「動けなくなったときが不安」と感じている単身高齢者。
漠然と不安を感じつつも、実際に対策を考えたり、行動にうつす高齢者はまだまだ少数派。
ある日突然体調を崩し、そこではじめて高齢者住宅への住み替えや老人ホームへの入所を検討する方、必要に迫られた時にはすでに次の行き場がなくて困惑するケースが非常に多いんです。
高齢者がギリギリになってから行動するのではなく、賃主である私たちが早期から対策を考えることが重要だと考えています。
荻野:ふたつめは、物件の建て替えによって一時的に立ち退きを迫られる高齢者。近年ではこのケースが増えています。
ひとつ、事例を紹介しますね。中野区にある4畳半の木造賃貸を一時的に立ち退いていただいている夫婦がいます。
新婚時、新築で入居したその物件をあまりにも気に入ってくれたため、そのまま50年ほど住み続けてくださっています。
しかし、建物の老朽化・建て替えのため一時的に立ち退き依頼をしたところ「建て替えたらもう一度ここに住みたい。
建て替え後の家賃が以前の4倍になっても、やっぱりこの場所から移りたくない。」とおっしゃったんです。
そのように熱い想いを伝えられたら、こちらもサポートしないわけにはいきません。
すぐにもとの家に戻ってこれるよう、近場の空き家などが活用できるんじゃないかと考えています。やっぱり、それまで住んでいた場所を移動するのは抵抗ある人が多いので、近場でね。
ーーとてもいい取り組みですね。立ち退きの場合は特に、数km圏内の引っ越しがとても多くいですよね。
R65でも先日、高齢者から「四ツ谷で4万円程度の物件探して」という依頼がありました。しかし、その価格帯だとどうしても東京都内からは外れてしまうので、空き家の活用はその課題に貢献できそうです。
荻野:ちなみにセーフティネットは、移住支援だけではありませんよ。
すでに高齢者が入居している建物のサポート充実も忘れてはいけません。
日本では、「サ高住」と名がつく物件であっても、サポートのレベルが高い住宅はまだまだ少ないのが現状です。バリアフリーやセキュリティの担保はもちろん、畳の張り替えやクロスの取り替えもままなっていない住宅が多くあります。
そのような設備に加え「突然の死亡に対しサポートしてあげられる仕組み」の整備は、貸主と不動産協会が早期から取り組むべき課題だと考えています。
その水準を、かつて私が訪れたスウェーデンと同じくらいまで引き上げられれば理想ですね。
ーー今お住まいのご入居者さんのためにできることからはじめよう、ということですね。
荻野:はい。すでに入居者が住んでいる建物のサポートから始めたほうがいいんじゃないかなと思いますよ。
入居者さん自身も、賃主からそのように働きかけなければ「今のままでいい」と思っている人がほとんどです。
中にはトイレ、キッチン共同、薄暗い家に家族5人、6畳と4畳半のふたつに分かれて生活している世帯も少なくありません。
でもどうせなら、私たちの会社を通して関わる入居者さんにはいい暮らしを提供したい。
マルチハビテーションや空き家活用など、注目される取り組みとの“かけ算”も答えの一つ。
こちらから「今よりもいい環境に住めますよ」という選択肢を提示していくことが、入居者の生活を豊かにすると考えています。
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