ポップ

12時まで寝過ごしたため、大学であった面白そうなトークショーへは行けなかった。それから数時間を溶かし、月と六ペンスに向かって16時過ぎに外出した。

この喫茶店の扉を開けるのは、いつもちょっとどきどきする。

あいにくの天気だったが、席は割と埋まっていた。私は半個室の席に座った。ホットコーヒーを注文して、無印のノートに交換日記の第一頁目を書き始めた。

会ったことのない人へボリュームのある文章をしたためるのは初めてだから、何を書こうかとしばし悩んだ。「初めまして。」「交換日記の投稿へのご連絡ありがとうございます。」このふたつのあとは、自分が最近思っていることや昨日の日記をつらつらと書いた。自問するかたちと相手に問いかけるかたち、その中間みたいになった。

ちなみにnoteには、ぬいぐるみに向けて知的な日記を綴られている好きな書き手さんがいるのだが、その方の文体も上記のかたちに似ている。だれか特定の相手に対して書く(と想定する)と、言葉が開放されてやわらかくなったり、思考がまとまったりするのではないか?この仮定は交換日記を続けることで確かめたい。

月と六ペンスには二時間ほど滞在した。外に出ると雨が降っていた。雨の夜は街がきらきらと光るのが好き。

すこし歩いて、多聞へ行った。三月の終わりに行ったっきりの喫茶店である。端の席でメニューをひらき、値段の高さに面食らった。後悔とともにアッサムを頼み、鷲田清一さんの『「聴く」ことの力』を読み始めた。しかし、前の席の二人組が喋る声に圧倒され、全然集中できなかった。読書は無理してするものでもないなと考えて本を閉じ、逆にお客さんたちの話に耳を傾けた。ひとりでこうしていれば、本や音楽が無くても喫茶店の時間を楽しめる可能性を発見した。

そうしていると急にパフェが食べたくなって、近くの喫茶ガボールへ行った。驚くべきハシゴ喫茶三連発。ガボールではひとり用の赤いソファに案内された。プリン・ア・ラ・モード(実際の品名はカタカナ四文字だったが忘れた)を頼んだ。無駄遣いの罪悪感が脳裏をかすめたが、期末レポートのご褒美として正当化した。

『「聴く」ことの力』は、こちらでは比較的没頭して読めた。私は一対一のコミュニケーションに常に関心があるのに、うまくできた試しがないのだ。いつも、自分を極力傷つけないやり方で相手を受け入れたいし、相手を極力傷つけないやり方で自分の考えを伝えたい。わかったつもりになるんじゃなくて、わからないままで良いと思いたい(が、今のところ難しい。相手をわかりたくなってしまう)。そのためにどうするべきか、この本で何か知見を得られればと思う。


あまい後味を口に残したまま、お店をあとにした。21時半になっていた。

今日はヘッドフォンをつけてこなかった。音楽の無い散歩は自分にとって珍しい。そのおかげか、周りに注意を引かれていた気がする。会社員然とした二人組が、両手にマックの袋を抱えて颯爽と歩いていたのが微笑ましかった。ポップに生きているようで。

耳が解放されたら目も解放されるのなら面白いな。

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