『文字の革命』におけるカロプロスギについて
今回は言語学者のチェ・ヒョンベ博士(1894~1970)が20世紀中頃に考案したカロプロスギ方式のハングル改造文字について取り上げます。
トップ画像に例示しているComputer-Modern-Unicode-Oesolフォントはチェ・ヒョンベ博士の筆名に由来することから、字母名をウェソル文字という仮の名称で紹介します。
チェ・ヒョンベ式カロプロスギ
チェ・ヒョンベ[崔鉉培]博士の著書『글자의 혁명』―日本語による書名は『文字の革命』―で発表されたハングルをラテン・ギリシャ・キリル文字風に改造した人工文字では、カロプロスギというハングルを本来の単音文字として用いる方式が取り入れられています。
カロプロスギは韓国語で“横一列書き”の意味で〈가로풀어쓰기〉と綴り、それを〈ㄱㅏㄹㅗㅍㅜㄹㅇㅓㅆㅡㄱㅣ〉という風に単音文字に分離して綴る方式です。
三省堂・刊『言語学大辞典(別巻)世界文字辞典』の【ハングル】の項目で、大文字とその筆記体が確認できますが、小文字やイタリック体も存在します。
子音字ピウプ《ㅍ》及び母音字EU《ㅡ》の字形が大幅に変化されていて、ラテン文字と調和するデザインに仕上がっています。
ハングル母音字EUが《U》形に変化したものは、プロスギ方式によるタイプライター書体―丸善・刊『文字のデザインシリーズ④カタカナ』(佐藤敬之助・著, 1966年)にト・トンボ式横書き書体が記載―や国際ハングル音声記号の[ɯ]音母音字として採用されるなど大きな影響を与えています。
使用できるフォントはTzetachiさんによる【Computer-Modern-Unicode-Oesol】というComputer Modern Unicode派生フォント(Windowsにおけるインストール後のフォント名は“CMUO Serif”)があり、GitHubサイト内のフォント公式ページで公開されています。ライセンスはSIL-OFL-1.1です。
チェ・ヒョンベ式カロプロスギの字母についての注意点
母音及びヤ行音[j]は単独母音字で示し、ハングル本来の担母音記号であるイウング《ㅇ》[-ŋ ン]に該当する《O》は語末専用字となっています。
濃音表記は子音字の連字で示し、パッチム表記も子音字の連字で示します。
本来のハングルにおける合成母音字の場合、E《에・ㅔ》[e エ]に対応する〈ꟼİ・ꟼı・qı〉のように連字で示します。
ヤ行音[j]に対応する単独字《Ĭ・ĭ》は、方言音や外来語表記に用いられると想定されます。
ワ行音[w]はO《ㅗ》あるいはU《ㅜ》に該当する《T》あるいは《Ʇ》にブリーブ《˘》を付加してWI《위・위》[wi ウィ/y ユ]の〈T̆I・T̆l・ᴛ̆l〉という風に示し、YI《의・ㅢ》[ɰi ウイ/i イ/e エ]は連字〈ŬI・Ŭl・ᴜ̆l〉で示します。
古ハングルに対応する字母ではイェシウン《ㆁ》[ŋ ング]は《O》で表記可能ですが、パンシオッ《ㅿ》[z ズ], ヨリンヒウッ《ㆆ》[ʔ 無音], アレア《ㆍ》[ɐ ア/ʌ ア]に対応する字母は未制定です。パンシオッに該当する字母ではギリシャ文字デルタ《Δ》と同型の字母、ヨリンヒウッに対応する字母は[h]音の字母からドットアバブ《˙》を抜いた字形が想定されると思われます。
チェ・ヒョンベ式カロプロスギに対応する拡張ラテン文字
ユニコードではラテン文字をもとにした人工文字はユニフォン文字の字母であるスモールキャピタルIの大文字《Ɪ》をラテン文字と同一と扱っている方針から、チェ・ヒョンベ式カロプロスギもラテン文字と統合の可能性があると思われます。
・KIYEOK【〓・〓《ㄱ》】キヨク[k ク/-ɡ- グ]
・NIEUN【L・ʟ《ㄴ》】ニウン[n ヌ・ン]
・TIKEUT【C・c《ㄷ》】ティグッ[t ト/-d- ド]
・RIEUL【Ƨ・ƨ《ㄹ》】リウル[ɾ- ル/-l ル]
・MIEUM【D・ᴅ《ㅁ》】ミウム[m ム]
・PIEUP【〓・〓《ㅂ》】ビウプ[p プ/-b- ブ] - チェロキー文字SA《Ꮜ・ꮜ》と同型。
・SIOS【Ʌ・ʌ《ㅅ》】シオッ[s ス/ɕ シ/-t ッ]
・IEUNG【O・o《ㅇ》】イウング[ŋ ング・ン] - ハングル本来の表記と異なり、担母音記号として使用しない。
・CIEUC【〓・〓《ㅈ》】ジウッ[ʨ- チ/-ʥ- ヂ/-t ッ]
・CHIEUCH【〓・〓《ㅊ》】チウッ[ʨʰ- チ/-t ッ]
・KHIEUKH【〓・〓《ㅋ》】キウク[kʰ- ク/-k ク]
・THIEUTH【E・ᴇ《ㅌ》】ティウッ[tʰ- ト/-t ッ]
・PHIEUPH【Ƶ・ƶ《ㅍ》】ピウプ[pʰ- プ/-p プ] - 本来のストロークは斜線。
・HIEUH【〓・〓《ㅎ》】ヒウッ[h- フ/-ɦ- フまたは無音/-t ッ]
・A【〓・h《아・ㅏ》】ア[a ア]
・YA【K・k《야・ㅑ》】ヤ[ja ヤ]
・EO【ꟼ・q《어・ㅓ》】オ[ɔ オ/ʌ~ə アまたはオ]
・YEO【Я・〓《여・ㅕ》】ヨ[jɔ ヨ/jʌ~jə ヤまたはヨ]
・O【Ʇ・〓《오・ㅗ》】オ[o オ]
・YO【〓・〓《요・ㅛ》】ヨ[jo ヨ]
・U【T・ᴛ《우・ㅜ》】ウ[u ウ]
・YU【〓・〓《유・ㅠ》】ユ[ju ユ]
・EU【U・ᴜ《으・ㅡ》】ウ[ɯ ウ]
・I【I・l《이・ㅣ》】イ[i イ]
・TTAN-I【İ・ı《ㅣ》】タニ[ɛ エ(※Aとの連字で)/e エ(※EOとの連字で)] - 変音符。ハングル表記では〈딴이〉。
チェ・ヒョンベ式カロプロスギのイタリック体
チェ・ヒョンベ式カロプロスギのイタリック体は、小文字が大幅に異なる字母が見られます。
画像は現行韓国語ローマ字との対応となっています。
イタリック体小文字がローマン体小文字と大幅に異なる字母です。イタリック体のもととなった字母で例示しています。
・KIYEOK【ɔ《ㄱ》】キヨク[k ク/-ɡ- グ]
・MIEUM【n《ㅁ》】ミウム[m ム]
・SIOS【w《ㅅ》】シオッ[s ス/ɕ シ/-t ッ]
・KHIEUKH【ə《ㅋ》】キウク[kʰ- ク/-k ク]
・THIEUTH【ɛ《ㅌ》】ティウッ[tʰ- ト/-t ッ]
・HIEUH【〓《ㅎ》】ヒウッ[h- フ/-ɦ- フまたは無音/-t ッ] - クローズドリバースドオープンE《ɞ》に似た形状の字母であるキリル文字ヴェー《в》のイタリック体の左側に《ҽ》のフックが付加。
・EO【ɡ《어・ㅓ》】オ[ɔ オ/ʌ~ə アまたはオ]
・YEO【y《여・ㅕ》】ヨ[jɔ ヨ/jʌ~jə ヤまたはヨ]
・O【d《오・ㅗ》】オ[o オ]
・YO【ⲙ《요・ㅛ》】ヨ[jo ヨ]
・U【ꞃ《우・ㅜ》】ウ[u ウ]
・YU【〓《유・ㅠ》】ユ[ju ユ]
・EU【v《으・ㅡ》】ウ[ɯ ウ]