奇数週の木曜日18時①
友人が自殺した。特に驚きはしなかった。
大学入学直後のオリエンテーション
知らない人しかいない中、
彼はニコニコしながら周りの人に話しかけていた。
自分もその周りの人として話しかけられた。
浪人という限りなく閉鎖的なコミュニティで、
勉強に没頭することが逃避の行為で、
勉強に没頭することで救われる
そんな1年間を過してねじ曲がってしまった自分は、
そいつに嫌悪感を抱いた。
生きるのが上手ってこういう人のことを言うんだと、
心底感じたのをよく覚えている。
一瞬で壁を作り、適当に相槌をして、
会話の発展もなくその時間はぼんやりと過ぎた。
1ヶ月もすると、同じ講義で近くに座ることも無く、
話すことも、なんなら挨拶することも無くなっていた。
学内でたまにすれ違うそいつの周りは、
誰かしら人がいて、笑いあってる空間が広がっていた。
2年生になった4月、半期で取る講義を決める。
必修と必修の間のコマ。
ただの暇つぶしと興味と好奇心だけで、
取る必要もない別学部の、
経済学の講義を取ることにした。
初めての講義。
知らない顔がずらっと席に座っている。
その中に一つだけ見覚えのある顔があった。
あいつだ。あいつがいる。
嫌だった。なんでいるんだよ とまで思った。
あいつの席の隣には誰がいる訳でも無く、
椅子にはリュックが座っている。
自分はそこから離れている空いた席に座った。
教授が来るまでスマホを触っていたと思う。
どうせニュースか天気予報かを眺めていた。
初回の講義は教授の自己紹介と、
今後の流れを説明するだけの、
聞かなくてもいい音が流れる時間だった。
講義終了の時間になる。
直ぐに教室を出る訳でも無く、
ぼーっと椅子に座っていた自分に
あいつは話しかけてきた。
「久しぶりじゃん」
鮮明に覚えている。
知らない顔がほとんどの空間で、
見知った顔に話しかけられる。
また適当に返事をしたような気がする。
次の必修が同じってだけで、
自然と2人で教室を移動することになった。
「サークル何入ってるの?」
「いつも昼何食べてる?」
とありきたりな会話を広げたような気がする。
多分この会話をしている時に、
あの嫌悪感は無くなったんだと今は思う。
次の週。
経済学の教室に向かう途中に、
あいつに声をかけられる。
これも鮮明に覚えている。
適当に返事をする。
話しながら教室に向かいそのまま
自分の隣にあいつが座る。
黒板に書かれる白い文字をノートに写す作業をして、
たまにニュースと天気予報を見て、
適当に講義が終わる。
この日を初めにそれからの残りの期間は、
隣の椅子のリュックの代わりが自分になった。
とある日2人で飲みに行くかと話になった。
どっちかが誘った訳でも無く、
自然とそんな流れになった。
そこではじめてLINEを交換して、
日程と場所について話した。
別に恋人と行くためでもない、
気合いの入らない適当な居酒屋探しは、
数時間、いや数分もかからずに終わった。
木曜日の夜、18時に大学近くの立ち飲み屋。
そこに決まった。
当日の18時より20分位前にLINEが来ていた。
「先に入って飲んでるわ!」
こんな会話してたんだと思い出した。
こいつと話してるのは気が楽だった。
適当に小ボケと雑なツッコミを繰り返す。
なんにも考えずゲラゲラ笑い会う空間が広がる。
ぱーっと飲んでばーっと話して
吐くほど、記憶を無くすほど飲む訳でも無く
程よくお開きになる。
お互い適当で、なんか波長が合った。
それからたまに2人で飲むようになる。
いつも決まって木曜日。
忙しかったのか暇だったのか良くわからないけれど、
毎週じゃなくて奇数週の木曜日。
まあお金が無い貧乏大学生2人は、
毎回居酒屋に行ける訳も無く、
あいつは檸檬堂、
自分は ほろよいを買って
夜の東京を歩いた。
神田川沿いを歩いたり、
上野公園の噴水近くに座ったり。
歩きながら観た映画の話をしたり、
歩きながら芸人の真似をしたり、
歩きながら競馬の話をしたり。
あいつとっても、自分にとっても
多分1番仲の良い人は他に居たんだと思うけれど
2年生の後期になって同じ講義がなくなっても
奇数週の木曜日に2人で飲み歩く時間は
ずっと無くならなかった。
そんな飲み歩く日々の中で、
うっすら覚えている会話がある。
別に嫌いじゃない女から会いたいって誘われたら
彼女いるけど全然会うよな
ただ暇を潰すには丁度いいし
遠くから来てくれる様な馬鹿な女は一緒にいて気が楽だし
他に女がいるなんて知る由もないし、
真剣に考えなくて済むんだから
今までの会話からこういうやつって知ってはいたし
大学生なんて恋人ごっこで、
まあ最低なやつだとは思ったけれど
軽く適当に返事をしたような気がする。
結局他人だから。
でもそろそろ雑に寂しさを埋めてちゃいけないよな
真剣に自分のことを考えてくれる人に対して誤魔化して
無下に扱い続けることに慣れると
一生一人ぼっちの人間が完成するんだろうな。
前世がこんなだと来世に期待はできないよな。
将来を見据えた彼女欲しいな。
そう思うなら辞めればいいのに と思った。
ちゃんと付き合うなら遊び終わった、
賢くてメンタル強い子が良いよなーって
そう思えるならまだいいんじゃないって
軽く適当に返事をしたような気がする。
結局他人だから。
この日を境にゲラゲラ笑い合う回数は
減っていったんだと思う。
自分の価値観とか罪悪感とか、
まだなーんにも見えない将来とか。
会話の中身が有るものになっていった。
今思うと自分に対してが限定なのかは
分からないしそれはどうでもいいけれど、
あいつにとって
学生特有のどうしようもない悩みを
同じ温度感で話せる人に、
見栄もプライドもなくて済む
ただの丁度いい話し相手に、
自分はなってたんだと思う。
会話をするって言っても、
いつもあいつがベラベラ話して、
たまにそれにちゃちゃ入れたり
思った事をただ返してるだけで、
自分が話す事はほとんどなかったな。
あいつは満足に話終わるといつも
ありがとうと言っていた。
話してくれるから自分の話をしないで済むし
普通の延長でこいつの話を聞いてるだけなのに、
なんで感謝されるんだと当時は思っていた。
そのありがとうが解散の目安になり
また会おうまた飲もうの代わりだった。
奇数週の木曜日以外会うことはなかったし、
毎日LINEするようなホモくさい関係でもなかった。
誘ってくるから行く。木曜日だから行く。
自分も大概だよな。
本当に仲が良いとは言い難い、
友達ではなく友人という少し固い表現がまさに正しい。
思っている事を、考えている事を
ただ話し合う雑で楽な同性だから成り立つ関係。
他にいくらでも代わりは居るような適当な関係。
コロナが流行って緊急事態宣言が
出てる期間は会わなかったけれど、
宣言が開けて少ししたら思い出したかのように
LINEの通知がくる無くならない関係だった。
この続きはまた別のnoteにまとめようと思う。
ああ疲れた疲れた。
長々書いたこのnoteはもうすぐ3000字。
やめやめ。まとまらなさすぎ。
長く書くのは向いてない。
少し前にこいつの墓参りに行った。
墓石は綺麗だったし、
お線香の灰クズと枯れた花が残っていた。
来てる人が他にいるんだと思った。
結局真面目なのか賢いのか知らんがあいつは、
ある時セフレも彼女もバッサリと切り捨てた。
能天気な姿の裏は悩んでいたのか、
後悔と不安と期待を隠すように笑っていたのか、
今世に満足したのかは分からないけれど。
大学4年の秋、何も言わずに死んだ。
墓石の前で色んなことを思い出した。
別に泣くことはなかった。
言ってた通り来世でまともになれるかは知らんが、
多分どっかで元気にしてると思う。
このnoteはこいつのクズな面しか書いてないけれど、
もちろん良い面も沢山ある。
次にこいつの墓石の前に立った日にでも
この続きを書こうと思う。
奇数週の木曜日の18時。
自殺した友人とのお話。