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居酒屋さくら(1690字)
旧東海道新蒲原の宿を出て、飲食店を求めふらふらと歩く。
「雨天時冠水注意」と書かれた線路下の細い路地をゆく。
調子良く自転車で通ろうものなら、頭打つかも。
真上には新蒲原駅のホームがあって、ちょうど列車が通過中。
すさまじい爆音は貨物列車のもののようで、止まらず去ってゆく。
静かな路地、夜の9時。
目当ての飲食店は閉店済みだったので、遅くまでやっているだろう、居酒屋に行くことにした。
「冠水注意」の線路下まで戻ると小さな橋があった。
「あれ?さっき橋なんか見たのかな」
昼飯さえ抜いていた我らが酔っ払いは、ここに来るまでに、空きっ腹でつまみなしでビールを2Lほど飲んでいる。
視力が落ちているのか、集中力の欠如か。まさかの老い?
いずれにしろ小さい橋を渡り、提灯が見えるところまで、川に沿って歩く。
幅、深さ、ともに5mほど、水は下の方にわずかに流れているに過ぎない。
そこに街灯の白い光やら、両側の家の黄色い門柱が揺れていい風情だ。
口の中でどどいつなど唸っているつもりで、ビートルズを歌う。
そもそもどどいつなど知らないし。
店に近づくと、中からカラオケが聞こえてくる。
漏れてくる音が小さいのか、酔っ払いだから聞き取れないのか。
「やっぱりカラオケかあ。最近歌ってないし、歌いたくないけど一曲くらいならいいか」と少し気分を落として入り口をガラリと開ける。
わあ、なんか映画の一場面だ!かっこいい!!
小さな店で、カウンター5席。
真ん中の席が一つ空いている。
俺のために空けてたのか?と思えるほど。
というのも、入ったらそのイスが正面だったから。
「いいですか?空いてます?」
「いいですよ〜どうぞ〜」
どっかりと真ん中に座った。
先客同士は知らぬ仲ではないようで、少し決まりが悪いけど仕方ない。
なるべく両者の意思の疎通を邪魔しないように、店の雰囲気に溶け込んでしまおう。
そういうのは酒飲みの得意技。
生ビールはなかったので、日本酒を冷やで注文。
「生ビール」って言いながら、「おまえビール飲みたいの?」って自分に問いかけると、彼は「あ、くせだよ、くせ。日本酒だよな」って返してくる。
枡酒、をごくり。
今日調子がよさそう。
だし巻きを頼む。中の具は紅しょうが。
おかみさんは狭いカウンタの中でいそいそとたまごをとく。
トクトクトク。
どんな人かなと周りを見ると、右は中年のカップル、左はおじさんのカップル(え)
左のおじさん、いきなり小金沢昇司の「小樽」をカラオケに入れた.正面のディスプレイに出たもん。
なんでやの、なんで小樽やの?!
いきなり過ぎでしょ!
俺にとっての小樽を知ってるはずもないのに、いきなりの小樽に驚きをかくせない我が酔っ払い。
わかってる、これがご縁というものなんですよ。
ふるい人たちは、「縁は異なもの味なもの」って言うけれど、本当に心の底から賛同できた。
つまり「話題を用意してあげましたわ」っていう縁の女神様の心遣いなんです。
酔っ払いは直後、「小樽の人よ」をリクエストしたことは言うまでもありません。
その後、小樽の話をしたような気もするけれど、たぶんしていないな。
長いこと歌ってなかったくせに調子に乗って、隣の人とあずさ2号をハモり、和田アキ子先生の「あの鐘を鳴らすのはあなた」まで歌ってしまうという失態!
声も出やしないくせに、よく歌ったもんだ!
いつのまにか周りのお客さんとも溶け合っていた。
「どこからきたの?」
「豊橋です」
「へえ、仕事?遊び?」
さあ、どっちでしょう、とここにきた理由を簡単に話すと、
「ここ、そんないい店じゃないからねえ」とママさん。
お客さんも否定しないけれど、話は弾む。
「おいくつ?」
「62です」
「えーーー!全然見えない!!!」
そうですか、そうでしょう、髪の手入れ怠ってませんから(笑)
そんな調子で蒲原の楽しい夜を過ごしました。
また今週末もたぶん行きます。
月一くらいで行ってもいいかなあ。
ママさんのだし巻きたまご、とてもおいしいのです。
この話はフィクションです。
実在するお店や土地とは関係ありません。
ハックション!ではありませんからね。
作者がフィクションって言ったらフィクションなのです!
免罪符ですからね!