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ボサンチッツァと現代ボスニア・キリル文字

5月24日は聖キリルと聖メトディウスの日、ブルガリアなどでキリル文字の日です。

インド・ヨーロッパ語族スラブ諸語のボスニア語は、セルビア・クロアチア語共通ラテン文字セルビア語キリル文字アレビッツァと呼称されるボスニア語アラビア文字の3つの文字体系が存在し、過去にはボサンチッツァというキリル文字の変種が使用されていました。

今回はボサンチッツァについて取り上げます。


ボサンチッツァについて

ボサンチッツァはセルビア・クロアチア語ラテン文字で〈Bosančica〉, セルビア語キリル文字で〈Босанчица〉, ボスニア語アラビア文字では〈بۉسانچٖىڄا〉と表記されます。

最古の記録はボスニア・ヘルツェゴビナのフマツ村で10世紀あるいは11世紀の『フマツ石版 Humačka ploča』で、詳細は英語版ウィキペディアの【Humac tablet】の項目に記載されています。キリル文字に一部グラゴル文字が混載された表記となっています。

14~17世紀に主に用いられ、グラゴル文字の影響を受けた字母も多く見られます。

Googleブックスにアーカイブがある1890年のボスニア語文法書『Gramatika bosanskoga jezika: za srednje škole』では、ボスニア語各種字母表でボサンチッツァ(同書では大文字)の変遷が確認できます。

近年はボスニア語本来の文字としてのボサンチッツァの復興の動きも見られるようです。

ユニコードで表記可能なものを中心としたボサンチッツァ一覧

ボサンチッツァはユニコードで表示可能な字母で表記した場合〈босаɴvнца〉となります。

基本的に小文字のみで表記されますが、Xim Sans Handwrittenフォントなどでは大文字で表記されます。
ユニコードに存在しない字母はXim Sans Handwrittenフォントのコードポイントで表記します。

  1. 𝚄+𝙵𝟻𝙵𝟶А・а | A・a》】[a ア] - 本来の字形はラテン文字ソーンÞ・þ》を左右逆にした字形に近い。

  2. Б・бБ・б{ẟ} | B・b》】[b ブ]

  3. 𝚄+𝙵𝟻𝙵𝙳В・в | V・v》】[v ヴ] - 本来の字形はふたご座マーク《♊》あるいは四角形に近い形状。

  4. 𝚄+𝙵𝟻𝙵𝟻Г・г{ꙅ} | G・g》】[ɡ グ]

  5. 𝚄+𝙵𝟻𝙵𝟹Д・д{ɡ} | D・d》】[d ド] - キャリアー文字PO》に似た字形。異体字も見られる。

  6. Ꙉ・ꙉЂ・ђ | Đ・đ 》】[ʥ ヂ]

  7. Є・єЕ・е | E・e》】[e エ] - Xim Sansにおける正字は‘𝚄+𝙵𝟻𝙵𝟺’に配置。

  8. Ж・жЖ・ж | Ž・ž》】[ʒ ジュ]

  9. З・з , Ӡ・ӡЗ・з | Z・z》】[z ズ]

  10. Н・нИ・и | I・i》】[i イ] - キリル文字イーИ・и》の字源であるギリシャ文字イータΗ・η》と大文字が同型のため、本来のキリル字母と発音が大幅に異なる。

  11. Ԑ・ԑЈ・ј | J・j》】[j ィ] - ボサンチッツァ復興活動のために追加された、古代教会スラブ語イェースチЄ・є》由来と思われる半母音字―にしき的フォントにおける重複字母は、大文字が‘𝚄+𝙵𝟹𝟹𝙰’と小文字が‘𝚄+𝙵𝟹𝟹𝙱’に配置―で、この字母を用いた資料も見られる ( 参考 : https://www.klix.ba/magazin/kultura/bosancica-za-djecu-je-rad-posvecen-zaboravljenom-pismu-nase-kulturne-bastine/151123018 )。

  12. Ɨ・ɨ{ᵻ}Ј・ј | J・j》】[j ィ] - 17世紀に使用されていたヤ行音を示す字母。Googleブックスのアーカイブにある『Das kroatisch-serbische Schrifttum in Bosnien und der Herzegowina』(1911年)のボスニア語文字表に大文字が記載。

  13. Ѣ・ѣ{ᲇ}ЈЕ・Је・је | JE・Je・je〉】[je イェ] - Xim Sansにおける正字は‘𝚄+𝙵𝟻𝙵𝟽’に配置。

  14. Ю・юЈУ・Ју・ју | JU・Ju・ju〉】[ju ユ]

  15. К・кК・к | K・k》】[k ク]

  16. Ʌ・ʌЛ・л{ʌ} | L・l》】[l ル]

  17. ꙈɅ・Ꙉʌ・ꙉʌЉ・љ | LJ・Lj・lj{LJ・Lj・lj}》】[ʎ リ]

  18. М・мМ・м | M・m》】[m ム]

  19. N・ɴН・н | N・n》】[n ヌ・ン] - Xim Sansフォントにおける正字及び異体字は‘𝚄+𝙵𝟻𝙵𝟾’と‘𝚄+𝙵𝟻𝙵𝟿’に配置。

  20. ꙈN・Ꙉɴ・ꙉɴЊ・њ | NJ・Nj・nj{NJ・Nj・nj}》】[ɲ ニ]

  21. О・оО・о | O・o》】[ɔ オ]

  22. Ѡ・ѡ , Ꙍ・ꙍОТ・От・от | OT・Ot・ot〉】[ɔt オット]

  23. П・пП・п{n} | P・p》】[p プ]

  24. Р・р , Þ・þР・р | R・r》】[ɾ ル]

  25. С・сС・с | S・s》】[s ス]

  26. 〓・ᲅТ・т{m} | T・t》】[t ト] - ユニコードでは小文字のみ存在し、大文字はXim Sansでは‘𝚄+𝙵𝟻𝙵𝙱’に配置されている。

  27. 𝚄+𝙵𝟻𝙵𝙱Ћ・ћ | Ć・ć》】[ʨ チ] - 本来はヂェルヴ《Ꙉ・ꙉ》の異体字で、カザフ語ウーҰ・ұ》を逆さにした形状。大文字はXim Sansでは‘𝚄+𝙵𝟻𝙵𝙱’に配置されている。

  28. Ꙋ・ꙋ , Ȣ・ȣУ・у | U・u》】[u ウ] - Xim Sansにおける正字は‘𝚄+𝙵𝟻𝙵𝙲’に配置。

  29. Ф・фФ・ф | F・f》】[f フ]

  30. Х・хХ・х | H・h》】[x~h ハ]

  31. Ц・цЦ・ц | C・c》】[ʦ ツ]

  32. V・vЧ・ч | Č・č》】[ʧ チ] - 古代教会スラブ語イージッツァѴ・ѵ》とルーツが異なる。

  33. Ꙅ・ꙅЏ・џ | DŽ・Dž・dž{DŽ・Dž・dž}》】[ʤ ヂ] - マケドニア語キリル文字ヅェーЅ・ѕ》を左右逆にした字形で、本来は〈ДЗ・Дз・дз / DZ・Dz・dz{DZ・Dz・dz}〉[ʣ ヅ]と発音される字母。

  34. Ш・шШ・ш{ɯ} | Š・š》】[ʃ シ]

  35. 𝚄+𝙵𝟻𝙵𝙰Щ・щ | ŠT・Št・št , ŠĆ・Šć・šć》】[ʃt シト/ɕʨ シチ] - 本来のボスニア文字はシターЩ》のディセンダー記号がヂェーЏ・џ》のように中央部へ移動したもの、。

  36. Ь・ьЈ・ј | J・j》】ポルグラス[j イ]

  37. 【〓《Ѕ・ѕ , ДЗ・Дз・дз | DZ・Dz・dz》】[ʣ ヅ] - 後述の『ADAMI BOHORIZH ARCTICAE HORULAE SUCCESSIVAE』(1584年)に記載されている数値6を示す字母。漢字の《》に似たギリシャ文字クシーΞ》の異体字と同型で、クシーの異体字はCatrinityフォントの‘𝚄+𝙵𝟽𝟷𝟼’に配置されている。

  38. 【〓《И・и | I・i》】[i イ] - ボサンチッツァのイー2つ〈НН・нн〉を合字にした字母。

  39. 〓・ʓКС・Кс・кс | KS・Ks・ks , X・x》】[ks クス] - 古代教会スラブ語クシーѮ・ѯ》に由来する字母で、数値60を示す。ボスニア語の現行ラテン文字では対になるイクスX・x》は外来語・固有名詞表記に用いられる。

  40. Ҁ・ҁКВ・Кв・кв | KV・Kv・kv , Q・q》】[k ク/kv クヴ] - ギリシャ文字コッパϞ・ϟ , Ϙ・ϙ》に由来する字母で、数値90を示す。ボスニア語の現行ラテン文字では対になるクヴェーQ・q》は外来語・固有名詞表記に用いられる。

  41. Ϡ・ϡ《―》】[不詳] - ギリシャ文字サンピϠ・ϡ》に由来する字母で、数値900を示す。三省堂『言語学大辞典(別巻)世界文字辞典』にキリル文字サンピが見られるが、ユニコード未登録。

16世紀頃にボスニア語のボサンチッツァの他にクロアチア語キリル文字で表記されていた記録が『ADAMI BOHORIZH ARCTICAE HORULAE SUCCESSIVAE』(著:アダム・ボホリチ Adam Bohorič)に記載されていています。同書に記載されている数価のみを示すボサンチッツァも存在します。
中世のクロアチア語キリル文字におけるヴェーВ・в》は《》―大文字はティフィナグ文字YASH》とほぼ同型―で表記され、デーД・д》は本来の字形と異なってています。

【参考】現代ボスニア語拡張キリル文字

拡張ボスニア・キリル文字及び外来語で発音が変化する字母。QVE《Ԛ・ԛ》とDABLJU《Ԝ・ԝ》は、字源であるラテン文字における同型字である《Q・q》と《W・w》で代用される傾向です。キリル小文字GHE《г》におけるセルビア文字本来の字形は、リバースドDZE《ꙅ》と同型の字母です。

現代ボスニア語及びセルビア語キリル文字では、ラテン文字正書法で英語など外来語と同一の綴りで表記される傾向があることから対となる字母も外来語に合わせた発音になる場合もあります。
ユニコード5.1でクルド語キリル文字のために採用されたラテン文字と同型の字母で表記可能となったのですが、ネット上ではラテン文字の《Q・q, W・w, X・x, Y・y》をそのまま使用する傾向があります。本来、QUは〈КВ・Кв・кв / KV・Kv・kv〉, Wは〈В・в / V・v〉に置き換わります。

  1. Ԛ・ԛQ・q》】クヴェー[kv クヴ/k ク]

  2. Ԝ・ԝW・w》】ダブリュー[v ヴ]

外来語に限り発音が変化する字母

  1. Ј・јJ・j》】イェー[ʤ ヂ/ʒ ジュ]

  2. У・у , Ү・уY・y》】ウー/イプシロン[i イ/j ィ/aj アイ] - 英語などからの借用語によるラテン文字〈YA〉[ja ヤ]や〈OY〉[ɔj オイ]などの場合、大文字に限りキリル文字表記ではモンゴル語ウーҮ》に変化。

  3. Х・хX・x》】ハー/イクス[ks クス] - ヨーロッパ諸言語でラテン文字表記に合わせた発音になる場合。

  4. Ц・цC・c》】ツェー[k ク] - ラテン文字〈CA, CO, CU〉などでカ行音[k]となる場合の〈КА, КО, КУ〉。

  5. Г・г , Г・ꙅG・g》】ゲー[ʤ ヂ/ʒ ジュ] - ラテン文字〈GE, GI, GY〉などでジャ行音[ʤ/ʒ]となる場合の〈ГЕ, ГИ, ГҮ〉。