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ブギス文字による日本語表記

9月8日は国際識字デーで、インドネシアでは文字の記念日と解釈して、アクサラデーとされています。

今回はインドネシアの文字のひとつで、ブギス語・マカッサル語・ビマ語などで使用されるブギス文字すなわちロンタラ文字による日本語表記について取り上げます。

注意点

ブギス文字はブギス・マカッサル両言語共に本来の末子音は声門閉鎖音[-ʔ]とング[-ŋ]のみであることから、子音字のみを示す記号が存在しないため、末子音は本来省略されます。例えば、ブギス語で“日本”は〈ᨍᨛᨄ / Jepang, Jepaŋ〉[ɟə.pɔŋ ヂュポン/ɟə.paŋ ヂュパン]と表記されます。
しかし、近年の外来語表記では通常の子音字をそのまま使用して表記される場合があり、子音のみの表示が表記されない問題の解決のために、ブギス語ビマ語それぞれのヴィラーマ記号が考案され、ユニコードコンソーシアムへの採用要望もありました。トップ画像にヴィラーマ記号を付加したTSUᨈᨔᨘ〉[ツ]とN》[ン]を例示しています。

ブギス文字による現行正書法では原則的に促音は表記されませんが、ブギス語ではユニコード未登録のヴィラーマ記号が付加された子音字を同一子音字の前に置いて示す促音表記もあります。

畳語における単語の繰り返しは“色々”の場合、〈ᨕᨗᨑᨚ-ᨕᨗᨑᨚ〉/iro-iro/[イロイロ]のように次の音節の前にハイフン-》を間に入れる、インドネシア語現行ラテン文字表記に合わせたものとなっています。ジャワ文字の繰り返し記号パングランケップ》がブギス文字にも用いられる場合もあり、色々は〈ᨕᨗᨑᨚꧏ〉と表記されます。

ブギス文字の句読点はパッラワ《᨞》を用い、句点《。/.》と読点《、/,》双方の役目となります。また、ラテン文字表記でも用いられる場合があります。

母音字と拗音表記

通常の母音はブギス文字A》に母音記号を付加して示します。
二重母音はラテン文字と同じくUIᨕᨘᨕᨗ〉[ウイ]のように母音字による連字で示します。
拗音はイ段音節の後にYA》[j ヤ]と母音記号の合成字で表し、合拗音はウ段音節の後にVA》[w ワ]と母音記号の合成字で表します。
ラテン文字表記はYYA》[j ヤ], WVA》[w ワ]に対応します。ラテン字母キーQ・q》は声門閉鎖音》[ʔ ッ]を示す字母で、ブギス文字では声門閉鎖音のみの表記は存在しません。

A・AQ】ア・アッ - 英語版ウィキペディアOmniglotによると、ブギス語では本来は広いオ[ɔ]音だが、[a]音でも通用する。マカッサル語ラテン文字では、インドネシア語と同じく〈AK〉という風に声門閉鎖音はカー《K・k》で表記される。
AAᨕᨕ】アア・アー - ア段長音は〈ᨀᨕ〉[kaː カー/kɔː コー]のように示すが、ラテン文字表記では〈KA〉と長短の区別はされない。
AIᨕᨕᨗ】アイ
AUᨕᨕᨘ】アウ
ANᨕᨊ】アン
Iᨕᨗ】イ
IIᨕᨗᨗ】イイ - 母音記号を2つ重ねる表記は、母音字の場合は長音イー[ʔiː]あるいはイイ[ʔi.ʔi]と音節を区切る役割となるが、子音字との合成の場合は畳語表記となる。フォントによっては2つ合成しても1つだけで表示される場合がある。
Uᨕᨘ】ウ
UUᨕᨘᨘ】ウウ
Éᨕᨙ】エ - エ段母音記号は本来、字母名が“後の子”を表すことから、タイ文字のサーラー・エーเอ》やジャワ文字のタリングꦲꦺ》のように㊧側に配置されるのが正式だが、フォントやブラウザによっては右側に配置される場合がある。ブギス語ラテン文字では、インドネシア語で1972年まで使用されていたアキュート付きEÉ・é》[e エ]でエ段を示す。マカッサル語ラテン文字では《E・e》はエ段のみの発音となる。
ÉÉᨕᨙᨙ】エエ
Oᨕᨚ】オ
OOᨕᨚᨚ】オオ
-IY-【-IYA《ᨕᨗᨐ》, -IYI《ᨕᨗᨐᨗ》, -IYU《ᨕᨗᨐᨘ》, -IYE《ᨕᨗᨐᨙ》, -IYO《ᨕᨗᨐᨚ》】ャ・ィ・ュ・ェ・ョ
-UW-【-UWA《ᨕᨘᨓ》, -UWI《ᨕᨘᨓᨗ》, -UWU《ᨕᨘᨓᨘ》, -UWE《ᨕᨘᨓᨙ》, -UWO《ᨕᨘᨓᨚ》】ヮ・ィ・ゥ・ェ・ォ
ENGᨕᨛ】ン - 仮名文字Nん・ン》の字母名。読みはウン[əŋ]。ブギス文字母音記号AE[ə ウ]はインドネシア語ラテン文字《E》の曖昧母音表記に対応するが、ブギス語の〈EQ〉[əʔ ウッ]や〈ENG・EŊ〉[əŋ ウン]も示され、他の母音記号も語末の声門閉鎖音や撥音も子音字無しで示される。マレー・インドネシア諸言語では曖昧母音シュワー[ə]を示すラテン字母エーE・e》の発音ガナは、英語仮名翻字の《》ではなくフランス語仮名翻字と共通の《》で表すのがルール。マカッサル語ではラテン字母アーA・a》が発音位置によっては曖昧母音になるが、英語仮名翻字と同じく《》で表記される。
ANGᨕᨛ】アン - マカッサル語ブギス文字では常に母音記号AEᨕᨛ》は〈ANG〉[aŋ アン/-əŋ アン]と発音され、母音記号AEは〈ᨕᨛᨌ / Ancaq〉[アンチャ]と呼ばれる。マカッサル式の派生でINGᨕᨗᨛ》[iŋ イン], UNGᨕᨘᨛ》[uŋ ウン], ENGᨕᨙᨛ》[eŋ エン], ONGᨕᨚᨛ》[oŋ オン]といった撥音表記が想定されるが、正式表記かどうかは不明。

子音字

1音節の繰り返しは《ᨀᨗᨗ》[キキ],《ᨀᨘᨘ》[クク],《ᨀᨙᨙ》[ケケ],《ᨀᨚᨚ》[ココ]のように母音記号を2つ付加します (マニプーリ語のメイテイ・マイェック表記でも《ꯀꯤꯤ》[キキ], 《ꯀꯦꯦ》[ケケ], 《ꯀꯣꯣ》[ココ]のように示します)。

ブギス・マカッサル両言語では日本語と同じく重子音=促音》が存在しますが、河童は〈ᨀᨄ / Kappa〉[kap.pa~kaʔ.pa カッパ]という風に書かれ、促音は表記されません。

K【KA《》, KI《ᨀᨗ》, KU《ᨀᨘ》, KÉ《ᨀᨙ》, KO《ᨀᨚ》】カ/キ/ク/ケ/コ
G【GA《》, GI《ᨁᨗ》, GU《ᨁᨘ》, GÉ《ᨁᨙ》, GO《ᨁᨚ》】ガ/ギ/グ/ゲ/ゴ
S【SA《》, SI《ᨔᨗ》, SU《ᨔᨘ》, SÉ《ᨔᨙ》, SO《ᨔᨚ》】サ/スィ・シ/ス・ツ/セ/ソ - ブギス文字では〈TSU〉はSU《ᨔᨘ》[su ス/ʦu ツ]で示すが、語中ではツはTA》とSUᨔᨘ》の連字〈ᨈᨔᨘ〉[ʦu ツ]となる場合がある。
J【JA《ᨍ》, JI《ᨍᨗ》, JU《ᨍᨘ》, JÉ《ᨍᨙ》, JO《ᨍᨚ》】ザ・ジャ/ズィ・ジ・ヂ/ズ・ジュ・ヅ/ゼ・ジェ/ゾ・ジョ - ブギス語ではザ行音が存在しないため、ジャ行音のJA》[ɟɔ ヂョ/ɟa ヂャ]で示す。
T【TA《》, TI《ᨈᨗ》, TU《ᨈᨘ》, TÉ《ᨈᨙ》, TO《ᨈᨚ》】タ/ティ/トゥ/テ/ト
C【CA《》, CI《ᨌᨗ》, CU《ᨌᨘ》, CÉ《ᨌᨙ》, CO《ᨌᨚ》】チャ/チ/チュ/チェ/チョ
D【DA《》, DI《ᨉᨗ》, DU《ᨉᨘ》, DÉ《ᨉᨙ》, DO《ᨉᨚ》】ダ/ディ/ドゥ/デ/ド
N【NA《》, NI《ᨊᨗ》, NU《ᨊᨘ》, NÉ《ᨊᨙ》, NO《ᨊᨚ》】ナ/ニ/ヌ/ネ/ノ
NY【NYA《ᨎ》, NYI《ᨎᨗ》, NYU《ᨎᨘ》, NYÉ《ᨎᨙ》, NYO《ᨎᨚ》】ニャ/ニ/ニュ/ニェ/ニョ - ニャ行音はNYA》[ɲɔ ニョ/ɲa ニャ]で示す。
H【HA《》, HI《ᨖᨗ》, HU《ᨖᨘ》, HÉ《ᨖᨙ》, HO《ᨖᨚ》】ハ/ヒ/フ/ヘ/ホ - ブギス語には本来ファ行音[f]が存在しないため、日本語のFU》[ɸɯ]は日本語ハングル翻字のHU》[hu]のようにHUᨖᨘ》[hu フ]で表記される可能性が高い。
B【BA《》, BI《ᨅᨗ》, BU《ᨅᨘ》, BÉ《ᨅᨙ》, BO《ᨅᨚ》】バ/ビ/ブ/ベ/ボ
P【PA《》, PI《ᨄᨗ》, PU《ᨄᨘ》, PÉ《ᨄᨙ》, PO《ᨄᨚ》】パ・ファ/ピ・フィ/プ・フ/ペ・フェ/ポ・フォ - ブギス語には本来ファ行音[f]が存在しないため、FUは英語ハングル翻字のPU》[pʰu]のようにPUᨄᨘ》[pu プ]で示されるのが本来の表記となる。
M【MA《》, MI《ᨆᨗ》, MU《ᨆᨘ》, MÉ《ᨆᨙ》, MO《ᨆᨚ》】マ/ミ/ム/メ/モ - 群馬はGUMAᨁᨘᨆ〉あるいはGUNAMAᨁᨘᨊᨆ〉と表記されるがいずれもグンモ[ɡun.mɔ~ɡum.mɔ]あるいはグンマ[ɡun.ma~ɡum.ma]と読まれる。
Y【YA《ᨐ》, YI《ᨐᨗ》, YU《ᨐᨘ》, YÉ《ᨐᨙ》, YO《ᨐᨚ》】ヤ/イィ/ユ/イェ/ヨ
R【RA《》, RI《ᨑᨗ》, RU《ᨑᨘ》, RÉ《ᨑᨙ》, RO《ᨑᨚ》】ラ/リ/ル/レ/ロ
L【LA《》, LI《ᨒᨗ》, LU《ᨒᨘ》, LÉ《ᨒᨙ》, LO《ᨒᨚ》】ラ/リ/ル/レ/ロ - 固有名詞表記に用いる。
W【WA《》, WI《ᨓᨗ》, WU《ᨓᨘ》, WÉ《ᨓᨙ》, WO《ᨓᨚ》】ワ・ヴァ/ウィ・ヴィ/ウゥ・ヴ/ウェ・ヴェ/ウォ・ヴォ - ユニコードの字母名では〈VA〉[wɔ ウォ/wa ワ]だが、実際のブギス語ラテン文字表記では〈WA〉。ヴァ行音はインドネシア語共々存在しない発音で、インドネシア語ではラテン字母フェーV》はドイツ語と同じくファ行音[f]となるが、ブギス語ではワ行音[w]かバ行音[b]のいずれかとなるため、ヴァ行音の場合、借用時期によってはBA》に置き換えられる傾向がある。
NG【NGA《ᨒ》, NGI《ᨒᨗ》, NGU《ᨒᨘ》, NGÉ《ᨒᨙ》, NGO《ᨒᨚ》】カ゚・ンガ/キ゚・ンギ/ク゚・ング/ケ゚・ンゲ/コ゚・ンゴ - 鼻濁音ガ行。ブギス語ラテン文字表記でインドネシア語と同じ連字〈NG・Ng・ng〉に統一される以前は音節末のNG[ŋ ン]はENGŊ・ŋ》[eŋ エング]で表記されていた (ブギス語版ウィキペディアが作成された当初は《Ŋ・ŋ》が用いられていた)。ブギス文字では本来、末子音表記されないため、語中の場合は前鼻音字NGKA〉[ŋkɔ ンコ/ŋka ンカ]で表記される。

語中の撥音表記

ブギス文字による語中の撥音》を示す場合は対応する前鼻子音字を用います。
該当字母が存在しないものは省略あるいはNAᨊ◌》[-n- ン]あるいはMA◌》[-m- ン]を配置します。
マカッサル語ブギス文字では前鼻子音字が存在せず、ANGᨕᨛ》[アン]以外の撥音表記は省略される傾向があります。

ブギス語で漢字は〈ᨀᨏᨗ / Kanji〉[ka.ɲɟi カンヂ/kɔ.ɲɟi コンヂ]と綴られ、NYCA》が無声音NC[ɲc ンチュ]から有声音NJ[ɲɟ ンヂュ]に変化する場合が見られます。

“ンジャメナ”のように《》が先頭に来る場合、AEᨕᨛ》をNYCA》の前に配置して〈ᨕᨛᨏᨆᨙᨊ / Enjaména〉[ə.ɲɟa.me.na ウンヂャメナ]―前鼻子音字が存在しないマカッサル式では〈ᨕᨛᨍᨆᨙᨊ / Anjamena〉[a.ɲɟa.me.na アンヂャメナ]―と表します。

ラテン文字表記で〈NNA〉となる場合はNA》と表し、同じく〈MMA〉となる場合はMA》とブギス文字表記では1字のみで示されます。

撥音の後のア行は、単位が〈ᨈᨊᨕᨗ / Tanqi〉[タンイ]―マカッサル語では〈ᨈᨛᨕᨗ / Tangʼi〉―と表記されますが、撥音のNA》が省略される場合があります。
撥音の後のヤ行は、運輸が〈ᨕᨘᨊᨐᨘ / Unqyu〉[ウンユ]―マカッサル語の推測表記では〈ᨕᨘᨛᨐᨘ / Ungʼyu〉―という風にYA》の前にNA》が表示される場合があります。

NGK【NGKA《》, NGKI《ᨀᨗ》, NGKU《ᨀᨘ》, NGKÉ《ᨀᨙ》, NGKO《ᨀᨚ》】ンカ・ンガ/ンキ・ンギ/ンク・ング/ンケ・ンゲ/ンコ・ンゴ - 清音〈NGK・Ngk・ngk/ŊK・Ŋk・ŋk〉[ŋk ンク]と濁音〈NGG・Ngg・ngg/ŊG・Ŋg・ŋg〉[ŋɡ ング]は、ブギス文字では共にNGKA》[ŋkɔ ンコ/ŋka ンカ]で示す。
NC【NCA《ᨏ》, NCI《ᨏᨗ》, NCU《ᨏᨘ》, NCÉ《ᨏᨙ》, NCO《ᨏᨚ》】ンチャ・ンジャ・ンザ/ンチ・ンジ・ンヂ/ンチュ・ンジュ・ンズ/ンチェ・ンジェ・ンゼ/ンチョ・ンジョ・ンゾ - ユニコードの字母名は〈NYCA〉[ɲcɔ ンチョ/ɲca ンチャ]だが、実際のブギス語ラテン文字表記では〈NCA〉。清音〈NC・Nc・nc〉[ɲc ンチュ]と濁音〈NJ・Nj・nj〉[ɲɟ ンヂュ]は、ブギス文字では共にNYCA》[ɲcɔ ンチョ/ɲca ンチャ]で示す。
MP【MPA《》, MPI《ᨇᨗ》, MPU《ᨇᨘ》, MPÉ《ᨇᨙ》, MPO《ᨇᨚ》】ンパ・ンバ/ンピ・ンビ/ンプ・ンブ/ンペ・ンベ/ンポ・ンボ - 清音〈MP・Mp・mp〉[mp ンプ]と濁音〈MB・Mb・mb〉[mb ンブ]は、ブギス文字では共にMPA》[mpɔ ンポ]で示す。ファ行音の“ンフ”は連字〈ᨊᨄᨘ / NPU〉[mpu ンプ]で示す。
NR【NRA《》, NRI《ᨋᨗ》, NRU《ᨋᨘ》, NRÉ《ᨋᨙ》, NRO《ᨋᨚ》】ンラ・ンリ・ンル・ンレ・ンロ