日本語ローマ字の字母名について
5月20日はローマ字の日です。ローマ字 Roman Alphabet は本来イタリア発祥のラテン語の文字として生まれたラテン文字 Latin Alphabet の別名に由来します。
ローマ字はそれぞれ字母名があり、ラテン語では語末が〈Ē/エー〉のグループ(例: B[ベー], C[ケー], D[デー]…)―英語では語末が〈EE/イー〉のグループ―、語頭が〈E/エ〉のグループ(例: L[エル], M[エム], N[エン]…)などのように法則が見られます。
ここでは日本語ローマ字の字母名を取り上げます。
現行日本語ローマ字の字母名
ヘボン式・訓令式共通の字母名として、ヘボン式に大きな影響を与えた英語からの借用語となっています。東京宝文館・刊『ローマ字文自在』では“イギリス呼び”と呼称され、大正時代初期の字母名が記載されています。
日本式における字母の呼び名は、ドイツ語と同じく常に語頭が大文字で表記されます。
【A・a】エー/ē~ei/[eː~ei] - 英語〈エイ〉[eɪ]に由来。訓令式・日本式で〈EE / Ê / ê〉、ヘボン式及びパスポート式では〈EI / Ei /ei〉、ワープロ式では〈E- / e- ; EI / ei〉、ダイアクリティカルマークを使用しないヘボン式の許容表記では〈EE / Ee / ee〉となる。
【B・b】ビー/bī/[biː]
【C・c】シー/shī/[ɕiː] - 英語〈スィー〉[siː]に由来。訓令式・日本式では〈SII / Sî /sî〉、ワープロ式では〈SI- / si-〉となる。スィー/sī/[siː]の訓令式における推測表記は〈SWII / Swî / swî ; SʼII / Sʼî / sʼî〉で、ワープロ式では〈SWI- / swi- ; SUXI- / suxi-〉である。
【D・d】ディー/dī/[diː] - 戦前では〈デー〉/dē/[deː]とも呼ばれた。戦前の訓令式案からの推測による表記では〈ĎII / Ďî / ďî〉、平成時代に沖縄語のディーを示すために考案された日本のローマ字会式表記では〈DʼII / Dʼî / dʼî〉となる。ワープロ式では〈DHI- / dhi-〉で、長音《ー》[ː]はハイフン《-》/haifun/[hai.ɸɯɴ]で示す。
【E・e】イー/ī/[iː] - 訓令式・日本式で〈II / Î / ii / î〉と表記され、両方式で大文字で許容される長母音表記の連字は、イーに限り小文字連字も許容される。パスポート式及びヘボン式の許容表記及びダイアクリティカルマーク無しの表記では〈II / Ii / ii〉で、ワープロ式では〈I- / i-〉。
【F・f】エフ/efu/[e.ɸɯ] - 訓令式・日本式では〈Ehu〉と表記され、ファ行は〈HW hw〉で示す。
【G・g】ジー/jī/[ʥiː] - 英語〈ヂー〉[ʤiː]に由来。訓令式・日本式では〈ZII / Zî / zî〉、ワープロ式では〈ZI- / zi- ; JI- / ji-〉と表記される。
【H・h】エイチ/eichi/[ei.ʨi] - 英語〈Aitch〉[eɪʧ]に由来。大正時代では〈エーチ〉/ēchi/[eː.ʨi]とも呼ばれた。訓令式・日本式でエイチは〈Eiti ; EETI / Êti / êti〉と表記。
【I・i】アイ/ai/[ai]
【J・j】ジェイ/jei~jē/[ʥei~ʥeː] - 英語〈ヂェイ〉[ʤeɪ]に由来。〈ジェー〉とも。訓令式・日本式で〈ZYEE / Zyê / zyê ; Zyei〉、ワープロ式で〈ZYEI /zyei ; JEI / jei ; JYEI / jyei〉と表記。戦前まで〈ゼー〉/zē~zei/[ʣei~ʣeː]とも呼ばれ、訓令式・日本式で〈ZEE / Zê / zê ; Zei〉と表記される。
【K・k】ケー/kē~kei/[keː~kei] - 英語〈ケイ〉[keɪ]に由来し、この表記も使用される。
【L・l】エル/eru/[e.ɾɯ] - 英語〈エる〉[el/ɛɫ]に由来。
【M・m】エム/emu/[e.mɯ]
【N・n】エヌ/enu/[e.nɯ] - 大正時代では〈エン〉/en/[eɴ]とも呼ばれた。
【O・o】オー/ō/[oː] - 英語〈オウ〉[əʊ/oʊ]に由来。訓令式・日本式で〈OO / Ô / ô〉、パスポート式では〈OH / Oh / oh〉、ワープロ式では〈O- / o- ; OU / Ou〉、現在の主流である英語に合わせたダイアクリティカルマーク無しのヘボン式では〈O / o〉と表記。
【P・p】ピー/pī/[piː]
【Q・q】キュー/kyū/[kʲɯː]
【R・r】アール/āru/[aː.ɾɯ] - 英語〈アー〉[ɑː/ɑ˞]に由来。訓令式・日本式では〈AARU / Âru / âru〉、ダイアクリティカルマークを使用しないヘボン式許容表記では〈AARU / aaru〉、ワープロ式では〈A-RU / a-ru〉と表記される。
【S・s】エス/esu/[e.sɯ]
【T・t】ティー/tī/[tiː] - 戦前では〈テー〉/tē/[teː]とも呼ばれた。戦前の訓令式案による表記ではチーとティーを区別するために〈ŤII / Ťî / ťî〉―ユニコードではキャロン付きT小文字は、チェコ語ラテン文字に合わせてアポストロフ付きT小文字と統合―と本来のチーを示す“TII / Tî / tî”との区別が提案されたが、現行の訓令式での表記法は未定義の音節の書き方は自由であることからティ・トゥの訓令式表記は未だに制定されていない (平成時代に沖縄語のティーを示すために考案された日本のローマ字会式表記は〈TʼII / Tʼî / tʼî〉)。ワープロ式では〈THI- / thi-〉。
【U・u】ユー/yū/[jɯː] - 訓令式・日本式で〈YUU / Yû / yû〉、ワープロ式では〈YU- / yu-〉、パスポート式など英語に合わせたダイアクリティカルマーク無しのヘボン式では〈YU / Yu / yu〉と表記。
【V・v】ブイ/bui/[bɯ.i] - 英語〈ヴィー〉[viː]に由来し、近年はこの表記も使用され、訓令式・日本式における〈ヴィー〉/vī/[βiː]の推測表記は〈BWII / Bwî / bwî〉、ワープロ式では〈VI- / vi-〉である。
【W・w】ダブリュー/daburyū/[da.bɯ.ɾʲɯː] - 長音ではない〈ダブリュ〉とも。略語における“二重”の意では〈ダブル〉/daburu/ [da.bɯ.ɾɯ]と読む。大正時代では〈ダブルユー〉/daburu yū/ [da.bɯ.ɾɯ jɯː]とも呼ばれた。
【X・x】エックス/ekkusu/[ek.kɯ.sɯ] - 昭和20年代頃まで〈エッキス〉/ekkisu/[ek.ki.sɯ]とも呼ばれた。
【Y・y】ワイ/wai/[ɰai~wai]
【Z・z】ゼット/zetto/[ʣet.to] - イギリス英語〈ゼッド〉[zɛd]に由来。アメリカ英語では〈ズィー〉[ziː]。訓令式・日本式におけるズィーの推測表記は〈ZWII / Zwî / zwî ; ZʼII / Zʼî / zʼî〉/zī/[ziː]で、ワープロ式では〈ZWI- / zwi- ; ZUXI- / zuxi-〉である。
〖ʼ〗おんきり/onkiri/[oŋ.ki.ɾi] - 本来の名称は〈アポストロフィ〉/aposutorofi/[a.po.sto.ɾo.ɸi]―訓令式・日本式・ワープロ式では〈Aposutorohwi〉―だが、21世紀頃からローマ字教育に見られるようになった。半角アポストロフィ《'》及び右シングル引用符《’》で代用されるが、ツイッター上ではユニコードでU+02BCに配置されているおんきり《ʼ》がハッシュタグに対応できる。▽昭和20年代では〈きるしるし〉又は〈アポストロフ〉と呼称する案があった。
ローマ字教育会式
日本語ローマ字の字母名では現行の英語に合わせた字母名に統一されるまでに用いられていた方式のひとつで、ローマ字教育会『ローマ字文の研究』(著者:田丸卓郎)で見られます。
明治中期に考案され、戦後初期に復刊されました。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1126402/43
原則的に旧かなづかいにおけるカタカナ1文字による字母名になっていて、フランス語やドイツ語、サンスクリット語の影響があるようです。
後半が主にア段で終わる形式になっているのはサンスクリット語の字母名に合わせているようで、実は五十音順の1番目のア段由来です。
【A・a】ア[a]
【B・b】ベ[be]
【C・c】セ[se]
【D・d】デ[de]
【E・e】エ[e]
【F・f】フ/fu/[ɸɯ]
【G・g】ゲ/ge/[ɡe]
【H・h】ハ[ha]
【I・i】イ[i]
【J・j】ヨ/yo/[jo] - ドイツ語〈ヨット〉及びエスペラント語〈ヨー〉に由来。
【K・k】カ[ka]
【L・l】ル/ru/[ɺɯ] - 語中音は[ɾɯ]。
【M・m】マ[ma]
【N・n】ナ[na]
【O・o】オ[o]
【P・p】ペ[pe]
【Q・q】ク[kɯ] - ドイツ語〈クー〉に由来。
【R・r】ラ/ra/[ɺa] - 語中音は[ɾa]。
【S・s】サ[sa]
【T・t】タ[ta]
【U・u】ウ[ɯ] - 関西弁など西日本の発音では[u]。
【V・v】ヰ/wi/[ɰi ウィ] - 英語〈ヴィー〉に由来。
【W・w】ワ/wa/[ɰa]
【X・x】キ/ki/[ki] - ギリシャ文字の同型字でキリストの意を持つ《Χ χ》から古典ギリシャ語〈キー〉及びラテン文字翻字でXとなる《Ξ ξ》の字母名〈クシー〉の縮約に由来。
【Y・y】ヤ/ya/[ja]
【Z・z】ゼ/ze/[ʣe] - 英語・フランス語〈ゼッド〉に由来。
ローマ字会式
明治18年に制定されたローマ字会による字母名で、原則的にカタカナ1文字の字母名となっています。但し、語頭が〈E/エ〉のグループの鼻音・流音なども含まれています。
フランス語やイタリア語の字母名の影響が大きく、五十音図でア段が先頭になることから鼻音系以外はサンスクリット語の字母名と共通しています。
【A・a】ア[a]
【B・b】ベ[be]
【C・c】チ/chi/[ʨi] - イタリア語由来。
【D・d】デ[de]
【E・e】エ[e]
【F・f】フ/fu/[ɸɯ]
【G・g】ゲ/ge/[ɡe] - ドイツ語〈ゲー〉に由来。
【H・h】ハ[ha] - ドイツ語〈ハー〉に由来。
【I・i】イ[i]
【J・j】ジ/ji/[ʥi] - フランス語由来。
【K・k】カ[ka] - フランス語由来。
【L・l】エル/eru/[e.ɾɯ]
【M・m】エム/emu/[e.mɯ]
【N・n】エン/en/[eɴ]
【O・o】オ[o]
【P・p】ペ[pe]
【Q・q】ク[kɯ] - イタリア語由来。
【R・r】ラ/ra/[ɺa] - 語中音は[ɾa]。サンスクリット語〈र〉に由来。
【S・s】サ[sa] - サンスクリット語〈स〉に由来。
【T・t】タ[ta] - サンスクリット語〈त〉に由来。
【U・u】ウ/u/[ɯ]
【V・v】ヴ/vu/[βɯ] - イタリア語由来。
【W・w】ワ/wa/[ɰa]
【X・x】エックス/ekkusu/[ek.kɯ.sɯ] - 英語由来。
【Y・y】ヤ/ya/[ja]
【Z・z】ゼ/ze/[ʣe]
羅馬字書方調査報告式
明治33年=1900年に調査された日本語ローマ字の呼び方で、ほとんどの字母名は語頭が〈E/エ〉のグループを除き、原則的に長音で呼ばれる形式となっています。
ドイツ語の字母名に由来しているものが多いです。
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/series/23/23.html
日本式とヘボン式の双方のメリットを取り入れた案で、子音字と子音字の間の《U》が表記されない綴りは、ウ段無声母音化を反映しています。
【A・a】アー/ā/[aː]
【B・b】ベー[beː]
【C・c】チェー/chē/[ʨeː] - チャ行[ʨ~ʧ]はサンスクリット語ローマ字に合わせて、原則的に《C》で統一されている。
【D・d】デー[deː]
【E・e】エー/ē/[eː]
【F・f】エフ/efu/[e.ɸɯ]
【G・g】ゲー/gē/[ɡeː]
【H・h】ハー[haː]
【I・i】イー/ī/[iː]
【J・j】ジェー/jē/[ʥeː] - 英語由来。ジャ行[ʥ~ʤ; ʑ~ʒ]はヘボン式と同様に《J》で統一されている。
【K・k】ケー/kē/[keː] - 英語由来。
【L・l】エル/eru/[e.ɾɯ]
【M・m】エム/emu/[e.mɯ]
【N・n】エン/en/[eɴ]
【O・o】オー/ō/[oː]
【P・p】ペー[peː]
【Q・q】クー/kū/[kɯː] - ドイツ語由来。
【R・r】ルー/rū/[ɺɯː] - 語中音は[ɾɯː]。
【S・s】エス/esu/[e.sɯ]
【T・t】テー/tē/[teː]
【U・u】ウー/ū/[ɯː]
【V・v】ヴィー/vī/[βiː] - 英語由来。発音はバ行音[b]の摩擦音である[β]である。
【W・w】ワー/wā/[ɰaː]
【X・x】エキス/ekisu/[e.ki.sɯ] - スペイン語由来。英語の字母名エックスはこの方式での綴りは〈Ekksu〉と子音字の中間の母音字《U》が表記されない。
【Y・y】ヤー/yā/[jaː]
【Z・z】ゼット/zetto/[ʣet.to] - イギリス英語・フランス語〈ゼッド〉に由来。
〖ʼ〗アポストロフ/aposutorofu/[a.po.sto.ɾo.ɸɯ] - フランス語由来。この方式での綴りは〈Apostorofu〉。
高橋竜雄式
同文館・刊『世界文字学』(著者:高橋竜雄)では、筆者による日本語ローマ字の字母名案が見られ、子音字は原則的にウ段で統一されているのが目立ち、半母音はア段、ダ行・ハ行はオ段など一部例外も見られます。
本来の日本語で使用されない音は英語の字母名由来になっています。
https://books.google.co.jp/books?id=r4hNKILJFIUC&hl=ja&pg=PA329#v=onepage&q&f=false
【A・a】ア[a]
【B・b】ブ[bɯ]
【C・c】チ/chi/[ʨi]
【D・d】ド[do]
【E・e】エ[e]
【F・f】フ/fu/[ɸɯ]
【G・g】グ/gu/[ɡɯ]
【H・h】ホ[ho]
【I・i】イ[i]
【J・j】ジ/ji/[ʥi]
【K・k】ク[kɯ]
【L・l】エル/eru/[e.ɾɯ]
【M・m】ム[mɯ]
【N・n】ヌ/nu/[nɯ] または ン/n/[ɴ̩] - 前者は語頭, 後者は語末と字母名が異なる。
【O・o】オ[o]
【P・p】プ[pɯ]
【Q・q】キュー/kyū/[kʲɯː]
【R・r】ル/ru/[ɺɯ] - 語中音は[ɾɯ]。
【S・s】ス[sɯ]
【T・t】ツ/tsu/[ʦɯ] - 本来はタ行音[t トゥ]だが、ツァ行音[ʦ]で字母名を示している。
【U・u】ウ/u/[ɯ]
【V・v】ヴィー/vī/[βiː] - 英語由来。発音はバ行音[b]の摩擦音である[β]である。
【W・w】ワ/wa/[ɰa]
【X・x】エキス/ekisu/[e.ki.sɯ] - 明治時代当時の日本語における英語《X》の字母名〈エッキス〉に由来。繰り返し記号《々》として使用する提案がなされ、有声音化した繰り返し記号の《Ẍ・ẍ》も提案された。
【Y・y】ヤ/ya/[ja]
【Z・z】ズ/zu/[ʣɯ]