線文字B音節文字とギリシャ文字
2月9日は国際ギリシャ語の日です。
ギリシャ・ミケーネの古代文字である線文字Bは平成15年にユニコード4.0に採用されてから令和5年に20周年を迎えます。
今回は線文字B及びそれに関連するギリシャ文字について取り上げます。
全角ギュメはハ行音を除いて現代ギリシャ語に近い音を示しています。
母音字:ア行音《Ἀ・ἀ》とハ行音《Ἁ・ἁ》
古代ギリシャ語のア行音《Ꟶ・ꟶ・᾿◌》[無音](※左右逆のヘータは大文字が松香堂・刊『世界の文字』に記載されているが、ユニコード未登録のため拡張ラテン文字アッシュ・ディミディエで代用)とハ行音《Ͱ・ͱ・῾◌》[h ホ]は母音字で示します。
ミュケナイ・ギリシャ語のウ段[u]は古典ギリシャ語のユプシロン《Υ・υ》[y ユ/-u ウ]に対応し、現代ギリシャ語ではイ段[i イ]及び末子音ヴ[-v]あるいは末子音フ[-f-]に発音が変化しています。
古典・現代双方のギリシャ語本来のウ音[u]を示すためにオ段とウ段の連字〈ΟΥ➡𐀃𐀄〉が用いられる傾向です。
B008 A【𐀀《Α・α》】ア
B028 I【𐀂《Ι・ι》】イ
B010 U【𐀄《ΟΥ・Ου・ου/Υ・υ》】ウ
B010 E【𐀁《Ε・ε/Η・η》】エ - イータ《Η・η》は古典語では広いエー[ɛː]だが、現代語では短音イ[i]に発音が変化。なお、イータはア段の字母が用いられる傾向がある。
B061 O【𐀃《Ο・ο/Ω・ω》】オ
B025 A2【𐁀《ͰΑ・Ἁ・ἁ》】ハ - ミュケナイ・ギリシャ語及び古典ギリシャ語のハ[ha]と推測される字母。現代ギリシャ語ではア[a]に発音が変化し、単にアルファ《Α・α》のみで表記される。古代ギリシャ文字ヘータ《Ͱ・ͱ》[h ホ]は古代ギリシャ語諸方言のハ行音表記―実際のヘータ小文字は、異体字であるラテン小文字エイチ《h》とほぼ同型の字母が多用される―の他に、古典ギリシャ語の全文大文字表記でハ行音を示すために用いられる場合がある。
B043 A3【𐁁《ΑΙ・Αι・αι》】アイ - 現代ギリシャ語ではエ[e]で、アイ[ai]はアルファとダイエレシス付きイオタの連字《ΑΪ・Αϊ・αϊ》で示す。線文字B表記では子音字に含まれる二重母音アイ[ai]・ユイ[yi]・エイ[ei]・オイ[oi]はア段の字母のみで示される。
B085 AU【𐁂《ΑΥ・Αυ・αυ》】アウ - 現代ギリシャ語ではアルファとユプシロンの連字〈ΑΥ・Αυ・αυ〉はアヴ[av]またはアフ[af]と発音するため、アウ[au]はアルファとオミクロンとユプシロンの連字〈ΑΟΥ・Αου・αου〉で示す。
半母音+母音による音節文字
現代ギリシャ文字では母音字を用いて半母音を示しますが、線文字Bでは半母音と母音による音節文字で示します。
拗音は〈Κιο➡𐀑𐀍〉[キオ・キョ➡キヨ]のようにイ段字母とヤ行音で示します。
〈Αἰγύπτιος➡𐁁𐀓𐀠𐀴𐀍〉[アイギュプティオス➡アイクピティヨ]「エジプト人」のように二重母音を表すために用いられます。
ヤ行音【Ϳ・ϳ➡Ι・ι】
古典ギリシャ語ではヤ行音は原則的にイオタ《Ι・ι》と母音字の連字で示しますが、稀にアルバニア語ギリシャ文字ヨット《Ϳ・ϳ》[j イ]でヤ行音を示す場合があり、ウィキメディア・インキュベーター内の古典ギリシャ語の総ページ一覧で〈Ϳαϝα〉[ヤワ]―ジャバスクリプトの意で、英語ラテン文字〈Java〉[ヂャーヴァ]を置き換えた表記となっていて、現代ギリシャ語に近い発音に合わせた【Ιαβα】の項目にリダイレクトされる―が見られ、線文字B表記では〈ͿΑϜΑ➡𐀊𐀷〉/ja-wa/[ヤワ]となりますが、現代ギリシャ語ではギリシャ文字ではなく、英語ラテン文字すなわち“英字”と同一の表記を行う傾向が見られることから、Javaのギリシャ文字本来の表記は〈Γιάβα〉[ヤヴァ]と〈Τζάβα〉[ヂャヴァ]双方の表記があります。
現代ギリシャ語ではヤ行音は語頭の場合、ガンマとイオタの連字〈ΓΙ-・Γι-・γι-〉で表記されます。
B057 JA【𐀊《ΙΑ》】ヤ
B065 JU【𐀎《ΙΟΥ・ΙΥ》】ユ - 推測発音だが、ユニコードに字母名〈JU〉が登録されている。
B046 JE【𐀋《ΙΕ・ΙΗ》】イェ
B036 JO【𐀍《ΙΟ・ΙΩ》】ヨ
ワ行音【Ϝ・ϝ➡ΟΥ・Ου・ου】
古代ギリシャ語ディガンマ《Ϝ・ϝ》はギリシャ語本来のワ行音[w]あるいは方言音などのヴァ行音[v]を示す字母で、現在では廃字となっていて、古典ギリシャ語ではワ行音[w]由来はオミクロンとユプシロンの連字〈ΟΥ・Ου・ου〉, ヴァ行音[v]由来はベータ《Β・β》に置き換えられます。
現代ギリシャ語ではワ行音語頭の場合、ガンマ・オミクロン・ユプシロンの連字〈ΓΟΥ-・Γου-・γου-〉が用いられますが、日本語からの外来語の場合、ベータ《Β・β》が用いられる傾向が多いです。
B054 WA【𐀷《ΟΥΑ》】ワ
B040 WI【𐀹《ΟΥΙ》】ウィ
B075 WE【𐀸《ΟΥΕ・ΟΥΗ》】ウェ
B042 WO【𐀺《ΟΥΟ・ΟΥΩ》】ウォ
子音+母音による音節文字
線文字B表記では古代ギリシャ語の語末のン《-Ν・-ν》[-n], ル《-Ρ・-ρ》[-r], ス《-Σ・-ς・-σ-》[-s]などは原則的に省略されますが、古代ギリシャ語〈Μήτηρ〉[メーテール]「母」の線文字B表記MA-TE-RE〈𐀔𐀳𐀩〉[マーテール]のように例外的に表記される例がウィクショナリー英語版で確認できることから、語末音が表記される例外が他にもあるかもしれません。
重子音表記は、TI-SIで〈ΤΣΙ➡𐀴𐀯〉[チ], TU-SUで〈ΤΣΟΥ➡𐀶𐀱〉[ツ]という風に示します。
カ行音/ガ行音/ハ行音【Κ・κ/Γ・γ/Χ・χ】及びクヮ行音/グヮ行音【Ϙ・ϙ】
現代ギリシャ語のカイ《Χ・χ》[x ハ/ç ヒ]は本来カ行有気音[kʰ]を示す字母で、線文字Bではカ行音の字母に対応します。現代ギリシャ語のカイ《Χ・χ》はハ行音の転写・翻字に用いられます。
ガンマ《Γ・γ》は本来、破裂音ガ行[ɡ]あるいはカ行・ガ行との連字でング[-ŋ-]を示す字母で、現代語では、ガ行摩擦音[ɣ]あるいはイ段・エ段の前でヤ行摩擦音[ʝ]を表し、イ段・ウ段の字母の前で半母音語頭を示す発音変化があり、本来のガ行破裂音はガンマとカッパの連字〈ΓΚ・Γκ・γκ〉[ɡ グ]で示され、ンガ行[ŋɡ]はガンマ連字〈ΓΓ・Γγ・γγ〉の他に外来語表記でニューとガンマの連字〈ΝΓ・Νγ・νγ〉でも示されるようになりました。
ミュケナイ・ギリシャ語のクヮ行音《Ϙ・ϙ》[kʷ クヮ/kʰʷ クヮ/ɡʷ グヮ]は現代ギリシャ語のヴァ行音《Β・β》[v ヴ]に対応する単語が見られます。
B077 KA【𐀏《ΚΑ》】カ・ガ
B067 KI【𐀑《ΚΙ》】キ・ギ
B081 KU【𐀓《ΚΟΥ・ΚΥ》】ク・グ
B044 KE【𐀐《ΚΕ・ΚΗ》】ケ・ゲ
B070 KO【𐀒《ΚΟ・ΚΩ》】コ・ゴ
B016 QA【𐀣《ΚΟΥΑ》】クァ・グァ・ヴァ
B021 QI【𐀥《ΚΟΥΙ》】クィ・グィ・ヴィ
B078 QE【𐀤《ΚΟΥΕ・ΚΟΥΗ》】クェ・グェ・ヴェ
B032 QO【𐀦《ΚΟΥΟ・ΚΟΥΩ》】クォ・グォ・ヴォ
サ行音【Σ・σ・ς】とザ行音【Ζ・ζ】
ギリシャ小文字ファイナルシグマ《ς》で表記される語末[s]音は線文字Bでは表記されません。また語頭サ行音は省略されます。
現代ギリシャ語ではサ行とシャ行は共にシグマ《Σ・σ・ς》で表記され、シャ行音を区別するための拡張ギリシャ字母にショー《Ϸ・ϸ》がバクトリア語表記のために使用されていました。
ジャ行音は現代ギリシャ語ではタウとゼータの連字〈ΤΖ・Τζ・τζ〉[ʣ ヅ/ʤ ヂ]で示し、ジャは〈Τζα➡𐀼𐀲〉/ta-za/ [ヂャ]で示し、ジは線文字Bで〈ZI〉[ズィ]に対応する字母が不明のため、ギリシャ文字ゼータ《Ζ・ζ》は本来ヅァ行音[ʣ]の子音字であることから〈Τζι➡𐀇𐀯〉/di-si/[ʣi ヅィ または ʤi ヂ]と“ディとシの連字”で代用します。
B031 SA【𐀭《ΣΑ》】サ
B041 SI【𐀯《ΣΙ》】シ
B058 SU【𐀱《ΣΟΥ・ΣΥ》】ス
B009 SE【𐀮《ΣΕ・ΣΗ》】セ
B012 SO【𐀰《ΣΟ・ΣΩ》】ソ
B017 ZA【𐀼《ΖΑ》】ザ
B079【𐁙《ΖΟΥ・ΖΥ》】ズ・ヅ - 推測発音で、便宜上、仮の発音として例示。
B074 ZE【𐀽《ΖΕ・ΖΗ》】ゼ
B020 ZO【𐀿《ΖΟ・ΖΩ》】ゾ
タ行音【Τ・τ/Θ・θ】とダ行音【Δ・δ】
タ行有気音[tʰ]を表すシータ《Θ・θ》は現代ギリシャ語では国際音声記号の子音字としてのルーツとなった英語の無声〈TH〉[θ ス]と同じ発音となり、デルタ《Δ・δ》は現代ギリシャ語では英語の有声〈TH〉[ð ズ]と同音になっています。
そのため、現代ギリシャ語ではダ行音はニューとタウの連字〈ΝΤ・Ντ・ντ〉[d ド/nd ンド]と表記されます。
B059 TA【𐀲《ΤΑ》】タ
B037 TI【𐀴《ΤΙ》】ティ
B069 TU【𐀶《ΤΟΥ・ΤΥ》】トゥ
B004 TE【𐀳《ΤΕ・ΤΗ》】テ
B005 TO【𐀵《ΤΟ・ΤΩ》】ト
B001 DA【𐀅《ΔΑ》】ダ
B007 DI【𐀇《ΔΙ》】ディ
B051 DU【𐀉《ΔΟΥ・ΔΥ》】ドゥ
B045 DE【𐀆《ΔΕ・ΔΗ》】デ
B014 DO【𐀈《ΔΟ・ΔΩ》】ド
ナ行音【Ν・ν】
語末の“ン”は原則的に省略されます。
語中の“ン”は、異なる子音の場合〈ΝΜΑ〉[ンマ]という風に同じ母音を持つ音節文字の連字で表しますが、現代ギリシャ語では〈ΝΝΑ〉[ナ]は二重子音は単音に変化し、線文字Bでは語中の[n]音は省略される傾向があります。〈NMA〉に例外表記で示す場合はNA-MA〈ΝΜΑ➡𐀙𐀔〉となります。
B006 NA【𐀙《ΝΑ》】ナ
B030 NI【𐀛《ΝΙ》】ニ
B055 NU【𐀝《ΝΟΥ・ΝΥ》】ヌ
B024 NE【𐀚《ΝΕ・ΝΗ》】ネ
B052 NO【𐀜《ΝΟ・ΝΩ》】ノ
パ行音/バ行音/ファ行音【Π・π/Β・β/Φ・φ・ϕ】
パ行有気音[pʰ]を表すファイ《Φ・ϕ》は現代ギリシャ語ではファ行音[f]となり、小文字がU+03D5《ϕ》からU+03C6《φ》に変化しています。
本来のバ行音[b]であるベータ《Β・β》がコイネーや現代ギリシャ語ではヴァ行音[v]に変化したため、バ行音はミューとパイの連字〈ΜΠ・Μπ・μπ〉[b ブ/mb ンブ]と表記されます。
B003 PA【𐀞《ΠΑ》】パ・ファ
B030 PI【𐀠《ΠΙ》】ピ・フィ
B050 PU【𐀢《ΠΟΥ・ΠΥ》】プ
B072 PE【𐀟《ΠΕ・ΠΗ》】ペ・フェ
B011 PO【𐀜《ΠΟ・ΠΩ》】ポ・フォ
B029 PU2【𐁆《ΦΟΥ・ΦΥ》】フ - 有気音プ[pʰu]あるいはピュ[pʰy]を示す字母で、現代語ではフ[fu]音あるいはフィ[fi]音となる。
マ行音【Μ・μ】
語中の“ン”は、パ行音の場合、MPIで〈ΜΠΙ〉[ンピ/ンビ/ビ]となりますが、線文字B表記の場合は省略される傾向ですが、例外表記の場合はMI-PI〈ΜΠΙ➡𐀖𐀠〉となります。
B080 MA【𐀔《ΜΑ》】マ
B073 MI【𐀖《ΜΙ》】ミ
B023 MU【𐀘《ΜΟΥ・ΜΥ》】ム
B013 ME【𐀕《ΜΕ・ΜΗ》】メ
B015 MO【𐀜《ΜΟ・ΜΩ》】モ
ラ行音【Ρ・ρ/Λ・λ】
ロー《Ρ・ρ》[r]とラムダ《Λ・λ》[l]の音は線文字Bでは同一字母で示され、日本語の音節文字であるカタカナにおけるラ行音[ɺ-/-ɾ-]で表記される外来語表記と共通しています。
B060 RA【𐀨《ΡΑ》】ラ
B076 RA2【𐁈《ΡΙΑ・ΡΥΑ》】リア・リャ - 現代ギリシャ語では日本語のリャ行音を示す場合、ヘボン式ローマ字からの影響でローとユプシロンの連字〈ΡΥ-・Ρυ-・ρυ-〉を用いる傾向が多い。
B033 RA3【𐁉《ΡΑΪ・ΡΑΙ》】ライ・レ
B053 RI【𐀪《ΡΙ》】リ
B026 RU【𐀬《ΡΟΥ・ΡΥ》】ル
B027 RE【𐀩《ΡΕ・ΡΗ》】レ
B002 RO【𐀫《ΡΟ・ΡΩ》】ロ
B068 RO2【𐁊《ΡΙΟ・ΡΥΟ》】リオ・リョ