クォック・グーによる日本語表記
今回はベトナム語のラテン文字表記であるクォック・グーによる日本語表記を取り上げます。
ベトナム語における外来語表記のルール
ベトナム語に取り入れられた借用語は、本来クォック・グーに存在しなかった字母が採用されてからは原語を尊重した綴りで表記するルールが定着しました。
その影響で、本来のザ行音を示すゼー《D・d》がダ行音で示されたり、ベトナム語の必須である声調が表記されないため、ベトナム語としての正しい発音がわからないと読めない状況になっています。
ベトナム語における借用語における開音節は原則的に第1声調となっていて、長短の区別は少ないようです。
従来の外来語表記は、クォック・グーに含まれる字母の範囲内で、ハイフン《-》で音節を区切って示す方式によるものが主流です。例えば東京は〈Tô-ky-ô, Tô-ki-ô〉[トーキオー]と表記され、ヤ行音・拗音はイグレット《Y・y》あるいはイー《I・i》と母音字の間にハイフンを入れるのがルールとなっています。
カ行は /a, o, u/ の前では《C》, /i, e, y/ の前では《K》と英語と共通の使い分けになっています。
日本語の和製漢語に由来する借用語は、歌舞伎の〈Ca vũ kỹ〉[カーヴーキー]のようにベトナム漢字音に合わせた表記になる場合があります。
文字
北部方言と南部方言とで大幅に発音が異なる字母が見られます。
【A・a】ア[aː アー]
【AI・Ai・ai】アイ[aːi アーイ]
【AN・An・an】アン[a(ː)n ア(ー)ン]
【ĂNG・Ăng・ăng】アン[aŋ アン]
【I・i】イ[i(ː) イ(ー)]
【I-A・I-a・i-a】イア[i.aː イアー]
【I-I・I-i・i-i】イイ[iː イー]
【Ư・ư】ウ[ɯ(ː) ウ(ー)] - 日本語標準語本来の発音。ウ段短音の場合を示すことが多い。
【U・u】ウウ[u(ː) ウ(ー)] - ウ段長音の場合を示すことが多いが、地名ではウ段短音を示す場合もある。
【Ư-A・Ư-a・ư-a】ウア[ɯ.aː ウアー]
【Ư-Ô・Ư-ô・ư-ô】ウオ[ɯ.oː ウオー]
【Ê・ê】エ[e(ː) エ(ー)]
【ÂY・Ây・ây】エイ[əi エイ] - 中国語EI《ㄟ・欸・誒・诶》[eɪ エイ]のクォック・グー翻字から。
【EN・En・en】エン[ɛn エン]
【Ô・ô】オ[o(ː) オ(ー)]
【ÔI・Ôi・ôi】オイ[oi オイ]……オヤ〈Ôi-a〉[オイアー]。
【C・c】カ/ク/コ[k ク]……カ〈Ca〉[カー], ク〈Cư〉[クー], コ〈Cô〉[コー]。
【K・k】キ/ケ[k ク]……キ〈Ki〉[キー], ケ〈Kê〉[ケー]。
【KY・Ky・ky】キャ行……キャ〈Ky-a〉[キアー], キュ〈Ky-ư〉[キウー], キュウ〈Kiu〉[キウー], キョ〈Ky-ô〉[キオー] - ハイフン《-》で拗音と母音を区切る。
【QU・Qu・qu】クァ行
【G・g】ガ/グ/ゴ[ɣ グ]……ガ〈Ga〉[ガー], グ〈Gư〉[グー], ゴ〈Gô〉[ゴー]。
【GH・Gh・gh】ギ/ゲ[ɣ グ]……ギ〈Ghi〉[ギー], ゲ〈Ghê〉[ゲー]。
【GHY・Ghy・ghy】ギャ行……ギャ〈Ghy-a〉[ギアー], ギュ〈Ghy-ư〉[ギウー], ギュウ〈Ghiu〉[ギウー], ギョ〈Ghy-ô〉[ギオー]。
【GU・Gu・gu】グァ行……グァ・グヮ〈Goa〉[グァー]。
【X・x】サ行[s ス]……サ〈Xa〉[サー], スィ〈Xi〉[スィー], ス〈Xư〉[スー], セ〈Xê〉[セー], ソ〈Xô〉[ソー]。
【S・s】シャ行[(北) s ス/(南) ʂ シ]……シャ〈Sa〉[サー/シャー], シ〈Si〉[スィー/シー], シュ〈Sư〉[スー/シュー], シェ〈Sê〉[セー/シェー], ショ〈Sô〉[ソー/ショー]。
【D・d】ザ行[(北) z ズ/(南) j ィ]……ザ〈Da〉[ザー/ヤー], ズィ〈Di〉[ズィー/イィー], ズ・ヅ〈Dư〉[ズー/ユー], ゼ〈Dê〉[ゼー/イェー], ゾ〈Dô〉[ゾー/ヨー]。
【GI・Gi・gi】ジャ行[(北) z ズ/(南) ʒ ジュ]……ジャ〈Gia〉[ザー/ジャー], ジ・ヂ〈Gi〉[ズィー/ジー], ジュ〈Giư〉[ズー/ジュー], ジェ〈Giê, Gê〉[ゼー/ジェー], ジョ〈Giô〉[ゾー/ジョー]。
【T・t】タ行[t ト]……ティ〈Ti〉[ティー], トゥ〈Tư〉[トゥー]。
【CH・Ch・ch】チャ行[c チ]……チャ〈Cha〉[チャー], チ〈Chi〉[チー], チュ〈Chư〉[チュー], チェ〈Chê〉[チェー], チョ〈Chô〉[チョー]。
【S・s ; T-S・t-s】ツァ行[(北) s ス; t.s ッツ/(南) ʂ シ; t.ʂ ッシ……ツァ〈Sa / -◌́t-sa〉[サー/ッサー], ツィ〈Si / -◌́t-si〉[シー/ッシー], ツ〈Sư / -◌́t-sư〉[スー/ッスー], ツェ〈Sê / -◌́t-sê〉[セー/ッセー], ツォ〈Sô / -◌́t-sô〉[ソー/ッソー] - 日本語TSU《ツ》は韓国語〈쓰〉やタイ語〈ทสึ〉などといった日本語翻字に合わせて、ホーン付きU《Ư・ư》で示す。
【Đ・đ】ダ行[ɗ ド]……ディ〈Đi〉[ディー], ドゥ〈Đư〉[トゥー]。
【ĐY・Đy・đy】ディヤ行……ディヤ〈Đy-a〉[ディアー], デュ〈Đy-ư〉[ディウー], デュー〈Điu〉[ディウー], ディヨ〈Đy-ô〉[ディオー]。
【N・n】ナ行[n ヌ・ン]……ニ〈Ni〉[ニー] - 日本語からの借用語のニは〈Ni〉が多用される。
【NH・Nh・nh】ニャ行[ɲ ニュ]……ニャ〈Nha〉[ニャー], ニ〈Nhi〉[ニー], ニュ〈Như〉[ニュー], ニェ〈Nhê〉[ニェー], ニョ〈Nhô〉[ニョー] - 日本語本来のニの音にほぼ一致している表記は〈Nhi〉。
【H・h】ハ行[h ハ]
【HY・Hy・hy】ヒャ行……ヒャ〈Hy-a〉[ヒアー], ヒュ〈Hy-ư〉[ヒウー], ヒュウ〈Hiu〉[ヒウー], ヒョ〈Hy-ô〉[ヒオー]。
【PH・Ph・ph】ファ行……フ〈Phư〉[フー], フュ〈Phy-ư〉[フィウー], フュー〈Phiu〉[フィウー], フョ〈Phy-ô〉[フィオー]。
【B・b】バ行[ɓ ブ]
【BY・By・by】ビャ行……ビャ〈By-a〉[ビアー], ビュ〈By-ư〉[ビウー], ビュウ〈Biu〉[ビウー],ビョ〈By-ô〉[ビオー]。
【P・p】パ行[p プ]
【PY・Py・py】ピャ行……ピャ〈Py-a〉[ピアー], ピュ〈Py-ư〉[ピウー], ピュー〈Piu〉[ビウー], ピョ〈Py-ô〉[ピオー]。
【M・m】マ行[m ム]
【MY・My・my】ミャ行……ミャ〈My-a〉[ミアー], ミュ〈My-ư〉[ミウー], ミュウ〈Miu〉[ミウー], ミョ〈My-ô〉[ミオー]。
【Y・y】ヤ行・拗音[i イ/j ィ]……ヤ〈Y-a〉[イアー], ユ〈Y-ư〉[イウー], イェ〈Y-ê〉[イエー], ヨ〈Y-ô〉[イオー]。
【R・r】ラ行[(北) z ズ/(南) ɹ ル]……ラ〈Ra〉[ザー/ラー], リ〈Ri〉[ズィー/リー], ル〈Rư〉[ズー/ルー], レ〈Rê〉[ゼー/レー], ロ〈Rô〉[ゾー/ロー]。
【RY・Ry・ry】リャ行……リャ〈Ry-a〉[ズィアー/リアー], リュ〈Ry-ư〉[ズィウー/リウー, リュウ〈Riu〉[ズィウー/リウー], リョ〈Ry-ô〉[ズィオー/リオー]。
【L・l】ラ行[l ル] - 北部方言では《R》はザ行となるため、ラ行であることを正しく伝えるための表記として用いられる場合がある。
【LY・Ly・ly】リャ行……リャ〈Ly-a〉[リアー], リュ〈Ly-ư〉[リウー], リュウ〈Liu〉[リウー], リョ〈Ly-ô〉[リオー]。
【OA・Oa・oa】ワ・ァ[waː ワー]
【UY・Uy・uy】ウィ・ヰ[wi(ː) ウィ(ー)]
【UÊ・Uê・uê】ウェ・ヱ[we(ː) ウェ(ー)]
【U-Ê・U-ê・u-ê】ェ[u.e(ː) ウエ(ー)]
【UƠ・Uơ・uơ】ウォ[wə(ː) ウァ(ー)またはウゥ(ー)] - ハングル字母WEO《워・ㅝ》[wɔ ウォ]のクォック・グー翻字から。日本語助詞の“~を”は《-ô》[oː オー]で表記。
【V・v】ヴァ行[(北) v ヴ/(南) j ィ]……ヴァ〈Va〉[ヴァー/ヤー], ヴィ〈Vi〉[ヴィー/イィー], ヴ〈Vư〉[ヴー/ユー], ヴェ〈Vê〉[ヴェー/イェー], ヴォ〈Vô〉[ヴォー/ヨー]。
【NG・Ng・ng】ン・鼻濁音ガ行[ŋ ング]
【NGH・Ngh・ngh】ンギ/ンゲ[ŋ ング]
促音・撥音表記
促音は第3声調記号タイン・サック《ˊ》と子音字による音節の後に、それらに関連する子音字との連字で示します。
北海道の〈Hô-cai-đô〉[ホーカイドー]など定着した表記の場合は例外的な綴りとなっています。
【ÁC-CA・Ác-ca・ác-ca】アッカ
【ÁC-HA・Ác-ha・ác-ha】アッハ
【ÍC-KI・Íc-ki・íc-ki】イッキ
【ÍT-CHI・Ít-chi・ít-chi】イッチ
【ỨT-TÔ, Ứt-tô, ứt-tô ; ÚT-TÔ, Út-tô, út-tô】ウット
【ỨT-ĐÔ, Ứt-đô, ứt-đô ; ÚT-ĐÔ, Út-đô, út-đô 】ウッド
【ẾP-PÊ, Ếp-pê, ếp-pê】エッペ
【ỐT-XU, Ốt-xu, ốt-xu】オッス
【ỐT-SU, Ốt-su, ốt-su】オッシュ
【ỐT-SƯ, Ốt-sư, ốt-sư】オッツ - スッの〈XÚT- / -T-XÚT-〉と区別のためにツッは〈SỨT- / -T-SỨT-〉で表記 (例: つっつき〈Sứt-sư-ki〉)。
【ỐT-DU, Ốt-du, ốt-du】オッズ
撥音《ン》は常に第1声調で、次に来る子音に対応する鼻子音で示します。
【ĂNG-A・Ăng-a・ăng-a】アンア
【ĂNG-CA・Ăng-ca・ăng-ca】アンカ
【ĂNG-GA・Ăng-ga・ăng-ga】アンガ
【AN-ÐÔ, An-đô, an-đô】アンド
【ING-KI・ing-ki・ing-ki】インキ
【ING-GHI・ing-ghi・ing-ghi】インギ
【INH-CHI・inh-chi・inh-chi】インチ
【INH-GI・inh-gi・inh-gi】インジ
【ƯN-TÔ, Ưn-tô, ưn-tô ; UN-TÔ, Un-tô, un-tô】ウント
【ƯN-ÐÔ, Ưn-đô, ưn-đô ; UN-ÐÔ, Un-đô, un-đô】ウンド
【ƯN-NÔ, Ưn-nô, ưn-nô ; UN-NÔ, Un-nô, un-nô】ウンノ
【ÊM-PÊ, Êm-pê, Êm-pê】エンペ
【ÊM-BÊ, Êm-bê, Êm-bê】エンベ
【ÔN-XU, Ôn-xu, ôn-xu】オンス
【ÔN-SƯ, Ôn-sư, ôn-sư】オンツ
【ÔN-DU, Ôn-du, ôn-du】オンズ
撥音を含む固有名詞は英語経由で借用された場合、エ段《Ê・ê》[e]は広いエ段《E・e》[ɛ], オ段《Ô・ô》[o]は広いオ段《O・o》[ɔ]に発音が変化する傾向があります。例えば企業名のホンダは〈HON-ĐA〉と表記されます。
ア段は〈NG〉の前に来る場合は短いア《Ă・ă》[a]になる傾向があります。
表記例
・AOMORI【A-ô-mô-ri】青森
・EHIME【Ê-hi-mê】愛媛
・FUJI【Phư-gi】富士
・FUKUOKA【Phư-cư-ô-ca】福岡
・FUKUSHIMA【Phư-cư-si-ma】福島
・GIFU【Ghi-phu】岐阜
・GUNMA【Gưn-ma】群馬
・HAMAMATSU【Ha-ma-mát-sư】浜松
・HIROSHIMA【Hi-rô-si-ma】広島
・HOKKAIDŌ【Hốc-cai-đô】北海道 - 前述の〈Hô-cai-đô〉と異なり、促音を示した表記。
・HONSHŪ【Hôn-su】本州
・ISHIKAWA【I-si-ca-oa】石川
・IWATE【I-oa-tê】岩手
・KAGAWA【Ca-ga-oa】香川
・KANAGAWA【Ca-na-ga-oa】神奈川
・KŌBE【Cô-bê】神戸
・KŌFU【Cô-phư】甲府
・KUMAMOTO【Cư-ma-mô-tô】熊本
・KYŌTO【Ky-ô-tô】京都
・MIYAGI【Mi-y-a-ghi】宮城
・MIE【Mi-ê】三重
・NAGASAKI【Na-ga-xa-ki】長崎
・NAGOYA【Na-gôi-a】名古屋
・NIIGATA【Ni-i-ga-ta】新潟
・ŌITA【Ô-i-ta】大分
・OKINAWA【Ô-ki-na-oa】沖縄
・ŌSAKA【Ô-xa-ca】大阪
・SAITAMA【Xai-ta-ma】埼玉
・SAPPORO【Xáp-pô-rô】札幌
・SHIGA【Si-ga】滋賀
・SHIKOKU【Si-cô-cư】四国 - 実際は北部方言で同じ発音の〈Xi-cô-cư〉で表記されることが多い。
・SHIZUOKA【Si-dư-ô-ca】静岡
・TOCHIGI【Tô-chi-ghi】栃木
・TOTTORI【Tốt-tô-ri】鳥取
・WAKAYAMA【Oa-cay-a-ma】和歌山
・YAMAGUCHI【Y-a-ma-gư-chi】山口
・YOKOHAMA【Y-ô-cô-ha-ma】横浜
・JŌMON【Giô-môn】縄文
・YAYOI【Y-ai-ô-i】弥生
・MEIJI【Mây-gi】明治
・TAISHŌ【Tai-sô】大正
・SHŌWA【Sô-oa】昭和
・HEISEI【Hây-xây】平成
・REIWA【Rây-oa】令和